久々に降り立ったシンオウ地方はやはりしんしんと冷えていて、気合いをいれて用意した防寒服を着ていても鼻が赤くなるほど寒かった。ここまで寒いと思っていなかったので、元々これ以上の防寒はできなかっただろうけど、フライト中の天気予報では今日を境に温かくなるとのことだったので、こちらの天気予報に少しだけ期待したい。とはいえ、寒いものは寒いのでなんとかしなければなとは思うものの、正直それよりも、手早くやることをやって早くホウエン地方に帰りたいというのも本音だった。
「到着早々、もう我慢できなくなるなんて思わなかったな……」
手帳に挟んできた写真を眺めてみる。長い旅路が耐えられないから一枚何かないかい、と無理を言ってもらった彼女の写真は、どこか照れたようにはにかんでいて、寒くなった身体を心ごと温めてくれるような気がした。
ホウエン地方で大切な人ができた。いや、厳密に言えばずっと大切に想っている人ではあったけど、なんとか想いが通じあって一緒に過ごすことになった人が出来たというか……ざっくり言うと、恋人ができた。おやじに言ったら大笑いされそうだけど、当初は本当に何も手に付かなくなるくらい舞い上がったのが懐かしい。そして、そんな恋人と長期間離れるのは今回が初めてだった。
なんとかなるだろう、と思いながらも一応彼女に写真をねだっておいて良かったと思う。帰ったらたくさん甘えてもいいよね、なんて考えながら、ボクはその写真を大切にカバンにしまいこんだ。
シンオウ地方は有数の観光地のようで、ボクのように仕事や趣味で来ている以外にも、仲良く寄り添って歩くカップルなども空港にあふれていて、やっぱり寂しくなったりもして。
時計を確認すれば、向こうの時間は朝方だろうか。寝坊助な彼女はきっと寝ているだろう。……そう頭では理解していても、衝動というものはどうにもならない。気が付いたら、ダメ元でいいからと電話をかけていた。
ワンコール、ツーコール、スリーコール。さすがに寝てるかな。起こしたらかわいそうだな。そう思いながら、諦めてスピーカーを耳から離したとき。ぶつりと音がして、微かな声が聞こえてきた。掠れていて、いつもよりも低い、ぼんやりとした彼女の声。「もしもし……」その言葉尻が今にも消えそうなのを慌てて拾い上げるように、ボクは彼女の名前を呼んだ。
「おはよう。……起こしちゃったかい?」
『ん……いいよ、だいじょうぶ……』
「急にごめんね。きみの声が聞きたかったんだ」
『私の声……? 寝起きだから、あんまりいい声じゃないよ』
「そんなことないよ。聞きたくて仕方がなかった声だ」
『……変なダイゴ』
「変か。ボクにとっては言われ慣れた言葉だね」
なんともない、とりとめのない話に彼女は電話越しにくすくすと笑う。寝起きで、しかもボクからの早すぎるモーニングコールに起こされたかたちなのに、彼女は怒ることもしない。それどころか『ダイゴが満足したなら良かった』と言ってくれる始末。本当に、ボクには過ぎたる彼女だと思うけど、反面自慢したくなる彼女でもあった。
幸せが溢れて止まらない。遠い土地にいるのに、すぐそばに彼女がいるようで、すぐ隣で笑ってくれているようで、心が温かい。電話越しだから抱きしめることはできないけど、言葉ならいくらだって伝えられる気がした。
「……きみのことが好きだよ。大好きだ。早く会いたくてたまらない」
『まっ、待って。急になに?』
「急かな? いつもそう思ってるよ」
『だっ、て、そんな風に口には出さないから
……』
「口に出すより触れた方が早いからね」
『は、早さを……求められても……』
「それに、触れた方が恥ずかしがるきみの顔をたくさん見られる」
『もう! 朝からなんてこと言うの!』
「こっちは夜だよ」
『揚げ足取らないの!』
電話越しに真っ赤になる彼女の顔が簡単に想像できて思わず笑う。そんな彼女が愛おしくて、大切で、ああやっぱり早く帰りたいなと再確認する。手早くやることを済ませて、彼女の元に帰ろう。帰ったら、お預けだった分まで。
遠くからボクを呼ぶ声が聞こえた気がして振り返る。シンオウにいる友人と、そしてシンオウのチャンピオンがボクを迎えに来てくれたようで、友人がボクに向かって大きく手を振ったのが見えた。
「朝からごめん。今度は一緒にシンオウ地方に旅行に行こう」
『うん……楽しみにしてる』
「おみやげ買って帰るよ。また連絡する」
『うん。またね』
「じゃあ……フフ、二度寝でもするといいよ」
『もう! そうさせてもらいます!』
ぷちりと切れた通話に一抹の寂しさを覚えながらも、彼女のおかげで温かくなった心は、ボクがホウエン地方に戻るときまでポカポカとボク自身を温めてくれるに違いない。
友人一行に返事をしながら、ボクはぼんやりと彼女へのお土産を考え始めた。
(これは御影石といって、全く同じ模様の石がないそうなんだ! 綺麗だよね、グレーに光るこの穏やかさ……ずっと見ていられるよ!)
(ダイゴ、おみやげにも全くブレがないよね。そういうとこ好き)
(! ボクもきみのこと大好きだよ!)
((嬉しそう……))