ぴぴ


無意識


距離が近い。最近になってそう思うことが増えた。べつに五条が何か特別なことをしてくるわけじゃない。気が付けば隣にいて、目が合う回数が少しずつ増えていた。ほんの小さな変化の積み重ねがじわりと空気を変えていた。

「おーい、ここね」

昼休み。教室で硝子と話していると唐突に背後から声がかかる。振り向けば、いつものように黒いサングラスを掛けた五条が立っていた。

「……なに」

「なんもないけど暇だから話しかけただけ」

「昼寝でもしてれば?授業中寝てること多いし。」

「昼寝よりおまえと話したかったんだよ」

その軽口はこれまで何度も聞いてきた"いつもの五条"。だけど最近はそれがやけに頻繁になっている。廊下ですれ違えば声をかけられ、授業が終われば「今からどこ行くの」と隣に並ぶ。訓練場でも理由をつけて近くに立つ。

1つひとつは何気ない行動なんだと思う。

「……ねぇ五条。」

硝子が私と五条を交互に見ながら呆れたように言った。

「最近心音に話しかけすぎじゃない?」

「そうか?」

「そうだよ。ね?ここね」

「……まあ、、そうかも」

私が曖昧に答えると五条はあっけらかんと笑った。

「気のせいだって。なんか目につくから声かけてるだけ」

「目につく、ねぇ、、」

硝子は半眼のままじっと五条の顔を覗き込み、それ以上何も言わずにコーヒーを飲み込んだ。その視線の意味を五条は分かっていない。

本当に気付いていないのだと思う。彼の顔には、いつもの飄々とした表情が貼り付いていて下心も打算も見えない。無意識のうちに近くにいたいという本能だけが行動に滲んでいた。

***

翌日も、訓練場の端でひとり呪力制御の練習をしていると案の定というべきか、また彼がやって来た。

「お、今日もやってんねー」

「……また来たの?」

「またとか言うなよ。見に来ただけだって。」

「用がないなら帰れば?」

「用ならあるぞ。監視。」

「…監視?」

「いや〜、この前の任務でちょっと動きに無駄があったろ?それが直るまで俺が見てやろうと思って」

「……いや頼んでないけど」

「頼まれてないけどやってあげるよって」

軽口を叩きながら五条は結界のすぐ外に腰を下ろした。今までなら絶対に取らなかった近さだ。集中しようとしても視線を感じて落ち着かない。

「……気が散るんだけど」

「俺が頑張ってる姿見ててやってんのに?」

「むしろ見ないでほしい」

「むーり」

「無理とは」

「目が勝手に追うんだよ」

その言葉に、一瞬だけ体が止まった。自分でも今のは言いすぎたと思ったのか、五条は小さく咳払いをして「冗談だよ」と笑ったがその笑いはどこかぎこちなかった。

本気なのか、冗談なのか。判断がつかない言葉が空気に残って離れない。

***

「悟、最近わかりやすいよね」

背後から声をかけたのは傑だった。腕を組み、面白がっているのが一目で分かる顔をしている。

「は?何が?」

「つい目が行くとか、つい近くに行くとか。全部口から漏れてるじゃないか」

「まあ、わざとじゃねえしな。」

「そういうの、無意識って言うんだよ」

傑の口元がにやりと歪む。少し離れたところで見ていた硝子も同じような表情をしていた。

「…こりゃ重症だね」

「なんの?」

「放っといてもそのうちバレるよ。心音に」

その言葉に五条は一瞬だけ言葉を失った。
いったい何がバレるというのか。

考えた瞬間、胸の奥がざわつく。

本当にただ目についただけなのか。声をかける理由はそれだけなのか。

答えを出すこともなく、五条は結界の中で動く心音を目で追い続けた。その視線がどこか熱を帯びていることに、当の本人はまだ気づいていない。

***

夕方、バッグを肩にかけて寮に戻ろうとしたとき、背後からまた声が飛んできた。

「寮戻んの?一緒に戻ろうぜ」

「え、なんで?」

「なんとなく」

その言葉が今日1番に嘘くさく聞こえた。けれど五条はそれ以上なにも言わない。ただ当たり前のような顔をして隣に立った。

なんとなく。

彼の中でそれは言い訳にすぎなかった。自分の感情に名前をつけられないまま、ただ無意識のまま、彼は一歩ずつ距離を詰めていく。

そして、そのすべてに心音もまた気付いていなかった。

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