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それが、私と安室さんがであった時の第一声だった。
この世の中は女と男のほかに、α・Ω・βの3つの第2の性に分けられる。一般的に一番多いのがβ、エリートといわれているのがα、そして下位層といわれているΩである。
特にαとΩは番というものがあり、αがΩの項を噛むとその二人は番として生涯をともにするといわれている。
αは能力が高いものが多く憧れの存在であったが、Ωは子供を作るのに特化した体をしており、定期的にやってくるヒートのせいで社会の中ではずいぶんと冷遇されていた。
そしてもう1つ――αとΩには運命の番がいるのだという。だがそれに出会う確率は大変に低く、もはや都市伝説とすら言われている。
私はΩだった。いつか出会う番を待ち、冷遇された世界でも見たこともない番を思うと前を向けた。
そして私は友達に連れて行かれた喫茶店で、出会ったのである。運命の番―安室透と。
「体調は大丈夫ですか?」
ふわりと甘い匂いをさせながら透さんが後ろから抱きしめてくる。その表情は眉を下げてずいぶんと私を心配してくれているが、その原因は透さんであるので私は食器を洗いがなら透さんからぷいと顔を背けた。
「腰が痛いので離れてください」
「すみません、だって―ヒートが近いのかな、君から甘い匂いがするから、つい」
謝りながら透さんは私の耳の後ろや項に顔を擦り付ける。結局透さんは悪いなんてちっとも思ってやしないのだ。
私はタオルで手を拭いてから自分の項を撫でる。そこは昨夜透さんが付けた噛み跡でいっぱいだった。
「……なんだか、わたし本当に透さんと番になったんですかね」
「どうして?」
「だって、はっきりとした確証がないし―」
「それはみんな、番とか関係なく恋愛はそうでしょう、結局お互いに安心できるかどうかですよ。結婚してたって浮気はできるわけですし」
「いやなこと言いますね…」
「探偵なんてしていると、つい」
透さんは肩をすくめてから冷蔵庫を開ける。小さなカップを二つ取り出す、それは透さんオリジナルの私の大好きなプリンだ。
それをソファに座って二人で並んで食べる。私はこの時間が大好きだ。透さんはきちんと私を大事にしてくれている。私もその気持ちをきちんと透さんに返したい。
だが、それでも私はさきほどのようなことをぽつりと漏らしてしまうような不安な要素がある。それはΩとして未熟な点だ。
さっき、安室さんはヒートが近いのかも、といったが私にはほとんどヒートというものが来たことがない。
病院で相談したこともあったが、体がまだΩとして未成熟なのではないかという判断をされただけだった。自分がΩということもあって、過去に恋愛という恋愛をほとんどしたことがない。だれかと付き合ったのも透さんがはじめてた。
だからこれからゆっくりとαを迎えられる体になるのではないか―というのが病院側の話だった。
私を透さんは喫茶店で出会った瞬間に、お互いと運命だと囁いた。それはΩとして未熟な私も、体温があがって、動悸が収まらずに透さんのにおいにくらくらしたから。透さんも同じだったと言っていた。
結局、透さんが感じ取ってたヒートは来なかった。
透さんと番になってから半年、一度もヒートはやってきていない。明日はいつも通っている病院にいって相談してみよう。
「ふむ、なるほど……そのほか、何か体に変化したことはありませんか?」
「特にはないですね」
いつもの顔なじみの病院の先生が難しい顔をしながらカルテになにかを書きこむ。
こつこつ、先生が二回ほどペンで机を叩きながら思案して、ふと顔を上げた。
「……念のためではあるんですけど、血液検査を、してみませんか」
おぼつかない足取りで、私は透さんのいるマンションへ向かう。もはや半同棲となりつつあったそこは、何も考えなくても自然とそこへたどり着いていた。それほど体になじみ始めていたのだ―透さんとの生活は、
マンションを見上げる、透さんが借りている部屋は電気がついていた。ということは透さんはもう帰ってきているということだ。
本当だったら今日は顔をあわせたくない。だけど、さっき透さんのところへ行く連絡をしてしまったし、いつまでも顔を合わせないわけにもいかない。
私はまた力の入らない足で透さんのいる部屋へと歩きだした。
「おかえりなさい、思ったより遅かったですね」
「ただいま、あの、透さん、あのね」
「今日は少し寒くなってきたのでシチューにしましたよ。この前おいしいって言ってたパンも買ってきたんです」
「透さん、あのね、透さん」
「食後にはガトーショコラを作ってみたんです、自信作なのであとで一緒に食べましょうね」
「私、βだったんです」
ぽとりと手に持っていたカバンが滑り落ちた。室内がしんと静まり返る。透さんの顔は見れなった。
私は俯いたまま早口でしゃべりだす。
「今日病院にいって、血液検査をしたんです。あまりにもΩの症状がないから、もしかしたら病気かもしれないって―そしたら、私、Ωじゃなくてβだったんです」
中学入学と同時に、学校で一斉に第二の性の判別をするために血液検査をする。その結果によりみんな一斉に自分の第二の性を知るのだ。
私も例外ではなかった。そのときに自分がΩであると知ったのだ。
「病院がいうには、あってはならないことだけど、私の血液とだれか別の血液が入れ替わってしまったんじゃないかって……それで、私は本当はβなのにΩって結果がでてそれで」
今は病院が調査を、そう続けようとしたが透さんが勢いよくお皿をテーブルに置いた音に驚いて言葉が続けられなくなってしまった。
私は恐る恐る顔をあげたが透さんは俯いているので、その表情は見えない。
「それで?」
「え?」
「だから、君がβだから、それがなにかってきいている」
平坦な声だった。いつも語尾の下がる、やわらかい透さんの声ではなかった。ゆるりと透さんが顔をあげ、じっと底が見えない青い瞳で私を見つめる。蛇に巻き付かれているような息苦しさを感じた。私は短く息を吐き出してまた言葉を吐き出す。
「だから、私はβだから、透さんの運命の番じゃな―」
言い切る前に、速足で近づいてきた透さんに手首をとられ、そのまま壁に勢いよく押しつけられる。背中と後頭部を打ったがそのうめき声さえも透さんの唇に飲み込まれた。あっという間に口の中に透さんの分厚い舌が入り込んできて、そしてゆっくりと歯を、上あごを、そして最後に私の唇を透さんの舌がなぞった。
「知っていた」
「え?」
「君がΩじゃないことも。血液検査の結果が入れ違って別人の結果が君のところへきていたことも。なんなら君と結果が入れ替わっていた本当はΩだった人が、先に気付いて病院に再度検査にいっていたことも。すべて最近のことだったよ」
「まって、透さん、なにを」
「そして、本来であれば君にもその入れ替わっていることの連絡がいくはずだった。それを止めていたのも俺だ」
ぎちりと透さんに握られている手首が音を立てた気がした。それでも透さんが言っていることが衝撃すぎて、私は自分の手首に跡がついていることなど気にも留められない。
知っていた?私がβだったことも、運命の番でないことも
止めていた?血液検査の結果が入れ替わってしまったという連絡を
どうして、震える唇は音を紡げなかったが透さんは気づいたらしい。口角をゆるりとあげて私を見下ろす。
「どうして?だって君は俺の運命だろう」
「私はβだから、αの透さんの番じゃない」
「俺は君を一度も番だなんて思ったことはない。俺はずっと君を番として扱ったこともない。俺は君を、生涯ともにする、運命の人だと思った。君もそう思ったんだろう」
だから君は俺をみて運命だと、いったんだろう。
肩に顔をうずめた透さんに、耳元でそう囁かれる。そうだ、私だって透さんを一目見て、運命のだと、そう思ったのに。
思ったのに違ったのか。私が透さんの肩をつかんで引き離そうとすると、透さんは肩をうずめた体勢をそのままぐっと低くして、そのまま私を肩に抱き上げた。いわゆる俵抱きというものだ。
急に高くなった視点に私は思わず悲鳴を上げる。だが透さんはそんなことを気にも留めず足音を立てそうな勢いで寝室へとむかう。
寝室のドアをあけると、そこは電気がついてないため薄暗い。透さんに肩からおろされ、はっと顔をあげると刃物のような眼の色をした透さんと目が合った。
びくりと体を揺らしてベットの上を後退するがすぐに透さんにつかまり、そのまま圧し掛かられる。
するりと透さんの大きな手が私の下腹部を撫でる。すっと透さんが私の耳元へ顔を寄せて、そっと囁いた。
「なぁ、別にΩじゃなくても、孕むよな」
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