私は燭台切光忠が好きだ。
あの洗練された格好とは裏腹に、他人を思いやりまわりをよくみてまとめ役にまわってくれる。そんな光忠に何度も何度も救われてきた。
主として、一人の人間として、燭台切光忠のことが好きだ。
たとえそれが誰にも伝えられない付喪神に対する不毛な恋だとしても―
「おかえり、主」
少し息を切らせて戻ってきた私を出迎えてくれたのは光忠だった。私の背中をそっとさすりながらぎりぎりだったね、と笑う。
「あれ、主。何かあったのかい?」
「え?な、なにか?」
一瞬トイレの前で出会った燭台切光忠のことを思い出した。だが別にやましいことがあるわけではない。少し話をしただけだが、あの様子の少しおかしかった燭台切光忠のことを報告すべきなのだろうか。黙り込んだ私に、光忠は私の手元にあった紙を指差した。
「今日の演練の表、くしゃくしゃになってるよ。トイレいくだけでそんなに握りしめることあったの?」
「えっあっ…!いや、トイレ急いで行こうとしたら思わず…あはは」
そういわれて慌てて手元を見ると、手に持っていた今日の演練の相手が書いてある紙が私の手の中でくしゃくしゃになっていた。笑ってごまかすと、光忠はじっと私を見つめる。そしてゆっくりと口を開いて何か言おうとして―その言葉は演練が始まると知らせにきた一期一振の声にかき消された。
「み、光忠!ほら、はじまるって!行こう!」
「……そうだね、行こうか」
じっと鋭い目で私を見つめていた光忠はふっと目を細めて私の背中にその大きな手をそっとそえられ、私は光忠に促されるまま歩き出す。
「……?」
「どうかしたのかい?」
「いや……誰かに見られていた感じがしたんだけど、気のせいかな」
「あ〜〜〜〜!もう疲れた!休憩する!」
「お疲れ様です、主。休憩するのならば、燭台切がたしかなにか甘味を作っていたかと思いますがそちらお持ちしましょうか?」
「御願いします、長谷部。ありがとね」
「主命とあらば」
そういって長谷部が一礼して部屋から出ていく。今日は天気もいいし、風を通してもよさそうだと長谷部が閉めた障子に四つん這いの状態で近づく。からりと片手であけると、やはり気持ちのいい風が吹き込んでくるので私は四つん這いのまま風をあびる。あ〜すっきりする〜!
しかしゆったりとした足音が聞こえてくるのでそちらに顔を向けると、ちょうど石切丸がこちらにむかって歩いてくるところだった。私はあわてて自室の入り口ですっと正座をしてしまう。石切丸は厳しくはないけれど、やはり御神刀だからだろうか、姿を見かけるとつい背筋が伸びてしまう。
自室の入り口で正座をしているという奇妙な私を見かけて、石切丸はおや、と首をかしげた。
「そこでなにをしているのかな?」
「ちょっと休憩してました」
「なるほど、風が心地よいからね」
確かにいい気分転換になりそうだ、石切丸は風を受けて目を細め、そしてそのまますっとこちらを見下ろした。
「ところで―最近なにか変ったことなどはなかったかな?」
「変わったこと…ですか。特になにも」
「そうか……まぁ確かにそこまで力があるわけでもなさそうだけれど」
石切丸の言い方に、私は首をかしげた。石切丸は、そのまますっと私の左肩に視線を動かした。
「少し―よくないものが憑いているね」
「エッお化け的なものですかコワイコワイハヤクトッテクダサイ」
「君はお化けよりよほど怖いものを従えているというのに……それにそんな虫を相手にするかのような言い方をするんだね」
石切丸さんは苦笑してから、すっと真顔になり、私の左肩へと手を伸ばす。優しく私の肩をぽんぽんと叩き、じっと左肩を見つめてからにっこりと笑った。
「これで大丈夫。祓ったからね」
「ありがとうございます……」
強張っていた肩から力が抜けた。自分の左肩をみてみるが本当になにか憑いていたのだろうか。
「ずっと思っていたけれど、主は少しそういった類のものを呼び寄せやすい霊力のようだね」
「え?そうなんですか?私霊力少ないと思ってたんですけど……」
「霊力の多さではないよ。そうだな……しいていうなら、花の蜜のようなものだよ。少量なれど、甘くてみなが集まってくる、そういうものだ」
「そうなんですね…へぇ」
自分ではよくわからない。ただ石切丸が言うには、そういった類をこれからも引き寄せることがあるかもしれないのでこれからも変わったことがあったら石切丸や三日月などだれかに相談するように、と釘を刺されてしまった。
はぁい、と元気よく返事をしたところでお茶とお団子を載せた御盆を持ってくる長谷部の姿が見えたので私は立ち上がって長谷部の元へと走り寄る。わー!光忠特製ずんだもちだ!
すんだもちに夢中になっていた私は後ろでそっと呟いていた石切丸の表情にまで、気付いていなかった。
「……いまのは、霊というよりは念だった。何事もなければいいが―」