帰りのホームルームで、担任が「運動部は放課後、講堂に集まるように」なんて言うものだから、エペルと顔を見合せた。特定の部活を呼び出すわけではなくて、運動部という大きな括り。運動部主体のイベントでもあったかしら、と考えるよりも実際に行って確かめるのが一番なので、エペルとハウルと一緒に講堂に向かうと、パラパラと見知った顔があった。
「ナマエ、こっちだよ」
黒板には部活ごとに固まって座るように、とあったので、リドル先輩が席をとったのであろう。前の方の席で私を呼ぶ声が聞こえたので、そちらに目を向けるともうシルバー先輩やセベクも揃っているようだった。エペルとハウルも席を探すとそちらに向かっていったので、特に何も言わずに私も前から三列目の席に座った。たまにある合同授業で講堂を使うこともあるけれど、それにしたってこんなに前に座るのは初めてかもしれない。なんだか後ろから視線を感じて苦手なんだよね。
セベクの隣に腰かけた私は、いったい何が始まるんだろう、とぼーっと考えた。ラウンジのシフトは今日はないから、そんなに焦るようなことはないのだけれど。
早く着いたのか、まだ運動部へのお話とやらまでは一○分あるので、言ってしまえば暇である。
「ガレット・デ・ロワ」
「若様!!!」
「あ、セベクそれ二回目だよ。うーん、マレウス様」
「なにっ!!? ま、ま……」
「ママ?」
学園長がいつの間にやら講堂に到着しているのは見て見ぬふりをしつつ、セベクと二人でしりとりをして待機中である。ジャンル縛りとか文字数縛りとかした方が面白いかなあ、と思ったけれど、セベクがしりとりをしているってだけで面白いのでそのまま続行だ。私がマレウス様というワードを出したことに悔しがっているセベクは、若様関連になると急に頭が悪くなるらしい。さっきまであんなに語彙が豊富だったのに。
うーん、と唸りながら下を向いて考えるセベクを横目に、斜め前のシルバー先輩に「今日は眠くないんですね」なんて話しかけていると、目元がひんやりとした暗闇に覆われた。少しだけ光は洩れている。それとこの薄く感じる香り。
「フロイド先輩」
「せーかい」
「なにっ!! ナマエは透視魔法でも使えるのか!!!??」
パッと視界が明るくなると同時に上を向くと、私の後ろの席から私を覗き込む金色の瞳があった。馬術部の中で私たちが最後列で良かったですね。にこっと口角を上げるフロイド先輩はいつも通りで、そういえば運動部といえばフロイド先輩もそうなのか。副寮長は……運動部じゃないの? なんだっけ、山登り部だっけ。
私がいつもみたいにフロイド先輩の仕業であることを目元の感触と嗅覚だけで当てたことに対して、驚いたように声を上げるセベクに私たちの前に座る部員たちが耳を塞ぐ。隣にいる私にも大ダメージで、フロイド先輩も「うるせ」と零していた。
「んー……フロイド先輩だからかなあ」
「オレもナマエちゃんにやられたらわかると思うんだよねぇ」
「うわ、惚気じゃん」
「あっ、でもセベクも多分わかるよ」
「何故だ!!!」
どこからか口を挟んできたトラッポラに目を塞がれてもトラッポラだってわからない気がするけれど、セベクはなんとなく手の大きさとか形でわかる気がする。体温も妖精族の血が入っているからか、低い方だし。けれど普段から手袋をしているっていうのが少しわかりにくいかもしれない。だとしたら制服のトラッポラは片方だけ手袋だからなんだかんだわかるのかなあ。
よいしょ、と私の後ろの席に座るフロイド先輩は他のバスケ部の部員なんて近くにいないようだったので、どうせ抜けてきたんだろうな、とそれより後ろを見ると、少し離れた場所にトラッポラとジャミルさんがいた。トラッポラがひらひらと手を振ってきたので、なんとなく無視をしようか迷った末に軽く振るだけに留めた。
「どうしてここに来たんですか?」
「ナマエちゃん見つけたからに決まってんじゃん。金魚ちゃんもいて面白そうだし、バスケ部から馬術部に転部しよっかなぁ」
「それはこっちから願い下げだ!」
関わりたくなかっただろうに、金魚ちゃんワードを出されたせいで関わらざるを得なくなったのだろう。私もフロイド先輩が馬を上手に扱えるかって言われると、まあ扱えないと思ってしまうので、フロイド先輩はバスケ部が似合うと思う。何よりかっこいいし。
私の髪を梳いて後ろで何やらし始めたフロイド先輩に、少し引っ張られる感じからして三つ編みかな? と思うと、「フィッシュボーンだよ」と言った。わ、オクタヴィネル寮生っぽい。
すると学園長が手袋で覆われた手でパンパンと乾いた音を鳴らすと、「皆さん揃いましたか?」と言ったので、フロイド先輩を元の席に戻るように促した。
「え〜、もうちょっと」
「もうちょっとじゃない。行くぞフロイド」
「ウミヘビくんのケチ」
「ナマエ、迷惑かけたな」
「いえいえ」
解かれるかと思ったフィッシュボーンはどうやら固定されて、束になって重くなっている感じがしたので、どうやら私の髪型はかわいくなってしまったらしい。やっぱり器用〜。
ジャミルさんに引っ張られていくフロイド先輩を苦笑いしながら見送ると、前に立つ学園長に視線を移した。あれ、バルガス先生もいる。
「まずは出席を確認いたします。各運動部の代表者は、名前を呼ばれたら返事をしてください」
◈◈◈
学園長の出席確認が終わり、無事に全運動部が揃っていたようで学園長はほっとしているようだった。レオナさんは相変わらず寝ていたようだけれど。シルバー先輩は今日はしっかり起きているのに。というか、ハウルが代表者で返事をしていたけれど、一年生なのに代表者なんだ。まあ真面目だし、納得といえば納得だけれど、代表者が顔見知りばかりだった。
さて、どうして私たち運動部に限定され、この講堂に集められたのかというと――
「突然ですが来週、とある山で合宿を行うことになりました。その名もズバリ――『バルガスキャンプ』!」
「えっ」
「バルガス先生の提案により実施することになった三日間にわたるキャンプ合宿です」
「え、嫌なんだけど……」
つい本音がぽろっと零れてしまったので、慌てて口を塞ぐ。前の方にいたけれど、セベクと違って声量調節ができるのと、周りもその合宿についてざわざわしてくれているおかげで、バルガス先生には聞こえていないみたいだ。何が嫌かって、バルガス先生が監修だということ。絶対筋肉祭りだよ、どうしよう。クルーウェルキャンプとかトレインキャンプの方が絶対面白いって。光景的にも字面的にも。
学園長が話をバルガス先生に振ったところで、相変わらず見ているだけで暑苦しいバルガス先生のご登場だ。ただのキャンプなら最高に楽しいし、いっぱい写真も撮っちゃうけれど、バルガス先生のことだし。
「キャンプでは三日間、大自然の中で生活をしながら、特別に用意した課題に挑戦してもらう」
「脳筋系だったら嫌だなぁ」
「ボクも同感だ。運動はあまり得意としていないんだ」
「十中八九そっち系でしょうけどね……」
シルバー先輩なんかは苦じゃないのだろうけれど、私はもともと他の人たちに比べると体力も筋肉量も少ないし、見たところリドル先輩もそうだろう。しかしエペルもリドル先輩も線が細いとはいえ男の人だ。全運動部、全生徒の中で私が一番非力には違いない。けれど、馬術部に入ってからお尻や太腿の筋肉はまあまあついた気がする。
全員強制参加だなんて、足を引っ張らないか不安だ。頬杖をついたまま、はあ、と深い溜息をついていると、いきなり壇下にいた学園長が出しゃばってきたかと思いきや、こう言った。
「課題をクリアした部活には、欲しい物を一つだけ。なんでも購入しましょう」
その言葉でまた講堂内がざわざわする。私も思わず口をあんぐり開けた。なんでも!? 部活に一つなら、最高級のマジカルホイールとか頼んでみたり! 私は乗ったことないし乗れる気もしないけれど。
ラギーさんが「『なんでも』って言いました!?」と学園長に飛ばしたところで、学園長は焦りながら「部活で使用する備品に留める程度にしてください!」と念を押した。そういうところだぞ学園長。それでも備品だったら、少し劣化した手綱とかやっぱり馬具になりそう。うちの部活の面々は他の部に比べると無欲だし、それなりに高そうなものを考えておこう。こういうことに目がないアズール寮長と相談するのもありだ。どうやらスカラビア寮生は、「そんなのいつでもカリム寮長に買ってもらえるんだけどな……」なんて。カリムさん、怖すぎる。
何にしようかな〜、と考えていると、またバルガス先生の次の言葉によって講堂に集められた数百人が硬直することになった。
「課題をクリアできなかった部活は……廃部とする」
「……えっ」
それ、そんなにさらっと言う言葉ではない気がします。セベクくらい声を張っても良かったのではないだろうか。たった三日間の合宿で廃部がかかっているなんて、やっぱりバルガスは鬼だ。キャンプならもう少しゆるくやらせてくれてもいいじゃないですか! バルガス先生は“真面目に取り組めば”クリアできる、とやたら強調した。楽しくバーベキューだとかそういうわけにはいかなそうだ。
「廃部か……元より手を抜くつもりはないが、それにしても随分と厳しい処遇だ」
「流石シルバー先輩」
「なんのことだ」
私は楽しいキャンプがしたいのに、こんなに真面目な先輩がいるとなるとまあ、自分のことが恥ずかしくなる一方。けれど、馬術部は他の部に比べると比較的真面目な部員が多いし、リドル先輩もいるからあまり心配なさそう。すると、何やら下を見てわなわな震えていたセベクがぎゅっと自分の手を握ると、シルバー先輩の方を見た。
「いや、シルバー。それよりももっと深刻な問題がある」
「まさか」
「――もしもキャンプに参加したら、三日間もマレウス様のお側を離れなければならない!」
「知ってたよ」
セベクか言う緊急事態とか問題とかは、大体がマレウス・ドラコニア関連だ。私とリドル先輩は同時に溜息をついて、セベクが不参加を訴えるものの、「ダメに決まっているだろう」と即答していた。そもそも不参加を訴えるなら学園長に言えばいいのに。絶対に無理だと思うけれど。セベクが眉を下げてしょんぼりしている。珍しいしかわいい。しっかりリドル先輩に許可を取るところはやっぱり素直だな〜、と思う。
「このメンバーならあまり廃部の危険はなさそうですね」
「油断はいけないよ、ナマエ。でもそうだね……マジフト部やバスケ部は苦労しそうだ」
「ああ……でもラギーさんとジャミルさんが均衡を保つかも」
「確かにあの二人は手際がいい」
ラギーさんもジャミルさんも、それぞれ寮長の世話をしている身だし、フロイド先輩もうきうきしていて乗り気っぽいし、なんだかんだでどうにかなるのかもしれない。キャンプ場にシャワーはあるのかなあ、とか、何を持っていくかとかで馬術部員と盛り上がっていると、すうっと息を吸い込むような音が聞こえた。その音の方に目を向けると、
「うるさいぞ!!!!!!!」
「いや本人」
セベク以上の大声を出す人、この学園で初めて見たかもしれない。おかげでどの部活からも「バルガスが一番うるせぇよ」といった具合の視線が送られている。バルガス先生はそんな視線なんてまったく気にしていないようだけれど。鼓膜が破れてしまったのではないかと、隣にいるセベクに「血出てない?」と聞いたら、「問題ない!!」だそう。セベクのおかげで鍛えられているのかもしれない。もうリドル先輩、こんなに前の席に座るべきでなかったのでは?
残念ながらバルガスパワーではこのざわめきが収まることはなくて、溜息をついている様子だった。いや、バルガス先生の止め方が大概悪い。とりあえずお怒りらしいので、渋々黙ることにはしたけれど。
「よしお前たち。今から合宿の日程や概要をまとめた『キャンプのしおり』を配る。よ〜く目を通しておけ!」
◈◈◈
しおりが一部ずつ配られると、各自解散! というかたちになったので、馬術部の面々に会釈をしながら、何故か彼氏面でスクールバッグを肩に背負って私を待っているフロイド先輩と寮に帰ることにした。フロイド先輩、思っている以上にわくわくしているらしく、鏡舎までの道中は「キャンプファイアーってどんなやつ?」「マシュマロ焼いたりするらしいじゃん」「ねえねえ服はどうする?」という具合だった。あれ、服って指定はなかったっけ。
配られたしおりの持ち物に記載された服装には、「動きやすい服装」と書かれている。あっ、体操着指定じゃないんだ。
「オレ、最近好きなブランドあるんだよねぇ。ナマエちゃんも一緒に見に行く?」
「えっ、いいんですか?」
「いいよ、ナマエちゃんに似合うのもいっぱいあると思うし」
最近モストロ・ラウンジで稼いだお金の使いどころがあまりなくて貯まっていたし、おしゃれ好きなフロイド先輩のことだからきっとそこそこの値は張るのだろうけれど、どうせなら思いきり奮発しよう。キャンプの後も使えそうな服を選ばないと。
そうしてラウンジに貼られたシフト表を二人で見て、休みが被るところを確認していると、後ろからまた長い影が伸びた。珍しい、ジェイド副寮長だ。
「おや二人とも。仲良くシフト表を覗き込んで、お出かけですか?」
「はい、服を買いに……」
「オレら運動部ね、来週三日間合宿でキャンプに行くんだよねぇ」
あ、だとしたらモストロラウンジって相当人手が減るんだ。けれど他の寮でもそれは同じだから、客足も少なくなりそうだし、問題はなさそうだ。
私の頭を帽子ごと自分の方に寄せたフロイド先輩によって身動きを取れないでいるけれど、目線だけを上に上げると、すごく動揺しているようにも見える副寮長がいた。そういえば、
「なんですかそれは!」
「なにって、今言った通りだけど?」
「そんなの僕は聞いていません!」
「だってジェイド、前に自分で『山を愛する会は文化部です』って言ってたじゃん」
そうそう、山を愛する会だ。というか副寮長、自分から文化部って言ったのか〜、じゃあ駄目だ。活動内容は山に登ってキノコを採ったり山菜を採ったり、と聞いていたから、ワンダーフォーゲル的なのかと思っていたんだけど。
「いえ、山を愛する会は運動部です。今から学園長に申し立ててきます」
「いやもう無理だし。じゃあ『運動部は来てください』って言われたときに、講堂来れば良かったじゃん」
「キャンプだと知っていたら一番に最前列で着席していましたよ」
しくしく、とわざとらしく泣く副寮長を宥めることはしない。私もフロイド先輩もだ。けれどなかなかに厄介な副寮長が面倒になったのか、放っておけないのか、フロイド先輩は「じゃあジェイドの代わりにウツボのマスコット持ってくし、お土産話もいっぱい聞かせてやるって」と言って副寮長の背中をポンポンと叩いていた。もちろん副寮長の目には一滴の涙も溜まっていないのだけれど。クルーウェル先生はフロイド先輩のことをリーチ弟って呼ぶけれど、こういうところを見るとやっぱりリーチ兄なのではないかなあ、なんて。
「……仕方ありません。僕の分まで楽しんできてください。僕は文化部のバルガスキャンプを待つだけです」
はあ、と息をつく副寮長は、今まで見てきた中で一番悲しそうだ。相当ショックらしい。
というか、文化部がバルガスキャンプをする羽目になるなんて、インドアの極みであるイデアさんが死んでしまうじゃないか。文化部バルガスキャンプはほとんどないだろう、と思いながら、「今後に期待ですね」と声をかけた。