毒を知らないジェリーフィッシュ

 バルガス先生を先頭に、何百人もがキャンプ場に向かうのは、上から見たら集合体恐怖症の人が耐えられない光景だろうなあ、と思った。少し歩けばひらけた土地に出て、まさしくキャンプ場と呼ぶのにうってつけ。こちらもしっかりと整備されていて、普段から一般市民のキャンプなんかに使われているのかもしれない。ぽかぽか日差しが暖かく、川のせせらぎも聞こえるし、充実していそうだ。この時期にキャンプを提案してくれたことだけは大いにバルガス先生のことを褒めたい。

「一、二人用のテントをたくさん用意してあるから、部活ごとに必要な数を持っていって設営しろ。制限時間は六○分とする。長いと感じやつは注意するんだな」

 この人数分のテントを用意してあるのは素直にすごいというか。テントの入った収納袋がバルガス先生のいる私たちの中心にこんもりと山になって積まれており、一人用と二人用で分けられているようだった。というか、バルガス先生に言われるたった今まで気がつかなかったけれど、スマホがないということは今の時間もわからない。腕時計くらい着けてくれば良かった、と肩を落とすけれど、それはそれで没収されていたのかもしれない。

「日当たりや風通しを考え、木陰に立てるか……。寝心地を考え、平地を探すか……。部活ごとによく話し合うといい。工具箱も用意してあるから、必要なら持っていけ」

 部活ごとに固まって、ということは、なかなかに広い場所が必要だなあ。馬術部はめちゃくちゃ部員が多いわけではないけれど。かつ、二人で二人用のテントを立てるのは結構時短になるし、二人用をがっぽり持っていくのが良いかもしれない。
 バルガス先生の開始の合図を受けて、各部活がぞろぞろと動き出す。私たちもどこに立てるか考えないと。そう思って辺りを見回していると、セベクが口を開いた。

「『身を守るため』と言っていたが、この森はそんなに危険なのだろうか」
「あっ、確かに。見た感じは平和だよね」
「さあね。けれども平和だからといって、注意するに越したことはない。“見た感じ”での油断は禁物だよ、ナマエ」
「そうですね、リドル先輩の言う通り」

 確かに確かに。そもそも危険なのは山の動物だけでない。リドル先輩は部員に何かあっても対処できるように、とやはり固まってテントを立てることを提案した。問題はどこに立てるか……私はゆっくり寝たいから平地がいいなあ。

「そういえばキャンプ場に来る途中、川が流れていた」
「なら、水の確保もしやすい川の付近にテントを立てるのが良さそうだ」
「炊事場とかなさそうだし、賛成」

 相当上級者向けのキャンプ場だなあ、と思ったけれど、普段の私たちなら調理に必要な水も火も、魔法で難なく出すことができる。魔法のない世界が存在するなら、苦労するだろうに。それを私たちは身をもって体験している。
 リドル先輩も異論はないようで、他の馬術部の面々を引き連れて、必要な分の二人分、一人分のテントを手に持つと、川の流れる方へと向かった。

 ◈◈◈

 水の音が次第に大きくなってきて、川がすぐ近くにあることがわかった。もう少し進めば、澄んだ川が穏やかに流れており、どこか心も癒されるようだった。自然もやっぱりいいなあ。
 持ってきたテントを一度地面に置くと、多いのは二人用で、一人用は数個。まあ、時間制限やらを考えると妥当に思える。

「さあ、とりあえずテントを立てよう。誰がどのテントで寝る、というのは一旦後回しだ」

 リドル先輩の指示を聞いて、部員たちは着々とテント設営を始める。リドル先輩が仕切っているというのもあるし、やっぱり馬術部は手際がいい。一人でテントを立てられる気はしないので、二人分のテントの袋の口を広げていたシルバー先輩のもとへとそそくさと歩み寄った。

「そんなに立てたことがないので……迷惑かけるかもしれないんですけど」
「気にするな。俺も初めてだから、協力して設営しよう」

 シルバー先輩優しい〜。リドル先輩はセベクと組んでいて、絶対にリドル先輩の人選ミスだ。誘っていたのはセベクだけれど。体格差を考えても、リドル先輩と私、なんかでも良かったのではなかろうか。それだと私が非力すぎる? 何にせよ、目の前の美麗なシルバー先輩だって鍛え上げられた素晴らしい身体をお持ちなので、なるべく足を引っ張らないようにしないと。

「シルバー先輩がゆっくり眠れるような寝床がいいですね」
「ああ。幸いこの辺りは平地になっている」
「私も夜は気持ちよく寝たいので、平地で良かったあ」

 しかも丁度いい長さの草や土のおかげでクッション代わりにもなってくれそうだし、ボコボコの岩ばかりみたいな場所じゃなくて良かった。私の言葉にシルバー先輩もお綺麗な顔を崩すことなく頷くと、袋からポールを取り出した。なるほど、まずはこれを繋げていくんだ。指を挟まないように気をつけて、何本ものポールを繋げていく。

「最近学校ではどうですか?」
「どう? いつも通りだが……」
「あー……眠気、とか?」
「……魔法史でよく居眠りしてしまう」
「あっ、わかる。トレイン先生の授業って眠いんですよね」

 きっとシルバー先輩の言っているのはそういう意味合いではないのだけれど、トレイン先生の単調な声により眠気を誘われる人は一般的にも多い。午後や一限のときなんか、クラスの半数近くが寝てしまっていることも少なくはないのだ。シルバー先輩は「体力育成では眠くならないのだがな」と言っていたけれど、体力育成でも寝てしまったならばそれはもう大事件だ。今でも大事件並なのに。

「カフェイン摂ったら良いって聞きません?」
「確かに有名だが、それで目が覚めた試しがない」
「んー……私もそうかも」
「ただ、美味しいきのこのリゾットを食べると急激に目が覚めることがある」
「ふっ」

 なんだろう、シルバー先輩のこのお堅い口調なのにどこかぽやぽや、天然が入っているような感じについ堪えきれず口の端から笑いが洩れた。きのこのリゾット、かわいいな。しかも当の本人は、何もおかしいことは言っていないというように、組み立てたポールを通していく。その通り、特におかしいことは言っていないのだけれど。
 そうして、とてもテンポが良いとはいえない会話を重ねているうちに、テント設営が完了しようとしていた。残り時間を頻繁に告げてくれるゴーストと、率先してペグを打ち込んだりしてくれたシルバー先輩には大変助かった。

「……よし、こんなものだろうか」
「ええ、様になってますね」

 それなりの形になったテントを、ふう、とひと息つきながら見た。もちろんベテランキャンパーが立てるみたいに、付属のパンフレットに載っている写真のように綺麗ではないけれど、初心者にしては大したものだろう。何やら少し離れたところで騒がしくなっている方を横目に見た。

「お、おい! 強く引っ張りすぎだ!」
「リドル先輩が反対側からもう少し強く引けばいいんじゃないか?」
「ボクはこれでもかというくらい引いているよ!」
「相変わらずだわ……」

 セベクの馬鹿力が炸裂しているようで、テントを縦終わり最終調整に入った部員たちに見守られるなか、リドル先輩が張り網を持ったまま振り回されているようだった。セベクって確か、力加減できるはずなんだけどなあ。しっかりした身体だけれど、シルバー先輩が力加減をできるタイプで良かった。セベク本人は自分の馬鹿力のせいでリドル先輩が苦労しているなんて知らないようで、さも当然かのように「もう少し強く引けば」なんて言い放った。流石にこれは、リドル先輩が可哀想。

「リドル先輩、お手伝いします」
「あ、ああ。すまないね、ナマエ」
「…………セベクの馬鹿力には困ったものですね」

 セベクの力はきっと、私五人分くらいはある。微力ながらも私も引かせてもらおうとリドル先輩の握る張り網を掴む。反対側のセベクに聞こえないよう、そっと耳打ちをすれば、リドル先輩は呆れたように、「本当だよ」と笑った。

 ゴーストにより残り五分が告げられる。「長いと感じたら注意しろ」なんて、あたかも自分たちの体内時計しか参考にするものがないかのように言ったバルガス先生だけれど、ゴーストがこうしてこまめに残り時間を教えてくれるので、バルガス先生にしては気が利くように思えた。
 そんな中、無事にテントを張り終えた私たち馬術部は、自分が三日間寝泊まりするテントを選んでいた。

「ナマエ、どれにする?」
「特に決まってなくて……あ、あれかわいい」

 各々好きに選ぶのかな、と思いきや、どの部員よりも先に私が選ばせてもらえるみたいだった。レディファーストというやつだろうか。周囲を見回し、最も目を引いたのはベージュで他のものと少し形の違う、かわいらしいものだったのだけれど――

「……二人用だね」
「……二人用ですね」

 もちろんすぐになかったことになった。セベクに冗談で「セベクと一緒でもいいよ〜」なんて言ってみたのだけれど、リドル先輩やセベクを含む何人もの部員に注意を受けた。クルーウェル先生の言う通り、馬術部は安泰のようだ。別の一人用のテントにしようと、また辺りを見渡すと、ヴァイオレットの体操着を身にまとった部員に「ナマエ嬢の選んだものに似ているテントをさっき立てたよ」と教えてくれたので、ぜひそちらを選ばせてもらった。魔法が使えたら、電飾なんかで入口を華やかにしたのに。

「そこまで!!」

 私がテントを決定してからはあっという間に全部員の過ごすテントが決定し、セベクはとやかく言いながらもシルバー先輩と同じ、大きめのテントを選んでいた。うーん、やっぱり一人は少し寂しいけれど、致し方ない。
 バルガス先生の合図を受けてから、先生が各部活のテントを見て回っている中で近くの部員と雑談をしていると、頭上に何か重いものが乗っかってきて、すぐにそれが何かはわかった。部員の顔が少し青ざめているような、そんな感じすらした。

「これがナマエちゃんのテント?」
「また抜けてきたんですか? そう、これです」
「へ〜。ちっちゃいね」

 バルガス先生が陸上部の方を見に行っているからいいものの、バスケ部の方から焦ったようにジャミルさんがこちらに向かって来ているのが見える。すごく息も切らしているし、フロイド先輩によって何かお手を煩わせてしまったに違いない。私の選んだテントを、屈んだ状態でまじまじと覗き込むフロイド先輩はくる、とこちらを振り向いた。それと同時にジャミル先輩が馬術部のテリトリーに辿り着いたらしい。

「ウミヘビくん、やっぱオレナマエちゃんと一緒のテントにする」
「駄目だ」
「ダメに決まっているだろう」
「それは駄目だな」

 二年生からの総攻撃だ。なんとなくフロイド先輩もそう言うんじゃないかって思っていたけれど、そのなんとなくが当たってしまった。そもそも一人用のテントだし、フロイド先輩の身長もあればフロイド先輩単体だって狭いだろうに。フロイド先輩は「ちぇー」と不満げな声を洩らすと、一緒にテントの中を覗き込んでいた私の方をにこにこ、無邪気な笑顔で、甘えるみたいな声を放った。

「ナマエちゃん、ダメ?」
「駄目です」

 フロイド先輩は、ジャミルさんによって回収されていった。

 ◈◈◈

 バルガス先生が不格好ながらも、と全部活の立てたテントに合格を与えたところで、セベクが不満げな声を洩らしていた。確かにジャミルさん率いるバスケ部なんかは歪なものがあったけれど、それは大方フロイド先輩のせいだろう。フロイド先輩一人のせいで、トラッポラとジャミルさんも大変な目に遭っているそうだった。
 テントを立て終えてすぐ、バルガス先生が皆の中心で赤くて丸い、『バルガスバッジ』というものを掲げた。うーん、描かれているロゴはそこそこかわいく見えるのに、ネーミングセンスが絶望的である。そのバルガスバッジは、課題をクリアすることで得られるものらしい。三日間で七つ、部活で協力して入手するということだ。もちろん七つ集められなかったら、前もって言われていた通りの廃部になるというわけだ。

「――では今から、一日目にクリアする三つの課題について説明する」
「えっ、七つあるのにそのうちの三つが今日?」
「確かに……二日目と三日目に二つずつ、という具合なのだろうか」

 だとすれば今日が一番ハードなのか、それとも難易度に合わせて分散させているのだろうか。今日の三つの課題は、住・食・学。衣・食・住じゃないのかあ、も思ったけれど、確かに服は身につけているし。学外、しかも運動部の合宿での『学』はあまり気が進まないなあ。でも魔法石の採掘の採掘は楽しそう。住・食・学、どれもやっぱり運動部の合宿というだけあって、パワー勝負といった感じだ。

「制限時間は日没まで。それまでに三つの課題をクリアしてバッジを手に入れるんだ。それでは……始め!!」

 日没までってあまり時間がないなあ。しおりの最後のページに載っているマップに目を通すと、一番近くてすぐできるのは薪集めだろう。しかし私には優先順位がつけるのが難しそうなので、リドル先輩たちの指示を仰ぐことにした。

「どれを優先すべきかと聞かれたら……個人的には坑道の課題を推すよ」
「俺もリドルと同意見だ」
「どうして?」

 へえ、リドル先輩とシルバー先輩は同意見なのか。私は本当にどれでもいいなあ、と思ったけれど、今はあまりお腹が空いているわけではないし、部員たちの様子を見た感じでも魚釣りは後回しで良さそうだ。ああ、だとすれば魚を調理するための焚き火……薪集めなんかもそのとき分担すれば良いだろう。

「鉱山は閉山してしばらく経つというなら、魔法石の欠片もそうそう手に入らないだろう。時間がかかりそうな課題を先に片付けるべきだ」
「なるほど、そうですね」
「異論はない!」

 優等生の考え方だ。私は割と後回しにしてしまうのに。求められている魔法石の大きさはそれほど大きくはない。特に、魔法石の採掘で養う力が『学』なのだとすれば、うちの部活は優等生揃いだからとても心強い。セベクが大きな声で賛成の意を示し、「シルバーの意見を聞いて決めたわけじゃない」などと後付けをする。相変わらずのライバル意識だことで。

「そうか。気が合うな」
「そんなことはない!!」

 シルバー先輩の純粋に放ったであろうセリフ、きっとセベクやカリムさん以外なら嫌味として受け取ってしまうだろうに。この二人の会話の応酬が面白くて、セベクには悪いけど笑ってしまいそうだ。ぷるぷると肩を震わせていると、リドル先輩に軽く肩を叩かれた。そんなリドル先輩や他の部員たちは、まあ呆れきった顔をしていることで。

「坑道はキャンプ場の入口の方だから、少し遠いね。時間はない。先を急ごう」
「はい!」

 きっと今はお昼前。リドル先輩の言う通り、日没は課題をこなしていればきっとあっという間に迎えてしまうだろう。分担しながら作業するべきだろうけれど、魔法石の採掘は難しいので、まずは全部員、リドル先輩が率先しながら坑道まで向かった。
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