夏が眩んだ



白鳥沢学園高校、3年。
この学校に来て2年と少し経ち、私は今日付けで引退する部室の掃除をしていた。
馬場の砂や、藁やらおが屑なんかが隅の方で散らばっていた。それを掃きながら、なんとなくまだ少し残っているが今までの高校生活を反芻している。
その中には多く、彼の姿が強く刻まれていた。特に、試合を見に行った、体育館の照明に照らされながらもそれに負けないほどにまぶしく輝いた彼には目眩したものだった。

白い制服に着られていた頃の彼も、照れながら優しく手を握った表情も、つい数ヶ月前の彼の悲しそうな目も、全てが鮮明で。
まだ好きで仕方ないんだな、とため息にその痛みをまぜて吐き出した。

集めた埃やらをゴミ箱に流し、扉を施錠して一緒の部だった友達と校舎への歩みを進める。



何も無くなった今日が始まると同時に、もう進路を決めていた自分の、何も無いであろう夏も始まろうとしていた。
友人たちは誘おうにもまだ受験生であり、誘えない。
さて何か始めてみようか、と授業が始まるまでの机で頬杖をついて悩んでいた。

そんな良すぎるタイミングで訪ねてきたのは、彼だった。
重なる二つの偶然には狙ったんじゃ、と疑いたくもなる。
今しがた思い返していた甘い日々の、その相手だった男だ。
少しだけ、拗ねたように口を尖らせて横に立つ彼の右手にはプリント冊子。

「…久しぶり。」

「…おう。…久しぶり。」

少しだけ気まずいものの、調子はどうだの、部活はどうだのなんて他愛ない話をした。
しかし彼はきっと、こんなことをする為に来たのではないのだろう。
少し会話が途切れて重い沈黙が訪れたところで、何か用があった?と聞いてみた。
そこでやっと、突っ立っていたのを前の席に腰掛ける。

「…今日で部活終わりなんだよな?」

「まあ一応は…」

「んで、苗字は進路決まってんだよな。」

「うん。AOで。」

「…おめでと。…んでさ…。」

あまり気持ちのこもってないような尻窄みな祝福の言葉の後にちらりと右手のそれを見、私の机に置く。「男子バレー部夏の強化合宿」。
頭の中でそれを読み上げては、わけが分からなくて思わず彼の顔を見た。

ぱちりと合った視線をすっと逸らされると、言いにくそうに表紙の下部に記されている日程を指差した。

「……臨時マネージャー……してくんね?」

思わず、は?と漏らしてしまったのはもう仕方が無いと思っている。
なるほど、部活も無く進路も決まっている女子の私に、関わりがある瀬見がこの話をしてこいとでも指名されたのであろう。

「…なんで私?」

「受験ももう終わったし部活もねーだろ。んで馬術部で馬の色々とかで、そーゆーの効率よく出来んだろ、って話になったんだよ。
…監督も頷いてたし。」

「…逃げ場ないじゃん…。…まあ、いいや。やるよ。」

「…いいのか?」

「…聞いといて何よ…。…いいよ、どうせみんな勉強で暇だし。バレーの知識もない私で良かったら。」

椅子を引いて少し仰け反る。
立ち上がった彼を見るにはちょうどいい角度で、目鼻立ちのくっきりした彼の静かな表情をまじまじと見つめた。私、いまどんな顔をしているのかな、なんてぼけっと考えた。

「…あんがと。若利にも言っとくから、放課後に来てほしい。…から、迎えいくわ。」

「あ、うん…。」

さっと頭を下げて、さっと去っていく。その前にかけられた、じゃあ、という言葉はあまりにもぶっきらぼうだった。
出ていく彼を目で追うと、教室の扉から頭が二つ、ひょっこり出ていて背の高い方と視線がかち合う。
天童と山形だった。
特徴的な赤髪を揺らしながらの「英太くんそっけな〜い!」なんてくだらないからかいが妙に心に刺さって、ひらりと振られた手に軽く会釈をすることくらいしかできない。

確かに彼は普段はどころか殆どああいう、冷たい態度はとらない。怒るときははっきりと叱るし、大抵は誰とでも明るく接する。
すこしだけちくりと痛かったが、ポジティブに捉えれば、彼は特別に見ているということだ。
もちろん色々な意味で、だが、そうとでも考えないとこの痛みはどうも痛すぎるのだ。

予鈴が鳴って、殆どの人が席に着く。クラスメイト達が教材を机の上に置くのをぼんやりと眺めながら、瀬見のことだけを考えていた。
その後に机の上に何も準備されてなくて先生に怒られたことは仕方ないとしておこう。

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