「主、文が届いております」
「ありがとう長谷部」
「いえ、またなにか御座いましたらお呼びください」
そういって長谷部は頭を下げて襖を閉める。私は白い封筒、宛名は何もないが逆にこれは政府からの連絡であるというサインだ。そもそもここ本丸には政府からの手紙からしか来ないし。私宛の手紙は一度政府に送られ、政府が確認をしたのち私の手元にくる。真名などの流出を防ぐためだ。
政府だって手間だろうが、必死に探し出してきた審神者がうっかり神隠しなんぞにあってしまっても政府としてはたまったものではないのだろう。
私は政府からの手紙を読んで小さくため息を吐き出した。
「ブラック本丸……」
政府からの手紙に書かれていたのは、最近多くなっているいわゆるブラック本丸のことだった。
名誉のため刀剣たちに無理な進軍をさせる、ほしい刀を手に入れるため資材をそちらにつぎ込んだせいで放置される重傷をおったままの刀剣たち、ストレスのせいで精神が不安定になったための強請される夜伽エトセトラエトセトラ。
とにかく政府は数が少ない本丸を守るのに必死である。手紙にもストレスはためず何かあった際は必ず政府のカウンセラー等に相談するように書かれていた。
私の本丸は刀剣たちも私に対して優しいし、もちろん審神者業は大変であれどまわりが支えてくれることも多いのでストレスというストレスはあまり感じない。体調をあまり崩さないのもそれだろう。
ただ、私たちが使役している付喪神は分霊であるという。そのため多少は呼び出した審神者によって性格などに差異が発生するらしい。
「ほかの本丸だと優しくない刀剣男子もいるのかな……」
私は政府からの手紙にマッチでそっと火をつける。政府からの手紙は刀剣男子に伝えてはならぬこともあるため、私はこうして手紙は随時燃やすようにしているのだ。私はただぼんやりと真っ赤な火が手紙を燃やし尽くすのを眺めていた。
ざわざわと行き交う人を眺める。ここは演練場だ。私は今日の対戦相手が書かれた紙を握りしめるとくしゃりとしわが寄った。
「何回きても緊張するんだよね…演練」
「大丈夫かい?無理しないでね、主」
「大丈夫だよ。私は何かするわけじゃないんだし。応援しかできないんだから」
「そんなことないよ。祈りはきちんと相手に届くからね」
そういって私のそばに控えていた光忠と石切丸が笑う。大きな男性に挟まれているというのに、恐怖心を全く感じないのはこの二人の穏やかさゆえだろうか。
今日は私の部隊は太刀と大太刀育成のため、私の周りは大きな男性によって囲まれている。それでも、髭切、膝丸、太郎太刀、一期一振という布陣なので騒がしくもないし、むしろお兄ちゃん気質に囲まれてすぐに心配をされてしまうほどだ。
「……でもやっぱり緊張してきた。始まる前にお手洗いいってくる」
「ついていこうか?」
「さ、さすがにお手洗いは大丈夫だよ、髭切。ありがとう」
「もう始まるようですから、お急ぎに」
「うん、一期一振、ありがとう」
そういって私は自分の刀剣たちに見送られながら速足にその場を離れる。さっきすませておけばよかったなぁ、演習場の近くにもトイレはあるけど、人気のない薄暗い廊下の先なのでちょっとだけ怖い。
しかし演習場を出てトイレにいくほどの時間は残されていない。時間もないし駆け足でさっさと行っちゃおう。
私は小走りでトイレへと向かっている、まもなくトイレへ到着、というところで廊下に設置されている簡易的なクッションのひかれているベンチに人影があることに気付いた。
(あれは……燭台切光忠?)
ベンチに座って、俯いたまま床を見つめているのは確かに燭台切光忠だ。ここにいるということはトイレの付き添いでここまできたのだろうか。だが他に人の気配はない。私は駆け足になっていたのをゆっくりと緩め、そして燭台切光忠のそばで立ち止まった。
燭台切光忠は顔を上げない。私は廊下を見渡して、そしてそっと燭台切光忠に声をかけた。
「あの、どうかされましたか、燭台切様」
私がそう声をかけると燭台切光忠はぱっと顔を上げた。驚いているかと思ったけれど、特に表情を変えることもなく、座ったまま私のことを見上げている。
「もうすぐどこも演練が始まります。このような場所にいらっしゃるとは……何かお困りですか?」
そう問いかけると、燭台切光忠はぼんやりと私を見つめて、そして立ち上がった。
「……いや、なんでもないよ。ありがとう」
燭台切光忠は呟くようにそう言って、ふらりと立ち去ってしまう。ずいぶんと静かな様子に私はそっと首をかしげた。
(でも特に傷を負っている様子もなかったし……いわゆる個体差ってやつなのかもしれない)
私は燭台切光忠が歩き去った先をぼんやりと見つめる。
さきほどの燭台切光忠にとっては私は知らない人間だ。優しくする理由もなければ、特に会話だってする必要もない。
だけど、どうしてだろう。床をぼんやりとみつめる燭台切光忠や、私のことをじっと見つめていた燭台切光忠の、あの目が――
そこまで考えてはっとした。そうだ、私はトイレにいかなくては!
私はあわててトイレへと駆け込み、今度は猛ダッシュで演練場まで戻るのであった、