さあ空白を埋めようか

その日は結局会話なんてものはしなかったが、週が明けた廊下で見かけた彼は同級生と楽しそうに話していた。

若干の不安を交えながらも胸を撫で下ろし、名前自身も彼と挨拶を交わしたり他愛のない話をしたりした。

その中に少しだけ、まだかな、なんてわがままを覗かせながらも彼を待つ以外の選択肢は切り捨てた。
彼の心中は私には測りきれないほどに様々な感情がまだぐるぐると渦巻いているのだろう。

もし、そうでないとしたら私は期待するのを止めるだろう。
それほどに当たり前で、仕方のないことで、ただ時間に頼るほかにないだろう問題で。

だから私は、「放課後、3-4の教室で」とだけ書かれた手紙を読んだ時に酷く動揺した。
その少し乱雑で角のしっかり付けられた文字を書く人物を、私は他に知らない。

机の中、教材の山と山との間にできたスペースに置かれていたそれを再び綺麗に折り直し、ブレザーの内ポケットに入れた。落としたくない、大切なものを入れる場所だ。


「瀬見だったんだ、手紙。」

なんて驚いたふりをしてみるも、私の手は無様に震えてしまっていた。もう冬がすぐそこだというのに、身体が暑くて仕方が無い。

「おーよ。びっくりした?」

分かっていたことを分かってるくせに、笑いながら歩み寄ってきた彼も意地が悪い。
あの日と同じように目を細めて橙色の夕日を見ている。一度ため息をついて、私の前の席に横向きに座った。まるで合宿に誘ってきた日のようだ。


「…試合の日、ごめんな。喋る余裕なかった。名前が廊下歩いてるの、窓から見えて。…教室にいるかもって考えたら……会いたくなった…」

「本当に。びっくりしたよ。」

「いや、ほんと、わりぃ。かっこ悪かった…」

「…かっこ悪くなんて、ないよ。」

願わくば聞こえないように、と無理なことを願いながら呟いた一言はもちろん彼にばっちり聞こえたようで。残念ながら紅潮してるかは眩しすぎる夕日のせいで確認できなかったが、ハッとした、けれどうっとりとして潤んだ目が私の言葉に喜んでいるんだと知らせてくれる。

伏し目がちになってそのまま彼との距離は狭くなっていく。自然と目を閉じて、受け入れようとした。

「っ…!ちげえだろ…!」

ガッ、と口に手を当てられ彼自身で制止する。そっちからの癖に、と多少むっとしながらも深呼吸をした瀬見の言葉を待ってやる。

「苗字、さん。」

「…はい。」

緊張が私たち両方の首を締めているのが空気で分かる。生唾を飲み込んだ。息が詰まって死んでしまいそうだ。

「一年の、頃から、お、おまえのことが好きでした…付き合って、ください。」

「……ぶっは…!」

「おい!笑ってんな!」

思わず吹き出してしまった私は、内心は泣きたい程に嬉しさで満ちていた。声を出して笑う私に、瀬見も呆れてか釣られてか、笑っている。

「もう、ごちゃごちゃだね。」

「ああ、すげーごちゃごちゃだ。」

「いいんじゃない、瀬見らしくて。」

「お前なあ…」

照れ隠しのために、彼の指を握った。息を詰まらせた瀬見は「でも」と続けた私の次の言葉を待っているようだ。

「嬉しい。」

「…おー…」

「…私も、ずっと前から瀬見くんのことが好きでした。よろしくお願いします。」

互いに言い切った後は、何を言ったらいいか分からずに、けれど手はしっかり組まれていた。
もう離さねー、と目と鼻の先で囁かれる。
たまらない痺れが身を震わし、その手にぎゅっとしがみついた。

頬から後頭部を撫でる手が心地いい。

良いか、と言わんばかりの猟奇の目に微笑んで見せながら目閉じた。

最初は優しく、次第に長く、キスをした。
久しぶりの甘みはなにも変わっていなかった。舌が絡まり、吸われ、舐められる。
瀬見はきっと、完全復活はしていない。
だからこそ荒々しく、突然に私を求めてやってきたのだろう。


私達を引き裂いたのは他でもない、チャイムだった。
帰るか、とはにかんだ彼に手を引かれて教室を施錠し、学校を後にする。季節のせいか、外はもう暗くなりつつある。

「今日までの1年間、バレーのこと以外なんも覚えてねー…」

「…私も。合宿に声がかかるまで、平淡だったな。」

私達は案外似ている様だった。
そして、何も変わっていなかった。高校三年にもなって私たちの世界は私たちだけで、もはや依存に近い。

好きだ、好きだと心の中で呟いた。


卒業が刻一刻と迫るこの時期にやり直した私達の前には進路という壁が立っていた。
けれど私たちはそれを無視した。
遠距離だろうが地元だろうが、もう手を離す気は無い。

そう言った瀬見と、最後にもう1度キスをした。



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