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 チャイムが鳴ると同時に初老の教師が教室から出て行き、それを追いかけるように生徒達がワッと廊下へ飛び出している。
 勢い余って走り出し教師に注意される者が後を絶たない。浮かれ切った校内の空気感は、普段の放課後の雰囲気とはまた違っていた。

「明日から夏休みだー!」

 騒がしい廊下で誰かが歓喜の声をあげている。それを聞いてツナの心も多少は浮つくが、それよりもまず、自身に課せられた補習の数々に頭を悩ませた。

「オレ達の夏休みはまだ先だな!」
「そうなっちゃったね……」

 予定表が書かれた紙でそよそよと風を起こしながら快活に笑う友人の山本に、ツナは乾いた笑みを返す。
 夏休みといっても前半のほとんどは補習のため登校しなければならず、ツナは他の生徒のように両手をあげて喜ぶことはできない。

 それでもやはり、夏休みの響きだけでも心は踊るもので。

「10代目! お迎えに上がりますので、登校日教えてください!」
「えーっと、とりあえず7月の平日は毎日補習だな」
「お前には聞いてねぇ!」

 獄寺の申し出は断ったが、彼のことだからきっと、明日の朝に沢田家のドアを叩くことだろう。

 廊下はまだ騒がしい。これから部活があるという山本を送るような形で、三人で玄関まで歩く。
 今年の夏休みは何をしようかなど、通り過ぎる生徒達は皆同じような会話で盛り上がっていた。

「ツナんとこはどこか行くか? せっかくの夏休みだし、旅行する奴らも多いみたいだぜ」
「うーん、どうだろ。家族が増えたからどこに行くにも大変そうだし……」
「チビたちは海なんか喜びそうだよな!」
「その時はぜひお供させてください!」
「あはは、そうだね。母さんに話してみる」
「お、じゃあオレも!」

 学生らしく夏休みに浮かれているのは山本も同じらしい。友人に挟まれながら他愛もない会話をするのは少しだけくすぐったい気持ちになる。
 少し前の自分では考えられないからだ。ずっと一人だったから、友人と学校生活を送るだけじゃなく、長期休みに遊びの約束までできるなんて。

 それを得たための代償は大きすぎるものであったが(理不尽で傍若無人な家庭教師の存在だ)、ふとした日常のこの一瞬が、ツナはかけがえのないものだと実感していた。

「おーい、沢田ー」

 人知れずしみじみとしていたツナが、職員室前を通り過ぎようとした時だった。

 ドアから顔を覗かせた教師から名を呼ばれ、ツナはびくりとしながら振り返り返事をする。

「は、はい!」
「はい」

 その返事が重なった。
 芯の通った、綺麗な声だった。

「あぁ、すまん。C組の、女子の方の沢田だ。悪かったな」

 あまり事態を把握出来ていないツナの隣を、一人の女子生徒が抜き去った。ダークブラウンの少し癖のある髪が風に揺れる。
 ちらりと目が合ったけれど、女子の方の沢田はツナに何を言うでもなく、自身を呼び止めた教師のもとに向かった。

 ツナと同じ姓を持つ彼女、沢田エマのことは、別のクラスではあれど知っていた。

「そういやツナと同じ沢田だったな」

 普段はクラスが違うためそんなことはなかったが、先程はどうやら同じ空間に沢田が二人いて、教師が名ではなく名字でエマを呼んだから、それぞれの沢田が反応してしまったらしい。

 何にせよ呼び止められたのが自分ではなくて良かったとツナは安堵する。
 ダメツナと名高い方の沢田が教師から声をかけられる時は、成績不振へのお小言か面倒な頼まれごとをされるかのどちらかと相場が決まっていた。
 
「10代目と同じ名字なんて何様なんスかね、アイツ」

 獄寺の横暴な物言いにツナは苦笑した。
 ありきたりでもないが珍しい訳でもない名字だ、日本中に沢田さんなんてたくさんいることだろうに。

 しかしふと、ツナは考え込む。

「あっちの沢田もイタリアから来たんだろ? 仲良くしてやればいいじゃねーか」
「あ゛!? 尚のこと気に食わねぇわ!」

 どこのファミリーのもんだ! と今にも職員室にカチコミそうな獄寺を山本が抑える。
 彼の言う通り、エマはイタリアと日本人のハーフで、並盛中に来る前はずっとイタリアにいたらしい。
 日本人離れした顔立ちやスタイルの良さに、彼女は入学後しばらく、噂の的だった。

 某家庭教師の影響でイタリアへの株は大暴落しているため、ツナは嫌な汗をかく。獄寺の言ったどこのファミリーという言葉に、まさか、とは思うのだが。

 思考を散らすように頭を振る。大丈夫大丈夫、そんなホイホイマフィア関係者が集まるはずもないと現実から目を逸らして帰路を急いだ。

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