06


「案外イケるかもよ。」

「イケません…夜久さんが、そんなに爽やかに言っても…イケませんよ…」

なんだそれ、と彼はまた爽やかだ。恐ろしく夏が似合うが、そのせいでこちらは余計に暑い。混沌の中で、どろどろと溶けてしまいそうだ。

無責任にも聞こえるその一言が、なぜだか頭の中をずっとぐるぐるしていた。付き合って、みたら。言わずもがな、最初っから私の願望はそこなのだ。けどそれはあくまで、「両想いになれたら」の話で。

「んー…まあとりあえず、さっき言ったやつはやってみるからな。」

頑張れよ、と私にタオルとドリンクを頼み、また練習へ戻る。どれだけ恥ずかしくとも、覚悟をしようとも、緊張は走る。メモ書きする手が震える。黒尾さんに耳打ちする彼を見、さらにどくりと波打つ。

「…手は、こう。…で、どんな球も避けんなよ。なるべく力みすぎんな。今からお前に、レシーブの快感を教えてやる。」

「う、うす。」

「今日ちゃんとできたらいいことが待ってんぞ。」

「!?何ですか!?アイス奢りですか!?」

「出来てからのお楽しみだな。」

「うっ…がんばります…!」

夜久はなんだかんだ素直でまっすぐな後輩を見る。現金なヤツめ、と憎たらしくも構えるその姿を横目に。
その奥、コート外に、なんともまあ乙女な眼差しを向ける後輩。かわいいやつめ、と口角が上がるのを自覚しながら、ネットの向こうで黒尾がサーブを構える。

手を抜かせない方法で、なるべく本人の実力で、褒められるようなプレーをする。だから黒尾には、「サーブでリエーフを狙ってくれ」と頼んだ。事情を察してか彼は気持ち悪い程に快く承諾した。

いつも通りジャンプサーブで隣の彼を狙い打つ。
リエーフも懸命な顔をしたが、腕に当たったボールは惜しくもコート外へ。「いい線行ってたから、そのままでいい。」背中を叩いて励ますが、彼は悔しそうだ。


何度も何度も、アウトになれば、ネットにかかるし、逆にホームランかっとばしたり。苛立ちも目に見え、拗ねそうだなと危惧しつつも、珍しく粘る彼を励まし続ける。
黒尾率いる敵チームはそのミスの連続に少し油断しているようだった。行け、今だ、拾え。強く強く、念じたそれが通じたのかもしれない。

ついに、綺麗なレシーブをして見せた。
それだけではない。セッターの元に返ったそれ、研磨は見逃す事なくトスを打つ。完全に気を抜いていた敵チームは、リエーフがそのまま、また珍しく綺麗に決めたスパイクに手を伸ばすも、届かない。

暫しの静寂が体育館を占める。


「〜!見ましたか!?」

どよめきが静けさを掻き消すと、満杯の歓喜が体育館を埋めて彼を包んだ。しかし誰も素直な言葉をあげないのがこの部でリエーフで、彼もそれをちゃんと知っていた。

「夜久さん!やりました!アイスですか!?ラーメンですか!?回らない寿司ですか!?ザギンでシースーですか!?」

「どんどん高くすんな!ラーメンと回る寿司はモノにできてから考えてやるよ、黒尾がな!」

「ハァ?」と変な顔をする黒尾にリエーフはケラケラ笑っている。機嫌はとてもいいみたいで、私は彼らを遠くから見守りながら胸を撫で下ろす。彼が他に遜色ないほど上手くレシーブできた、それが一回だろうと、間違いなく大きな一歩前進で。
本当に成功させてしまう夜久さんは凄いんだなあ、と監督も満足そうに頷くのを見ながらボケっとしていた。


「名前先輩!どうしたんですか突っ立って!」

「うわ、いつの間に、びっくりした。」

「うわってひどい!先輩見ましたよね!?俺のスーパーレシーブ!!」

褒めて褒めてと言わんばかりの、きらきらと輝いた瞳にうっと言葉を詰まらす。見てたよ、凄いね、なんて褒め言葉はやっぱり引きこもってしまって、妙な沈黙に彼と見つめ合う。どんどん彼の表情がしぼんでいってしまう様に見えて、心臓がどくどくと鳴る。


「す、座って…!シッダウン!」


パニクった挙句の果てに飛び出した発言に少し怪訝そうにしながらも言われた通りに座る。私の前で正座をしているおかげで、普段見ることのないつむじが見えた。そこからはもう衝動だった。

「ど、どえれえサラサラ…」

遠くで恐らく黒尾さんだろう、吹き出して笑う声が聞こえる。少し邪険に先輩を睨みつつも、彼の美しいグレーの髪を指に通す感覚にすっかり虜になってしまった。

夜久さんは気を回してくれたのか黒尾さんと共に練習を再開させ、部員の気を逸らさせる。
いつも聞き慣れた掛け声に夢中から覚め、私を見上げクエスチョンマークを頭に浮かべるリエーフと目が合う。ぐ、と緊張に喉を締められる。しかしこの機会、せっかく夜久さんが与えてくれたのだ。そう自分の背中を押した。

「よ、よくできました。」

これでも勇気を振り絞って出した言葉だが、当人はぽかんとしている。その表情と向き合った瞬間に羞恥が迫り上がるように顔を熱くした。
誤魔化す様に彼の肩を叩いて早く戻るよう促し、背中を向けた。

泣きそうな程に、苦しくなってしまった。

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