「あら、お兄さん。こんばんは」
「え……あ、あぁ」
とあるポケモンセンター。入口付近に立つ見慣れた姿にふわりと微笑んだ彼女は、近くにいたラッキーにタオルの運搬を頼むと、その姿に歩み寄る。普段身に付けているロケット団の制服とは違う格好で現れたコジロウは、歩み寄ってきた彼女の顔が正面から見られないのか、ふいっと逸らしながらボソボソと返事をした。
諸事情で寄ったポケモンセンターで働く彼女を見て、コジロウが一目惚れにも似た感情を持った日から数か月。足繁く通い、ようやく認知をされて至る現在の状況に、コジロウは満足げに頬を染める。けれど反面、自分が悪の道に荷担している限り、彼女と共にはいられないだろうという覚悟もしているので、その口から彼女に想いが告げられる兆しはなく。今日も今日とて、一般トレーナーを装って彼女に声をかけられるのを待っている。受け身だと言われるかもしれないが、それがコジロウの精一杯でもあった。
「今日も遅いんですね」
「最近、ちょっと忙しくてな」
「お仕事大変そうですね」
「まあ、な。君もいつもご苦労さん」
「とんでもないですよ。私は好きでやってるので」
忙しい、というのはあながち間違ってはおらず、日々目当てのポケモンのしっぽを追いかけて東奔西走しているコジロウは、このポケモンセンターに来るのも毎日とは言えない日々が続いていた。だけど毎回、来るたびに声をかけてくれる彼女の微笑みと優しい香りに幸せを感じてしまうのも事実で、こうして夜遅くなろうとも無理にでも顔を出している。ポケモンセンターでの仕事を好きでやっている、そんな彼女のことを好きにならないわけがないと、コジロウは彼女の言葉に緩みそうになる口元をきゅっと引き締めた。
少しでも時間短縮になるならばと、最近ひこうポケモンを育て始めたのは、コジロウとそんな彼の恋をなんとなく察しているニャースだけだった。(ムサシは案外鈍感なところがあるので、気付いていないようではあるが)
「(顔見たら、なんか腹減ったな……)」
コジロウが来たくて来たくて仕方がないくらいに来ているポケモンセンターなので、決して面倒ではない。しかしながら、いかんせん、最近まで特定の生活圏を持っていなかったせいか、ロクに食事もとれていないこともあり、到着してすぐにぐるるとお腹がなる。早くここに来たいがために何か腹にいれてくるのも忘れてしまったなと、コジロウは鳴る腹を抑えて項垂れた。
「……お兄さん、お腹空いてるんですか?」
「ゲッ! ……まさか、聞こえたか?」
「ちょっとだけ。そういえば少しやつれたような……いつも思うんですけど、お兄さんは何のお仕事をされて、」
「ま、まあ! ちょっとな! 色々、飛び回る仕事が多くて飯が食べれてないっていうか!」
「えっ、それは大変」
先程よりも近付く距離に、コジロウは思わず後退りする。とはいえ、近付いてきた彼女のふわりと香る花のようないい香りには抗うことができず、嗅覚から感じる彼女の存在にその胸はどきどきとうるさく鳴っていた。
心配、されてしまった。嬉しいような恥ずかしいような切ないような気持ちにぎゅっと胸を掴まれる思いをしながら、コジロウはへらりとなんともないように笑ってみせる。しかしそこはポケモンセンターで働く彼女、コジロウの苦笑いを見抜いて見せると、色々と言い訳をするコジロウの手をぐっと掴まえた。
コジロウの口から「わっ!」という声がこぼれる。その頬は明らかに赤い。
「ご飯、食べましょう」
「いやでも、もうこんな時間だぞ? どこの店もやってないんじゃあ……」
「ポケモンセンターに調理室があるのはご存知ですか? 任せてください。材料があれば何だって作れますから」
「……まさか、きみが、作るのか?」
「はい。結構腕には自信がありますよ!」
任せてくださいと、彼女は目を輝かせながらコジロウのエメラルドグリーンの瞳を見つめる。思った以上の至近距離で見つめられ、いつもは恥ずかしくてつい逸らしてしまっていた彼女の黒い瞳を、コジロウは思わずじっと見つめ返していた。真っ黒な瞳のなかに、きらきらと光るものが見える。ここまで楽しそうな彼女は初めて見たと、取られた手も忘れてぼんやりとその笑顔に見入っていたコジロウの腕が、グンと勢いよく引かれた。思わずつんのめりそうになって、ぐっと堪える。
目の前には楽しそうな彼女、コジロウの口元は緩む一方で、その後ろについていく足も心なしか軽く見える。彼女の手料理を食べられるチャンスが来るなどと思ってもみなかったコジロウは、こんな最高な急展開になるなら夜遅く来て正解だったなと、心のなかで両手を挙げた。
「嫌いなものはありますか?」
「昔から嫌いなものがないのが自慢だ!」
「ふふ、すごいですね」
嫌いなものは多少あったが、有頂天なコジロウにとってはそんな些末なことなどどうでもよくて、彼女の後ろを歩きながら、エプロン姿がかわいいななどと思っては鼻歌気分でポケモンセンターの調理室なるものに足を踏み入れた。