ちかい

気温の低下をじわじわと感じ、ワイシャツの袖口を日を追うごとに伸ばす。
あったかくなくても午後は眠くなるものだし、もし私が今、中だるみすると言われる二年生でなかったとしても眠いものは眠いだろう。

ただ今日違うのが、明日から文化祭という事だった。特別に授業は二限までとなっており、残りは準備。
準備といっても最終のものなので後は作っておいたものを設置するだけだ。

「苗字ちゃんドジするからチラシ貼ってきて〜」

悲しいかな、そんなこと言われてA5紙の束を両手に教室から追い出されてしまった。何が悔しいかって、ドジだということを否定できない事だ。
そりゃあ、悲願の限定冷やしラーメンを床にぶちまかしたり、クラスの提出物を隣のクラス用のボックスに
入れてしまったりと、ドジなエピソードで自分の名前を広めてしまった私だけれども。

そりゃあ、こんな私のドジで時間を費やして完成させた道具達を壊されたくはないだろうけれども。

「チラシ貼れって…掲示板とか?」



まぁとりあえず、と生徒玄関にある掲示板に足を向けた。しかし当然ながらそこは他クラスのチラシでびっしりと埋まっていた。それぞれを主張せんばかりに他を押し退け合っているようにさえ見える。

ため息を一つ、じゃあ次は職員室前の廊下、じゃあ次は踊り場と校内の至るところを巡るが時既に遅し、どこも所狭しと貼られている。

これではクラスメイトに合わせる顔がない、どうしようかな、と当てもなくほっつき歩いていたところ、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
ベタな展開ながらも、そこまでか弱くない女子力も低い私は転ぶ事無く「うおっ」と声を上げただけだった。
全くもって男前だ。

「ごめん…って、苗字さん。」

「赤葦くん。なんでそんなにああ苗字か、なんだ謝って損したって顔をしてるんだろう。」

「ああ、いや、探してたから。」

そういって私の手元に視線を落とすと全部をひょいっと片手で紙束を攫っていったこの男は赤葦京治だ。
ウェイウェイしたくなるお年頃な同級生と比べ、静か、紳士、真面目なのに文武両道という恐ろしいスペックを持ち合わせた男だ。

女子にやけに高い声で「将来旦那さんにするなら赤葦くんがいいな〜」なんて上目遣いもとい猟奇的な瞳で言われても顔色ひとつ変えず、淡々とおにぎりを頬張っていた姿が印象深い。

「何か用が?赤葦くんが強奪したそれをどうにか片さないと…」

「片すって…シュレッダーにでもかける気?
今日明日体育館使えないからミーティングだけして来て今準備に混ざろうとしたら教室手が足りてて。
聞いたら苗字さんがチラシ貼ってるけど不安だから手伝ってあげてって。」

「なるほど。ありがたいね。」

「変なとこに貼って来そうだからって。何となく納得した。」

「う〜〜ん、上げて落とすスタイル。」

自然と彼は私の隣を歩く。自分の隣を買って出て歩きたがる男子がいなかったせいか隣に自分よりずっと背が高い人がいるのが慣れないが、赤葦京治なのでよしとしよう。

「…苗字さんって面白いね。」

突然、赤葦くんはどこを見てるか分からない目で私を見ながらそう言った。なぜだかそれを素敵だと思ってしまって、ありがとうと目を逸らすことしか出来なかった。



「あと三枚か。」

「凄いね、私が探しても一枚も貼れなかったのに。」

「遠慮しすぎなんじゃない?動かせばいいんだよ。」

「…私、破壊神だから触ったら破いちゃうので。」

「はは、それは大変だね。」

口を開けて軽快な、でも落ち着いた笑い声だった。
まるで空気を振動してから私の耳に届くまでをスーパースローで再生されたように、じんわり、じんわり私の中心に滲んだ。

「それよりもうすぐ16時だ。16時までに終われるかな。」

「う〜ん、終われないに一票。」

壁に掛けてある時計を見て、長針がてっぺんになるまでもうすぐだった。今のペースでは終われないが、頑張ったら終わる、そんな微妙な時間だったからちょっとふざける気持ちでそう言った。

「じゃあ、終わるに一票。」

「終われなかったら購買のメロンパンね。」

本当にふざけた気持ちだった。あそこのメロンパンはサクサクで美味しい。ふいに食べたくなって、そこにふざけた賭け事をふざけて提案しただけだった。

別に終わらなかったからって、強請ったりするつもりもなかった。


「じゃあ、苗字さんと俺が付き合う。」


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