浮標識の一つでも

 坑道までの険しい道を進むと、それだけで意外とヘトヘトになってしまい、入口付近にもたれかかって足を休めていた。キャンプ場に向かうのに通ったときはそんなことなかったんだけどなあ。鉱山内部を覗き込んでみると、カラフルな宝石がきらきら、魔法石ではないのだけれど、金目になるといえばそうだ。綺麗に散らばった宝石に目を奪われて、思わず歌いだしたくなってしまうほど。
 リドル先輩を先頭に鉱山に入ると、地面にはトロッコを走らせるための線路のようなものがあった。魔法石や宝石を採掘したものを乗せて運んでいたのだろうか。すると、一番前に立っていたリドル先輩がこちらを振り向いた。

「では、まずは魔法石の知識について確認しよう。半端な知識では採掘の課題なんて日が沈んでも終わらないだろうからね」

 手を広げてそう言ったリドル先輩を中心に、狭い鉱山の入口で小さな輪になって、魔法石の採掘方法など、授業の初歩段階で習った基礎的な知識を確認するところから始めるという。確かに、むやみに採掘を試みて体力を削るより合理的。すごくリドル先輩らしい考えだ。サバナクロー寮生なんかがいたら、まあ偏見だけれど、とにかく探そうぜ! のようなスタイルになっていただろう。しかしうちの部活にはサバナクロー寮生がいないのだ。

「よお、来てやったんだゾ」
「記録係か。坑道の様子を見に来たんだな?」

 聞き覚えのあるどこか動物っぽい、動物を擬人化したような声が聞こえてそちらを向くと、監督生とグリムがいた。こうやって色々なところを回っているのだから、大した労働はしなくとも大変だなあ。シルバー先輩がグリムたちと何やら話していると、リドル先輩がそちらのことは気にも留めないようで、部員たちに質問を投げる。

「さて。魔法石の見つけ方と採掘方法について、詳しく答えられる部員はいるかい?」
「授業で習ったことだ。もちろん覚えています!」

 誰よりも先に挙手をして、当然というように部員たちの前で授業で習った知識を披露するセベク。採掘方法だけでなく、魔法石についての基礎知識から順を追って説明してくれたので、教科書のようにわかりやすい。「以上!!!」と大きな声が鉱山内に響き渡ると、馬術部員たちは賞賛の拍手を贈った。すごい、私は採掘方法のあたりの知識が曖昧だったなあ。復習しておかないと。

「素晴らしいよ、セベク。きちんと授業を聞いていた証拠だ」
「ふっ。二年生首席のリドル先輩に褒められればまあ悪い気はしない。その言葉、ありがたく受け取ります」
「セベクすごい、やっぱり優秀だね」
「ナマエも常に上位にいて優秀な部類に入るだろう。それに、このくらいは人間でもわかって当然のはずだ」

 あっ、嫌味だ。本人にその気はさらさらないのだろうけれど。人間でもわかるけれど、スペードあたりに喧嘩を売ることにならない? シルバー先輩も感嘆の声を洩らすと、やはりライバル意識炸裂。素直に受け取ればいいのに、と思ったりもするけれど、まあ仕方ない。グリムや監督生はそもそも習ったことを覚えているか微妙な反応だったけれど。

「さあ、知識のおさらいはできたね。さっそく魔法石を探そう」
「はい!」

 一人一本、軍手を身につけてから用意されていたツルハシを握り、まずは魔力を辿る。監督生のような魔力を少しも持たない人間にはきっとこの鉱山から洩れる微量の魔力を感知することは不可能だろうけれど、私たちにも難しい。何せ閉山してしまっているので、全神経を集中させるくらいでないと魔力を感じることはできないのだ。ほんの少し、ほんの少しだけ肌を掠めるような感覚がすれば、その近くを掘り当てる――のだけれど。

「……っはあ、どこだろ……」
「……なかなか魔力を感じにくいな」
「静かにしろナマエ、シルバー!!!」
「一番うるさいよ」

 目を閉じて、全集中を注いで、魔法石の気配は確かにあるのに、そこがどこか明確にわからなくて、息苦しくなってきたのを合図に口を開いた。どうやらどの部員も同じ調子らしく、もう一時間は経ってしまっただろうか。思った以上に疲労が溜まりつつあるのだ。私がひと言放ってしまったせいでセベクの集中力も切れてしまったのだろう、大声で怒鳴られた。ごめんね。
 本当はしりとりや雑談なんかをしながら作業を進めたいところだけれど、薪集めや魚釣りならまだしも特に苦労する、集中力を使う採掘ではそんな余裕は皆無だし、迷惑だろう。うう、と口を動かしたい衝動に駆られつつも魔力の在処を探り続ける。

「セベク、もうちょいこっちの方かも」
「なっ! そんなはずは……ん? 確かにそうだな」
「ね」
「人間のくせにやるじゃないか!」
「人間のくせに優秀でしょ」

 セベクが頑張って掘り当てようとツルハシを振っているところからは確かに魔力の波動を感じることができたけれど、それより私寄りの方がわずかながら強い魔力の気配が肌を撫でた。そこに手を当てると、確かに魔法石が近くにあるような感覚がした。セベクも納得したようで、ツルハシを振る作業を任せる。私もそのあたりを手伝おうと十回ほどツルハシを振り下ろしたところで、腕が疲れてきてしまった。うーん、貧弱?

「どうセベク、出そう?」
「なんと言ったんだ!!!??」
「見つかりそうー!?」
「ああ!! さっきより確実に魔力の色が強い!!!」
「良かったー!」

 カン! カン! と鉱山内で散らばった私とセベクを含む部員たちが各々発掘のためにツルハシを振り下ろしているので、金属音が強く響き、声を拾うのが困難になっている。声を張って問いかければ、いつも通りで十分に通用する大声を返してくれた。普段からたった今精一杯声を張った私以上の声量だなんて、肺活量が化け物なのかもしれない。大体はセベクに任せつつも、比較的柔らかな場所を砕いていく。すると途端に微量しか感じ取れなかった魔力が強く色を持ったので、セベクと顔を見合わせて頷くととハンマーとノミに持ち替えた。
 慎重に、確かに魔力の気配がする場所を見極めて、セベクがノミで削り出すのを、覗き込む。腕の休憩も兼ねて、だ。先程よりも控えめなカン、カンッという音が小さな空間だけに響き渡るのを確認すると、やがて紫色をしたほんの小さな欠片が顔を出した。

「あっ、セべ」
「静かにしろ、気が散るだろう」
「ごめん」

 くっ、と眉を思いきり寄せたセベクに悪いことをしたと口を噤む。セベク、熱中しているときなんかは意外と静かだもんな。無事にそれが採掘できることを願い、セベクの腕を頼りにして見守ると、壁に埋まっていた紫色の魔法石がぽろ、と落ちてきたので私が両手で受けた。かなり小さいけれど、この質量に魔力。間違いなく――

「見つけたぞ!!!」
「ぴゃっ!?」
「えっ、『ぴゃっ』?」

 リドル先輩とグリムはセベクの唐突な大きな声に驚いているみたいだけれど、そんなことに慣れてしまった私は、リドル先輩の発した驚いた声に衝撃を受けてしまった。ぴゃっ、だなんて、そんな少女漫画の鈍感主人公みたいな。いや、グリムの声の方が大きかったけれど確かにリドル先輩も言った。幻聴でなければ確かに。かわいい。
 私の受けた魔法石をセベクの手に渡すと、セベクがそれを部員たちに見せるようにした。一年生ながら私もセベクもお手柄だ。

「ちっちぇー! こんなん運で見つけられただけじゃねーか!」
「いいんだ。課題の大きさには足りているからな!」
「大きいのもそうそうないだろうしね」
「ああ。ともあれ、これで課題はクリアだ」
「……いや、喜ぶのは気が早い」

 よくやった、と他の馬術部員に持ち上げられつつも、魔法石をリドル先輩に渡して鉱山から出ようとしたところで、シルバー先輩だけがその場に立ち尽くして鉱山の奥、ただでさえ薄暗いのに真っ暗なそちらを見て綺麗な顔を顰めていた。えっ、なんだろう。

「はっ、負け惜しみを……ん? …………何か近づいてくるな」
「構えろ」
「無論ッ!」

 暗闇から確かに不似合いな光をまとった何かがこちらに近づいてくる。それも、それなりに速いスピードだ。赤っぽいオレンジっぽい光が私たちを襲ってくるみたいにこちらに向かってきていて、魔法が使えないながらも臨戦態勢をとる。
 現れたのは炎をまとった小さな妖精で、何かを私たちに訴えようとしているのだけれど、生憎言語がわからないのだ。先程まで現れなかったのにどうして急に――

「……いやまさか、魔法石を狙っているのか?」
「セベクの言う通りかもしれないね。言葉はわからないが、敵意を感じるよ」

 顔は笑顔だけれど、確かに私たちを攻撃しようとしている。特に魔法石が手に渡った私とセベク、リドル先輩が攻撃されているような気がして、身を屈めた。せっかくのウェアに燃え移ったらどうしてくれるのだろう。

「シルバー、こいつらを追い払うぞ!」
「……やむを得まい。他の者たちが怪我する前に、去ってもらおう」
「うん、魔法が使えないならキミたちに任せた方が懸命だろう。ナマエ、入口付近まで行くよ」
「はい。よろしくお願いします、二人とも」
「任せておけ」

 シルバー先輩とセベク、それから他に動ける部員たちに任せて急いで入口まで避難する。魔法なしで動けないのがハンデになるなんて、と思ったけれど、こればかりは仕方ないなあ、と小さく溜息をついた。リドル先輩も一緒に避難したものはいいものの、もちろん石を持っているのはリドル先輩なので、妖精たちは入口付近まで飛んできてしまい、結局リドル先輩も参戦することになっていた。

 それから五分ほど、中で苦戦するような声が聞こえたけれど、無事に騒ぎが落ち着いたようなので、もといた場所に戻ると、何食わぬ顔をした部員たちがいた。どうやらシルバー先輩とセベクが筆頭に何とかしてくれたらしい。

「ありがとうございます。あの、魔法石は」
「この通り、石もボクたちも無傷だよ」
「良かったあ、ありがとうございます」

 きらきらと光る魔法石はリドル先輩の手の中。セベクも余裕といった表情でふん、と鼻を鳴らしながらマレウス・ドラコニアについて熱く語っていた。今日一番の大声だ。若様愛が強すぎる。部員たちはセベクのお決まりの様子に呆れた顔しか見せない。
 ゴーストに無事、一つ目の課題の合格が認められ、無事にバルガスバッジを入手すると、監督生が記念に、と写真撮影を提案してくれた。気が利く〜。部活での写真なんて部活紹介でしか撮らないし、こうした課外活動ならより収めた方がいいだろう。

「セベク、ピースだよ」
「誰がピースなんてするか」
「いやいや皆してる……あれ」
「ふっ」

 ピースなんて。その言い草はハーツラビュル寮の全ケイトさんに喧嘩を売っているのでは?
 リドル先輩が堪えきれず笑ったらしく、それと同時にシャッター音が鳴った。いや、はいチーズくらいは言ってほしい。記念に、と言った割には記念撮影とは少し違うみたいで、ピースをしているのは私だけだった。というか、シルバー先輩は当然ながら、セベクもリドル先輩も意図的にキメていないのに、さらには静止画なのにキマりすぎている。リドル先輩に至っては少し笑っていたのに、それすらもキメキメの要因の一つだ。え〜! 私だけなんだか間抜けみたい。

「監督生、もう一ま――」

 ぎゅるるるる。

「ん?」
「今のは……」
「……僕のお腹の音だ」

 監督生に私もキメキメのやつがいいなあ、ともう一枚だけ頼もうと思ったけれど、それを制止したのはセベクの腹の虫だった。少しだけ耳を赤くしたセベクは頭を掻きながら、気まずそうな間を空けてそう言った。ここに来る頃にはおそらくお昼が近かったし、魔法石の採掘という時間がかかる課題に、さらに妖精の出現。これはすぐに終わったようだけれど、もう昼食をとるには十分すぎる時間になっているに違いない。

「リドル先輩、セベクのお腹も空いているようですし、そろそろ――」

 ぎゅるるるる。

「……私もお腹が空いたので釣りに行きましょう」

 私も顔に徐々に熱を集めながらそう言うと、リドル先輩はクスッと笑って私の提案を了承してくれた。

 ◈◈◈

「ミネストローネ」
「ネーブルオレンジ」
「じ……ジェノベーゼはあり?」
「ああ。ぜ、ぜ……ゼリービーンズ!」

 湖に釣り糸を垂らしながら、魚が引っかかるまでしりとりをしていた。余程お腹が空いているのか、無意識に食べ物縛りなんてしていないのに食べ物の名前がポンポン出てくる。余計に食欲をそそるだけだというのに。案外しりとりに乗ってくれるので、セベクは本当に優しいと思う。
 魚釣りと薪集めは大した労力を使わないだろうということで、二手に分かれることになった。リドル先輩は特に大変そうな方に指示をする、ということで、魚釣りチームに属している。それにしても本当にどれも力仕事だなあ。というより、ここに来て十五分はこうしているのに……

「かからないなあ……」
「ん? ナマエちゃん、魚とれねぇの?」
「わあ!!!」

 唐突すぎる。後ろから声をかけてきたフロイド先輩にびっくりして背筋が震えて、湖に落ちてしまうかと思った。釣り糸を垂らしたままに振り向くと、にこ、と口角を上げたフロイド先輩がこちらを見ていた。「ナマエ、前!」と言われたので慌てて釣りに集中するけれど、フロイド先輩は私への執着を途切れさせないようで、もしかすると新手の妨害か何かなのだろうか。

「あの、」
「そんなにとれねぇならさ、バスケ部の分ちょっと分けたげる」
「えっ」
「ナマエちゃん飢え死にしそうな顔してるし……オレめちゃくちゃとったんだよねぇ、魚」

 そうして容器に入れられた魚を私とセベク、リドル先輩の前にドン、と置かれると、その中にはざっと五十匹ほどの魚が入っていた。えっ、すごい! これだけ量があればバスケ部全員三匹ずつは食べられそうなほどだ。これにはセベクもリドル先輩も口をぽかんと開けている。

「人魚になったらあっという間だったんだよね。今からカニちゃんと山菜集めするとこ」
「チート人魚だ」
「山菜だなんて、随分手の込んだものを作るのだね」
「うん。ウミヘビくんが作ってくれるんだぁ」

 フロイド先輩の料理ももちろん美味しいけれど、ジャミルさんはスカラビア寮全員のご飯を毎日賄っていて、食べたことはないけれど美味しいのだろう。私も少しだけご馳走になろうかな。フロイド先輩は「だからもらっていいよ?」と念押しをしてくるので、リドル先輩にもらいましょう、と訴えの気持ちを込めた目を向ける。

「リドル先輩、」
「ダメだ。空腹なのはわかるけれど、部活ごとにあてられているのに他の部活の力を借りるなんてもってのほか。それにゴーストたちがどこで見ているかもわからないのだから、こうして他者の力で卑怯な真似をして合格なんてもらえるはずがないだろう」
「……ですよね」

 リドル先輩に正論のナイフで滅多刺しにされてしまった。お腹が空いて少しでも楽はしたかったのだけれど、地道にではあるが他の部員たちの中には魚を釣れている人も出ているようだし、綺麗事にはなるけれど頑張って自分たちで釣って調理したものの方が美味しい! と思う。セベクもリドル先輩の言う通りだというように深く頷いてから、自分の釣りに集中をした。ここまで真面目な人ばかりだとなんとなく浮いてしまう感は否めない。私の歪んだ心が更生されていくようだ。
 そこでフロイド先輩は折れるかと思いきや、屈んで私たちと同じ目線のままで目を細めてからリドル先輩の方に金色の目を向けた。

「えー、金魚ちゃんのほっせー腕で釣りなんかできんの?」
「……今、なんとお言いだい?」
「んー? だから金魚ちゃんの弱そうなほっそい腕で釣りなんか――」
「フロイド先輩、ストップストップ」

 フロイド先輩はいつもみたいなにこにこ、どこか煽りを含んだ瞳でリドル先輩にそう言い放つと、挑発に乗りやすいリドル先輩のお顔はあっという間に赤くなりかけていた。いけない、と思ってフロイド先輩を止めるも手遅れ。リドル先輩の端正なお顔は瞬く間に血が上り、金魚ちゃんになってしまっていた。

「今すぐ首をはねてやる!!!」
「あはっ、金魚ちゃん顔真っ赤じゃんおもしれー」
「リドル先輩もストップ! そもそも魔法は使えないしリドル先輩もすごい負担になるんだから!」
「うぎぃぃ……」

 リドル先輩に私の声が届いたらしく、なんとか顔を真っ赤にするだけに留めている。良かったあ。それよりフロイド先輩を早く止めないと。このままリドル先輩のことを煽り倒してしまえば、双方課題どころではなくなってしまう。私たちも釣りをしなくてはいけないのに。気をそらさせようにも、この場を離れるわけにはいかない。
 どうしよう、と思ってフロイド先輩の奥を見ると、無造作ヘアでハートのあの人がいたので、念を送ってみると、すぐにバチッと目が合った。私に軽く手を振っていたかと思うと、私の動揺する様子とリドル先輩の真っ赤なお顔を見て状況を汲み取ったのか、すぐにこちらに駆けつけてくれた。勘のいい男で良かった〜! 勘のいい男は大好きだよ。

「うわっ、何してんすか! フロイド先輩、山菜は?」
「えー、飽きた」
「飽きたじゃなくて! ジャミル先輩に注文するなら採ってこないと晩ご飯なしって言われたでしょ!」
「はぁ〜、めんどくせ。じゃーね、ばいばい」

 冷や汗をかいたトラッポラがフロイド先輩を回収していく。フロイド先輩の扱いがわかる人がいて良かった。ナイス・トラッポラすぎる。今度お礼にラウンジで生牡蠣でも出してあげよう。
 そうこう考えながら釣り針の先を見ると、一連の騒動もあってどうやら逃げられてしまった後らしく、それを見ては三人で大きく嘆息を洩らした。
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