まるで運命が見えているかのように

「では賭けをしようか。ナマエ」
「え、急……」
「急でも察することはできただろう?このわたしと話をしているのだから」
「……嫌です、って言っていいものですか?」
「構わないけど、あとで後悔することになるよ」
「賭けても賭けなくてもこわい未来しかないじゃないですか……」
「おや、勝負をする前から未来を決めるのか?きみはよっぽど弱腰と見える。いや……弱虫、かな」
「よーし!やってやろうじゃないの!」

気がついたら大見得をきっていて、気がついたら目の前で優雅に微笑むギーマさんの瞳がスッと細められていて。慌てて周りを見渡したら、他の四天王の皆さんは苦笑いをするか私から視線を逸らすばかりで、くっまたハメられた!と思って唇を噛めば、視線を逸らしていたレンブさんに「いつもの流れか」と言われてしまった。
否定ができずにただ項垂れる私の肩にポンと置かれる手。嫌な予感しかしないけれど、四天王の手足となるべきいち事務員の私がその手のひらを無視することも、ましては振り払うことすら許されないので、恐る恐る、そして嫌々顔を上げる。さっきの優雅な微笑みはどこへやら、勝負すらしていないのに勝ち誇った笑みを浮かべたギーマさんが、私の顔を覗き込んでニヤリと口角を上げた。
勝負をする前から未来を決めるなど弱虫だと言ったギーマさんは、自分の勝利を確信しているのか笑みすら浮かべている。弱虫だと私をなじったくせに、自分は勝利を確信しているなんて本当に、本当に、意地が悪い。

「さて、じゃあ早速勝負といこうじゃないか」
「お手柔らかにお願いします……」
「勝負に手加減もなにもない。あるのは勝つか負けるかだけ」
「……いちいちヤダなあ、この人」

四天王の控え室、真ん中にドドンと置かれたテーブルに腰を掛けたギーマさんが、恭しく私を正面の椅子に座るよう促す。これもいつもの流れといえばいつもの流れなので、うじうじ言いながらもその椅子に腰をかけた。素直に従った私が面白いのか、ギーマさんは余裕の笑みを崩さない。いや、この人はチャレンジャーを前にしてもこんな感じでした。

するりと出されたトランプは、すべてエースの柄をしていた。はて、今回はどんな勝負をするのだろうかと、このテーブルを前にすると頭がスッと冷静になる。もはや何度目か分からない勝負は、今のところ私が完全敗北の流れではあったけれど、頭を冷静にすればするほどいい勝負になるという流れは確かにあったので、今回も出されたトランプを前に深呼吸をしてみる。ふむと感心したような声をあげたのはギーマさんで、それから目の前の並べたトランプを楽しげにトン、と指差した。

「今回は一発勝負といこうじゃないか」
「一発勝負……」
「ルールは簡単。この4枚のトランプから1枚を選んでもらう」
「……それが指定のものだったら、私の勝ちですか?」
「察しは悪くない、が。今回はちょっとひねらせてもらおうかな」
「え?」

トン、トン、トン、と順番に指されていく4つのトランプは、流れるような仕草であっという間にギーマさんの手のひらの中に仕舞われてしまった。
見るのは一瞬だと言わんばかりのスピードに、つい文句のひとつでも言おうかとした口を止めたのは、さっきトランプを示していた指先で。

「目を閉じて。きみの選んだカードのマークをこのわたしが当ててみせよう」
「!」

それってかなり低確率では?もはや提案者の負ける可能性が大では?
そんな疑問は口を塞がれていることによって言葉にならずに、頭の中の疑問として浮かんでは消えていく。周りで見ていた四天王のみなさんも、どういうことだというような口ぶりで話をしているし、それはイーブンとは言えないのではないですか?という私の疑問は、やっぱり塞がれた口のせいで言葉にならなかった。

指先がゆっくりと、私の瞳の前にかざされる。
自分にとっての有利は確かにラッキーではあったけれど、これで私が勝っても正直勝った気がしないのでどうなんだろう。そう思いながらも、目の前のギーマさんが「早く」と強めに一言呟いたものだから、やっぱりびびった私は慌てて目を閉じるのだった。

閉じた目の向こうで、カードがきられる音がする。といっても数枚のことなので、それも程なくして終わった。「さあ、選ぶといい」大変上からで偉そうな言葉ではあったものの、許可が出たのでゆっくりと目を開ける。伏せられたカードが4枚、絶妙な距離感で並んでいた。
……ふと疑問が浮かぶ。私が選んだカードをギーマさんが当てるのならば、そもそも彼の目前へとカードを並べるのは私のやることではないか?目を閉じて待つべきなのは解答権を持つギーマさんであって、提示する私がカードを切りテーブルに並べなければ、もしかしたら私が目を閉じているうちに不正のひとつやふたつ。

「待ってください……伏せてカードを切ったとしても、ギーマさんが並べてしまったら、もしかしてギーマさんなら分かるんじゃないですか?」
「ほう」
「トランプの全種類からじゃなくて、エースから選ぶなら実質4択ですよね。順番を覚えていたらそれくらい……」

ギーマさんが、ふっと口元を歪める。暗に不正をしているのでは?という私の抗議に対する答えは、きっとその笑顔なんだろう。分かっている、とでも言いたげな不敵な笑みは、私の背中をゾクリとさせた。
疑っているわけでもないけれど、心の底から信用しきっているわけでもなかった。なんていったってこのイッシュ地方の四天王、あくタイプ使いのギーマさんは、良くも悪くも名前を聞く人。まあ、仕事面では文句はないわけですけれども、敗北した挑戦者からのあたりは強く流された噂も数知れず。
ギーマさんが不敵に笑いながらも首をかしげる。はて、なんのことやら。という声が聞こえる気がした。

「イカサマするつもりはなかったが、その点に気が付いたことは称賛しよう」
「……上からなんだよなあ」

一瞬たりとも動揺した表情を見せないそのプロ意識のようなものは本当に素晴らしいと思うけれど、もっと言い方ってものはないのだろうか。まあ、使役されるスタッフ側が言うことでもないけれど、ちょっとだけ不服で誰にも聞こえないようにうつむきがちにぽつりと文句をこぼしてみた。

口を尖らせた私のことなど関係なしにテーブルに肘をついたギーマさんは、カードを回収するそぶりも見せず、それどころかさあさ早く選べと言うように並べられたカードをするりと撫でる。
言い訳も弁明もする気配がない。どういうことだろうと顔を上げたら、その色素の薄い瞳と視線がぶつかった。

「ハートのエースだ」
「……え?」
「きみが選ぶのはハートのエース。それ以外はない。以上だ」

以上だ、とは?
結局、指定されたものを選ぶのか?という一番最初にした質問通りの話ではないのかと思うものの、得意気に口角を上げているギーマさんからしてみれば、それとこれは違う話なんだということなんだろう。
相変わらずちっとも読めないし、まったく理解が及ばない。勝負師たる所以はこのあまのじゃく加減と多くを語ろうとしない性格からだろうかと眉をひそめたとき、なぜかやれやれといったため息混じりの声が聞こえてきた。やれやれはこっちの台詞なんだけど?という文句を飲み込んで、カードに落としていた視線を上げる。そこにはやっぱり、得意気な顔をしたギーマさんが頬杖をついて私を眺めていて。

「ハートのカードではなければきみの勝ちということだが、理解できているか?」
「……頭の処理が、追い付いていません」
「察しは悪くないと言ったが、前言撤回だ。きみは察しが悪い」
「うう」
「言っただろう?『きみの選んだカードのマークを当ててみせよう』と」

ひどい言われように、口から呻き声しか出なかった。そんなこと言ったって、今回のギーマさんは言ってることが微妙に違うから、頭の整理がうまくいかないんです。なんて言ったところで察しが悪いか頭が悪いか、そんなことを言われることが安易に想像できる。
一生懸命頭を悩ませて、絞り出すように言葉を出す。ギーマさんは頬杖をついたまま、じっと私を見つめていた。

指定されたカードを私が引けば勝ちというゲームかと思いきや、ひねらせてもらうと言われて提示されたのは、私が選んだカードの種類をギーマさんが当てるというもの。だけどそれは、当てる側がカードを並べたら意味がないという私の抗議によって無効となった。
はずだったのに、カードの並べ直しもなく、言われたのはカードの指定。そしてそれは、ギーマさんが私の選んだカードを当てるということでもある。つまるところ。

「えっと……指定されたものを私が選んで当てるのでもなく、私に選ばせてそのカードをギーマさんが当てるのでもなく、」
「指定したものをきみに当てさせる。ということだ」
「え!それ、難易度高くないですか?」
「高いが、わたしは難しい勝負ほど燃えるたちでね」

難易度が高いという話ではない。そんなもの、カードの順番を覚えていて、なおかつそのカードを選ぶように何かしらの誘導をしなければよっぽど当たらないように思う。だけどそれを簡単に提案して、難しい勝負ほど燃えると言ってのけるギーマさんの勝負師根性。
だけどやっぱりそれをするということは、さっきカードを並べたときに順番を覚えることができる何かをしたということではないかと、思わず眉をひそめそうになったとき。「ああ、それと」と声をあげたのは、さっきまで悠々と私の言葉を聞いていたギーマさんで。

「誓ってイカサマはしていない。きみとの勝負は、いつも本気だ」
「!」

いつも何かを見下ろしているかのような、余裕綽々とした雰囲気がフッと消え失せる。じっと私を見つめる瞳は真剣で、そこに冗談の色は微塵も浮かんでいない。思わず息を飲んだ私の顎が、ギーマさんの人差し指でツイと掬われた。

「さあ、選ぶといい。確率は4分の3できみの勝利だ」
「……でも勝負は確率だけじゃないって、ギーマさんがおっしゃってましたよ」
「その通りだ。だから面白い」

私の顎を掬った指先がするりと逃げていく。逃げた指は、ギーマさんの唇に寄せられた。

「きみの『ハート』をわたしに見せてくれ」

カードを選ぶ指が震える。ギーマさんの指の動きが色っぽくてドギマギさせられてしまったとか、言ってることがなんだか意味深でソワソワするとか、そんなことを考えている場合じゃない何かが背中を伝っていく。
勝負師ギーマさんが本気の目をして私を見ている。イカサマでカードの並びを覚えている説が全力で叩き潰された今、私がそのハートのエースを選ぶのはある程度の誘導が必要だと思うのに、ギーマさんはただじっとそのほの暗い瞳で私を見つめてくるだけで、何かをする様子もなければ、何か声をかけてくることもない。こわすぎて、指だけでなく身体まで震えそうだった。
シキミさんがさっきから夢中になって私たちの様子を書き綴っているようだけれど、中身を見せて欲しいと言う元気もない。真っ青な顔をした私の様子が描写されてるのだろうか。

私の今は、蛇に睨まれた蛙です。そんな蛙の私はもう、何も考えずに目を閉じてこれだ!と指先を突きつけるだけです。これだ!
震えた指先が示したカード。ギーマさんが「なるほど」と意味深に呟く。何がなるほどなものか、今回ばかりは何も考えていないから、読まれる心配もないはずだと、謎の自信を胸に、ギーマさんの指先がそのカードを裏返すのを見守る。そして、出たのは。

「さあ、約束だ。きみの時間をわたしにくれるね?ナマエ」

もはや最初の賭けの内容がなんだったか忘れてしまうくらいの濃密な時間だったように思う。ひっくり返されたカードの色が、かたちが、一生忘れられないくらいに脳裏に焼き付いた気がする。ハートのエースがトラウマになりそうだ。
息を吐くかのように、他の四天王の皆さんが会話を再開して、それからシキミさんが私の側までやってきて、そっと耳打ちをした。してくれたけど、とても恥ずかしい内容で、耳を塞ぎたかったけど一応指示される側なので、そんな失礼なこともできず。

「あなたの『ハート』見破られちゃいましたね!」

真っ赤になって俯く私に、ギーマさんはずっと上機嫌で笑っていた。