一番勝負!

「人を呼び出しておいて、ふたりで何してるの」

オーバからの急いで来いという謎の呼び出しを受けた数十分前。たまたま近くまで来ていたので乗り気はしなかったものの、四天王として活躍しているらしいオーバから連絡が来ることなんて最近無かったので、物珍しさ半分で仕方がないと相棒のムクホークの背中に乗ってナギサシティまで来たのがさっき。指定された場所まで向かえば、やっぱりというかなんというか、目立つ赤いアフロの隣で明るい髪を風に吹かせたデンジもいて。
まあ、場所が場所なので、いないとは思わなかった。なんていったって、呼び出したところがナギサシティだ。デンジが定期的に問題を起こしてはザワついている可哀想な街は、今日は見たところ平和に見えた。

オーバが面倒を見てくれていたのだろうかと、少しだけため息。このふたりは、一緒にいないと何をしでかすか分からない。いや、いても何をしでかすか分からないけれど、お互いがお互いのストッパーになってくれれば多少はマシになると思う。たぶん。デンジも、相変わらず挑戦者の骨がないとふてくされているのだろうかと、やけに目立つふたりに歩み寄った。

最初に気がついたのは、オーバだった。ただでさえ大きな声が、やや遠くにいる私の耳をつんざく。うるさいと呟けば、声がでかい上に地獄耳のオーバが「聞こえてるぞー」とこれまた大きな声で私に手を振った。
そして冒頭に戻る。彼らの近くまで歩いてきた私が、ふたりが座るベンチの間に置かれているものに眉を潜めて言葉を溢すと、最初にからかってきたのはもちろんオーバで。

「へへ、なんだあ? 羨ましいか?混ぜてやらないこともねーぞ」
「……帰る」

急いで来いと言われたのでご丁寧に急いで来てあげたのに、蓋を開けてみればふたりがやっていたのはボードゲームで。何か大変なことでも起きてしまったのかと少しだけ心配した自分がバカみたいに思えて、なんだか非常に腹が立ってしまった私は、つい冷たく吐き捨ててしまった。ふてくされていたのはデンジじゃなく私だったのかと内心げんなりするも、腹が立ってしまったものは仕方がない。そっぽを向いて踵を返そうとすると、背中にオーバの慌てた声が聞こえてきた。

「えっ!もうかよ!」
「おいオーバ、ナマエはへそ曲げたら本当に帰るぞ」
「悪い……機嫌直せよナマエ」
「……」
「ナマエ、オーバも反省してる」

オーバの慌てる声に、デンジのやれやれという声が重なる。確かにこのやり取りも何度かしてきたかとちょっと冷静になるも、背中で繰り広げられる会話が少し楽しくなってきたところで切り上げるのもつまらない。なんて考えていると、オーバのしょんぼりとした声と一緒に、デンジの優しい声が重ねられた。
まあ、正直言えば私抜きで楽しそうにしていたのがムカついたという自己中心的な怒りなので、ちょっとだけ可哀想なことをしてしまったと思わないでもないけれど。

「……許す」

許すも何もないんだけれど、なんだかんだで優しい彼らは私のワガママにも付き合ってくれる。ほっとした表情のオーバと、やれやれと眉を下げるデンジ。ふたりの間に置いてある白と黒の陣取り合戦ゲームは、私も昔よくやったものだった。

「リバーシ?」
「ああ、家から出てきたんだ」
「昔よくやったよなーって思ってよ、デンジとやってたってわけだ」
「そうしたらオーバがナマエも呼ぼうって言い出したんだよ。リバーシなのにな」
「人数は多い方が盛り上がるだろ!」
「でもふたり対戦のゲームだぞ」
「交互にやれば全く何の問題もない」
「……行き当たりばったりだな、今回も」

自慢げにふんぞり返るオーバに、デンジは目を伏せながら笑う。その指先は、流れるような仕草で黒色を白色に塗り替えていった。さっき見た時点で既に白色が有利だったように見えたけど、今の一手でさらに白の面積が増えて、思わず「あらら」と呟く。オーバが大声で待ったをかけるも、デンジは素知らぬふりをしてひっくり返していった。「そういえばナマエ、」と私に話題を振りながら。

「最近忙しそうだな。大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。まあ色々とやることがあってね」
「デンジ!待て、待っただ!そこ取るな!」
「詳しいことは聞かないでおくけど、時々は顔を見せてくれよ」
「あはは……そうするね」
「おいお前ら勝手に交流するな!そしてデンジはその一手を待て!」
「待たない。オーバ早くしろ」

仕事柄、あちこち飛び回ることが多い私を心配してのデンジの声に笑って誤魔化しておく。大丈夫ではあるけれど、まあまあ疲れは溜まっているので毎日ぐったりすることは多い。たぶんデンジはそれを察してくれたんだろうけども、だからといって残念ながら仕事量は減らせるわけでもないので、誤魔化すだけ誤魔化しておいた。
私の言葉に顔を綻ばせながら、オーバの叫び声をスルーし続けていたデンジが、その騒がしいアフロ頭をパサッと叩く。オーバはオーバで、盤上を食い入るように見つめ、時々ポケモンもびっくりするような唸り声をあげては、そのアフロ頭をワシワシとかき混ぜていた。四天王で実力はあるのに、なんというかどこか抜けているオーバはたぶん、頭を回すことが苦手に違いない。デンジ曰く常識知らずと言われる所以だと思いながら、私もその盤上に視線を向けた。確実に、ひとつしかないと思うのだけれど。

「ここじゃないの?」
「……はっ!」
「おいナマエ!口を出すなよ」
「だって、デンジが圧倒的に有利なんだもん」
「だからってなあ、これは男と男の勝負で、勝った方が……」
「デンジ!」
「!」

思わず口を出した私にデンジが珍しく声を上げる。なんでそんなに大声を出すんだろうと、素直にオーバに味方したことを言えば、デンジは大きな大きなため息をひとつついて、顔を片手で覆いながら、がっくりと項垂れた。そんなに?そんなにマズいことした?ブツブツと、男と男の勝負がどうこうという声が聞こえてきたとき。
大きな声が、デンジの名前を呼んだ。デンジは肩を揺らして顔を上げ、私はその声の大きさに耳を塞ぐ。いやほんとに、オーバの声量調整ぶっ壊れてるのかな。

「それ以上はオレに勝ってから言うんだな! ここだァ!」
「ナマエに教えてもらった手を自信満々に出すな!」
「なにっ!」
「えっ!」

オーバが、バッシーン!と勢いよく私のアドバイス通りの場所に黒い石を置くものの、ひっくり返す間もなくデンジが次の場所に白い石を置いた。尋常じゃないスピードに、オーバも私もびっくりして言葉が出ない。ひときわ声を荒らげたデンジは、今度は粛々と黒い面を白くしていった。ご丁寧に、固まっている私たちの代わりに白を黒に変えていきながら。
デンジの手が止まった頃には、盤上はほぼ白に埋め尽くされていた。3分の2が埋まっていて、すでにこの状況。オーバは覆せるのだろうかと、恐る恐るオーバの顔を見れば。

「っ、」

思わず息を飲んでしまうほどの真剣な瞳がじっと盤上を見つめていた。さっきまで大声でわめいていた姿はどこへ行ったのか、顎に手を当ててなにやら考えているオーバは本気そのもので、次も私がアドバイスをと思っていた気持ちもどこかに吹き飛ばされてしまう。そんな必要は全くないという気配を感じた。そして、向かい合ったデンジも真剣そのもので。

いやいや、これって私を呼び出した意味が全く無いのでは?ふたりで真剣勝負をするなら、私の存在は必要ないのでは?それどころか、口まで挟んでしまったのは大変よろしくなかったのでは?
色々と考える私をよそに、オーバは恐ろしく静かな動きでパチリと石を置いた。その場所に驚いたのは、私だけじゃなくデンジもだと思う。一気に覆されていく。その一手で白が黒になっていく量は、尋常じゃなかった。あっという間に、同じ数かそれよりも。
デンジが少しだけ間を置いて、ぽつりと溢す。オーバは顔はそのままに、声につられて視線だけデンジにむけた。

「……オーバ」
「ん?」
「お前も本気なんだな」
「おー、あたりまえ。チャンスだからな。オレにとっても、まあお前にとっても?」
「そうだな」
「……?」

どこか意味深な会話に、付いていけてないのは私だけだった。より一層、呼び出された意味もここにいる意味も分からないまま、結局は盤上を一緒に見つめるしかなくて。
さっきまでの騒ぎはどこへやら、海風に吹かれながら無言で石を置いてはひっくり返すふたりの姿を盤上から視線をあげてぼんやりと眺める。いやはや、デンジは元々顔立ちが整っているからか、海風に吹かれても絵になるというか、とてもかっこいい。オーバも普段は三枚目を気取っているけれど、真剣な表情は悪くない。顔の良さで言ったらまあ、デンジには勝てないけれど。

真剣なふたりを置いて、ベンチの向こうにある手すりにもたれながら海を見つめる。ある意味息抜きになったことを考えるとありがたいけれど、このふたりは一体なんの勝負をしているのだろうか。リバーシはリバーシだけど、それだけじゃない何か。
そんなことまで真剣に考えるのは非常に面倒くさくて、そして勝負の結果をなんとなく察したくなくて、私は海を前にして目を閉じた。後ろから、声をかけられるまでは。

「終わったぜ、ナマエ」
「んー」
「数えるのはお前が立ち会ってくれ」
「ええ、なんでまた」
「大事な一番勝負の結果だからな! オマエも見てて損はないと思うぜ」
「え? その男と男の勝負とやらは1回きりなの?」
「勝負自体は何度やってもいいんだけどな」
「賭けてるものがひとつしかないから、まあ1回きりになるよなあ」
「つまり、フラれたらチャンスはもうひとりに巡ってくるんじゃないか?」
「おい!イヤなこと言うなよ!」
「まあオレは自信があるけどな。どっちも」
「ぐ……いや、オレも負けてねえ!」
「ねえ、さっきからなんの話? 私も関係ある話?」

だいぶ話の置いてけぼりを食らった私が、控えめに眺めていた場所から口を挟んだ。黙っていれば話は進んだのかもしれないけれど、それまでじっとしているのもつまらない。ふたりがヤイヤイ言いながらお互いの色の石を集めているなか、ベンチの背もたれ側から覗き込んで首を傾げた私に、オーバとデンジのふたりの視線が向けられた。
座っているふたりからしたら、見上げられる場所にいる私。普段立っているときは見下ろされることばかりなので、その様子が珍しく、ついでに言うとその頭をぐりぐりと押さえつけるにはベストポジションでもあると言いますか。

「お、し、え、て、よ〜!」
「ウッ!」
「グッ!」

片手ずつ、ふたりの頭を押さえつける。フワフワのアフロと、ちくちくした頭。どっちもあまり触れたことがなかったからとても新鮮で、思わず感触を楽しむようにわしゃわしゃなで回してしまったのだけれど、最初にひとこと呻いたきり、あとはされるがままにじっとしているふたりが少しだけ心配になってしまう。何か地雷踏みましたかねと、少しだけその手の力を緩めると。
ぐっ、と掴まれた私の両腕。熱いオーバの手のひらと、少しだけ温度の低いデンジの手のひらが私の手首をがっしりと掴んで、それからゆっくりとふたりの顔が私に向けられた。なぜだか、まだ夕日の時間でもないのにその顔はなんとなく。

「お前に許可取ってなくて悪いけど!」
「勝った方がナマエとこのあとデートするという約束だった」
「ええ! なにそれ聞いてない!」

ああそっか、許可取ってないって言ったもんね。という納得の声を振り払って、ついでに掴まれた両手も振り払おうとする。だけど心の声は振り払えても、がっちりと私の腕を掴んだ男たちの腕は振り払えなくて。

「言わなくて悪かった。だけど、これで勝負はついたから……あとは結果待ちだ」
「順番に並べればいいよな? ふっ、オレの勝ちだな!」
「まだ並べてないだろ」

ひとの腕をがっちり掴みながらの口論はやめてほしい反面、その結果次第でどちらかとこのあと出掛けなければいけないという事実が非常に恥ずかしく。そんなことなら、もっとちゃんとした服を着てこれば良かったとか、もっとメイクに気合い入れてくれば良かったとか、見当違いなことすら考えたりして。
昔なじみのふたりとは一緒に出掛けたことはあったけれど、それこそそんな色っぽい状況なんかではなく、完全に仕事や移動中の時間とかそんなものばかりだった。ので。改めてデートと言われるとさすがに、緊張する。やめてほしい。出直させてほしい。もう一度ぐいと引っ張った腕は、やっぱり離してもらえなかった。

パチリパチリと、同時に盤上に石を並べていく音がする。すぐそこに海があって、その波の音だって聞こえるはずなのに、どうしても石を並べる音しか聞こえなくて。どちらになるんだろう、なってしまうんだろう。もちろん私にも拒否権は与えられているだろうし、最悪モンスターボールさえ握ることができれば、ムクホークに乗ってどこかに逃げてしまうことだって出来る。だけど、なぜか、そうしようとは思わないのは。私が少しでも期待している証拠、なのかもしれない。

パチリ。小さな音だった。
これまで一緒に並べていた片方の手持ちが無くなったという、片方が負ける音。盤上を見るのが緊張するなんて、これまでもこれからも、きっと2度とないと思う。ゆっくりと、その盤上を見る。パチリパチリと続けて置かれた、勝者の石の色は。