どこか遠くで鳥ポケモンの鳴き声がした。
窓から射し込む日の光に耐えきれず、薄目を開ける。窓から見える外は青空で、今日もいい天気だと寝ぼけた頭がふんわりと理解した。今日もまた、朝がやってきた。
はだけていた掛け布団を肩までかけ直して、それから忘れずに遮光カーテンに手を伸ばす。だけど、横着した私の手は何も掴めなくて、届きそうで届かない距離に、ぐぐっと伸ばした手をパタリと力なく布団に落とした。そして、起き上がろうとした身体も再びベッドへと預ける。
朝から頑張ることのできない身体が、まどろみで再び睡魔に囚われそうになったとき。
床を踏みしめる音に、私はもう一度身じろぎをした。
「おはようナマエ。起きたか?」
「・・・おはよ、ございます」
「なんで敬語なんだ?コーヒー淹れてあるぜ、眠り姫」
「やだ・・・なんかそれ、ダンデさんらしくない」
「ダンデ"さん"なんて、他人行儀なキミにはちょうどいいだろ?」
近付く身体に、掛け布団を頭まで被る。布団の向こうで笑うような声が聞こえてきて、それから優しく布団を剥がされた。視界に映る、鮮やかな青紫の髪。「コーヒー冷めちゃうぜ」ギシリと鳴るベッドに昨夜の夜を思い出しそうになるも、赤くなりそうな顔は見られずに、寄せられた唇が優しくおでこに触れて離れていった。
「照れる顔もかわいいな」
「ばか・・・」
「馬鹿で結構」
したり顔で私の頭を撫でたダンデさん、もといダンデは、恥ずかしくなるような台詞をひとつ呟いてから、再びキッチンに戻っていったようだった。そこでようやく、部屋に漂うコーヒーのいい匂いに気が付く。
あっという間に吹き飛ばされた眠気にベッドから起き上がると、ベッドの外に脱ぎ捨ててあった上着をひっかけて洗面所へと向かった。こういうとこでも、昨日の事を思い出すから困りものだ。次、があるならば、ちゃんと畳むようにしよう。
***
「やっとお目覚めだな」
「いや、ダンデさ・・・ダンデが、朝早いんだとおもう」
「及第点だな。もっとオレの名前呼んでくれていいんだぜ」
朝から嬉しそうに笑うダンデに、素直に可愛いと思ってしまうから重症だ。そんなニコニコ笑顔を向けられたら、誰だってほだされてしまう。
眩しい笑顔を直視しないようにしながら、軽い朝食とコーヒーの乗ったテーブルの前に座る。本当に至れり尽くせりで、そんな至って尽くしてくれた彼本人は、今日は何があったかなと1日のスケジュールを確認したりしていた。
チャンピオンだったときよりも幾分も楽しそうな表情に、改めて彼の凄さを実感する。何年も背負っていた重圧から解放されて、夢に向かって好きなことを好きなだけする。それがどれだけ大変でも、ダンデはきっとやり遂げるまで前進し続けるんだろう。周りへのパフォーマンスをバトルにだけ向けた彼は、今度こそ無敵に違いない。・・・いや、でも新チャンピオンにはなかなか勝てないと悔しがっていたっけ。
そんな彼の表情をこっそり眺めながら飲んだコーヒーは、絶妙な苦さでおいしかった。
「ところで身体の方は平気か?」
「っ、えほっ」
「す、すまない!大丈夫か!?」
不意に上げられた視線とぶつかって、こっそり表情を盗み見していたことを恥ずべきより先に、その言葉に色々動揺してしまった。肩が揺れてコーヒーは溢れそうになるし、口に含んだコーヒーは行き場を間違えて気管に入った。むせ返る私に大慌てで側まで来てくれたダンデが背中を擦ってくれるも、こればっかりはあなたが悪いと思う。
心配しながら私を伺うその肩を軽く叩けば、ダンデは驚いたように顔を上げた。そのまっすぐな瞳が、何を見たかはきっと言うまでもなく。
「もう!朝からなんてこと言うの!」
「・・・顔が赤い、な?」
「ばか!思い出さないようにしてたのに!」
「そ、そんなに嫌だったのか?昨日は確かにだいぶ無理をさせてしまっ、」
「わああっ!もう何も言わないで!」
「そっ、そういうわけにもいかないだろう!」
心配していた顔を一変させて、どこか焦ったようにも見える表情で、私の両肩を持ちながら詰め寄るダンデ。嬉しくて仕方がなかったし、嫌だとかそんなわけないでしょう!とひと言でも言えたら良かったのに。現時点で何よりも恥ずかしさの勝った私の口から、そんな大胆な言葉を言えるはずもなく。
寄せられた顔に、思わず視線を逸らして大声で彼の言葉を遮る。それが彼をさらに焦らせたのか、バトルでも見ることのないくらいに真っ青になった顔で、彼の手のひらが私の頬をがっちりと掴んだ。耳をくすぐる指がヘンな気持ちになるなんて、この状況では口が裂けても言えない。
「嫌だったのなら!」
「っ!」
「やめ・・・ら、れないかもしれない、から、やめるように善処する、ぜ」
「・・・」
いつものダンデからは想像もつかないような小さな声が、苦々しく吐き出される。本音と建前の狭間で、嫌がることはしたくないけど、譲りたくない、というような。ものすごく言いづらそうに、だけど妥協ができないところはできなかったらしく、私の頬を撫でる指が、少し震えているような気がした。
いつもは自信たっぷりにつり上がった眉も、珍しくハの字だ。思わず伸ばした手でそっと頭を撫でたら、困ったように笑われた。
「キミの嫌がることはしたくない。けど、それ以上にキミを離したくないって思うオレは、酷くてずるいやつだ」
そんなことないと、言う前に抱きしめられた。あったかくて大きなこの身体に包まれると、安心できるのに。彼はいつも、つよくてやさしくて、それからちょっとわがままだ。抱きしめ返したら、耳元でゆるく笑い声が聞こえた。「強くてカッコいい、前チャンピオンも形無しだぜ」そんなこと気にしなくていいのに。
背中に回した腕の力を強めて、いつまでもモジモジしてる自分のせいで彼の元気がこれ以上しおれてしまわないように、言った。
「私は、チャンピオンのダンデさんも、チャンピオンじゃなくなったダンデさんも、全部が大好きだよ」
「!」
「嫌なわけない。ごめんね、恥ずかしくてすぐに言えなくて。だけど、いまこの時間も、嬉しくて仕方がなくて、私は幸せ者だなって思ってるよ」
椅子に座って、かがんだダンデを抱きしめて。「身体も平気。寝たら元気いっぱいだよ」耳元でそう言えば、今度は力一杯抱きしめられた。
苦しいくらいに抱きしめられて、ちょっと苦しい。苦しいと本人に言っても、しばらくその腕の力は弱くならなくて。
「ナマエ、オレも幸せ者だ」
再び寄せられた唇は、今度は私のそれに掠めて離れていった。
191222