前回までのあらすじ
目が覚めたら推しの嫁になっていたっぽい






とりあえず朝ごはんを食べ終わった私は、食器を洗おうとする降谷さんをとめて食器を洗うと申し出た。その申し出にも驚いていたようだったが、作ってもらったのにさすがに片付けまでさせるのは申し訳ない。
私がじゃぶじゃぶとお皿を洗っている間に降谷さんは寝室にいってしまった。とおもったらすぐにでてきて、腕にスーツとネクタイがかけられていた。それをソファに放ると降谷さんは今度は洗面所へと向かう。水の音が聞こえるから身だしなみを整えているのかな?垣間みえる推しの生活感に思わずにまにましてしまった。
私がお皿を洗い終わる頃には降谷さんが洗面所から帰ってきて車のキーを手に取る。


「今日は夕方までポアロで、そのあとはあっちにいくから」
「わかりました」


あっちって公安のほうかな。ソファに放っていたネクタイとスーツを手に取る。あれは車につんでおくのかな?すたすたと長い脚で玄関に向かう降谷さんを追いかける。靴をはいている降谷さんに「いってらっしゃい」と声をかけると驚いたようにこちらを見た。なんか降谷さん驚いてばっかりだな?
靴を履き終わった降谷さんが玄関からじっとこちらを見つめてくる。ぐっと勢いよく顔を近づけられたもんだからあわてて一歩下がるとよく磨かれていたフローリングに滑ってしりもちをついてしまった。いたい。
そっと降谷さんが手を伸ばして私の腕を引っ張ってを立ち上がらせてくれる。

「大丈夫かい?」
「大丈夫です。ちょっとおしり打っただけで……気を付けてくださいね、えと、零くん」


どうやら私の旦那さんになってくれている夢のようだから、ずっと呼んでみたかった呼び方をしてみた。するとふる……零くんは私の顔をじっと見つめて、そしてするりと私の頬を撫でる。


「具合は悪くないんだよな?」
「大丈夫です」
「そうか、なにかあったら連絡してくれ。すぐに返せないかもしれないけど」
「わかりました」


私が素直に返事をすると、零くんは満足そうにうなずいてそのまま家から出て行ってしまった。私は痛むおしりをさすさすさすりながらリビングに戻ろうとしてふと足を止めた。


朝食をおいしいと感じた味覚
顔を洗った時に冷たいと感じた感覚
しりもちをついていたいと感じた痛覚


冷静に考えてさっと血の気が引いた。夢は基本的に感覚がないはずだ。それがこんなにもいろいろなことを感じているということは―もしかして夢じゃ、ない?


私はばたばたとリビングに向かう。ない、今度は寝室に行くと、一つぽつんと女物の鞄がおいてあるのを見つけた。私はその中を漁り財布を取り出す。その財布をひらくとカードを一つ一つ眺めていく。みたことのないクレジットにまじって保険証が入っていた。
顔写真のない保険証だった、しか生年月日は私が記憶していたものを合致している。違うとしたら名前が降谷名前になっていること、そして住所が見覚えのないものだった。
財布を握りしめたままリビングに戻る。テレビをつけると、なにやら食べ物のイベントの中継がされていた。


『こちらの杯戸町駅前ではこのように屋台のようなものがたくさんでておりまして―』


手から財布がぼとりと落ちた。







私は冷蔵庫にあった麦茶を飲みながらテレビを見つめていた。冷蔵庫には作り置きと思われる出汁も入ってた、最初うっかりそっち飲みそうになった。
状況を整理しよう。ここはおそらくコナンの世界で、私の苗字は降谷になっている。考えられる可能性は二つ、私が降谷さんと兄妹か、もしくは結婚しているか、という可能性だ。
しかし、私が降谷さんと兄妹だった場合、私が指輪をしているのに一緒に住んでいる説明が付きづらい。ということはやはり当初の予想通り私と降谷さんが結婚をしているという可能性が非常に高いということになるのだ。


「いや…なんでこんなトリップみたいなことに……」


そんな夢みたいなことが起こり得るとは。しかし現状起こっているだけに何も言えない。それにまず先に考えなくてはいけないのはトリップのことではなく、その原因と今後だ。
零くんとの距離感がわからない。どうやって出会ってどうやって過ごしてきてどうして結婚に至ったのか。私は仕事をしているのか?と思ったけど私の携帯と思われる連絡先の中にそれらしきものがなかったのでしてないかもしれない。
そもそも携帯の連絡のやりとりはほぼ零くんとだった。しかも零くんから連絡があまりないことがわかっているのか必要最低限のものばかり。
私は頭を抱えた、あまりにもヒントが少ない。情報が足りない。
元の世界に戻る方法を考えたとしても、時間はかかるだろう。それまでは零くんに怪しまれないように、生活をしていかなくては。


「いや、あの人だますとか無理すぎるでしょ…」







とりあえず私は今日は家の掃除をしながら情報を収集することに決めた。張り切って家を掃除してみたけれど、そもそもあの人がいる家に貴重な情報なんてありもしなかった。アルバムもない。
携帯のフォルダとかみてみても食べ物とか風景とかばっかりで、そりゃそうか、あの人は写真に写れない。でもこの写真たちが零さんと一緒に行ったのか、一人なのかもわからなかった。
圧倒的…情報不足……


夕食も一人で食べ終わり、部屋にて情報収集を再開しているとき一つだけ引出にしまわれているノートを発見した。それは日記帳と書かれていた。ぱらりとめくってみると、そこには零くんとの日常が書かれていたが、ほとんど関わり合いがないようで情報はわからなかった。ただ私があまり家からでていないっぽいことなんかはわかった。
う〜ん、関わり合いないっぽいけど、もともとトリプルフェイスの零くんは忙しい人だ。それは仕方ないだろう。
もっと読み込もう、と思っているうちに玄関で物音がした。
私はそのノートを引き出しにもどし、玄関へ向かうと零くんが目を見開いてこちらを見つめていた。


「おかえりなさい」
「……まだ起きてたのか」
「あっはい、零くん帰ってくるかなって思って。ごはんちゃんと食べましたか?軽いものならありますけど」
「……食べる」
「はーい、じゃあ先にお風呂入ってきてください。その間にあっためなおすんで。おさかな焼いたんですけど食べれそうですか?」
「……食べる」


もそもそと靴を脱いで、ジャケットを脱いで、そのジャケットは受け取る。その際じっと私の顔をみつめてくるので大変気まずい。
お風呂にむかっていく零くんをみつめて、ふうと一つため息を吐き出した。



私はすでに食べ終わってしまったので、もそもそと食事をする零くんを見つめる。一口たべるごとにじっとご飯を見つめるもんだからいつだめだしが来るかどきどきしていたけど、特に何も言われず零くんはあっさりとご飯を食べ終わった。
食べ終わり、お茶を飲んだ零くんがおもむろに口を開く。


「なぁ、明日予定あるか?」
「明日は予定は特にないですけど……」

むしろどうやって過ごしてたかわからないからあるかないかも本当はわからない。


「そうか、僕も明日夕方まで休みなんだ、名前さえよければ買い物にでもいかないか」
「いいんですか?やった、デートだ!」


思わず立ち上がってしまった私を大きな目をさらに大きくして私をみつめ、そしてふにゃりと目を細めた。


「あぁ、デートだ。おしゃれして、カフェにでもいこう。君がほしがっていた新しい化粧品でも見に行こう。たしか新作の口紅がでてるんだっけ?」
「え、え、あ、あぁ、そうですね、新しいの、ほしいです」


じゃあ明日のために早く寝ようか。そういって零くんが洗面所にむかっていくのを私はぼんやりと見つめる。
デート。推しと。最高であるのでつい行きたいと叫んでしまったけど、大丈夫かな。
でも今までの会話で零くんが怪しんでいたように見えなかったし……デートはしたいし。


二人で寝室にはいって、大き目のベットに並んで寝ころぶ。
零くんのほうに体をむけると、ゆっくりと頭を撫でてくれるので私は零くんに体を寄せて目をつむる。零くんのにおい、体温。安心する。本当にここにいるんだ。
もしかしたら目が覚めたらもとに戻っているかもしれない。それでも零くんの撫でる手が優しくて私はそのままそっと眠りへと落ちて行った。


―零くんがじっと私の顔を見つめていたのも知らずに。