水曜日。緑間は男子更衣室のドアをそろそろと開いた。

今週も練習をしたいという緑間に、監督は呆れた顔をしながらもすんなり許可をくれた。勿論、木曜日分のわがままを一回行使して、だ。

更衣室の椅子に荷物を置き、振り返る。そこにはあの全身鏡がある。…が、今日のそれは、やはり鏡ではなかった。緑間はゆっくりと鏡に近寄った。

「あっ…!緑間くん!」

鏡の奥に映し出される勉強机で勉強していた女子生徒が、覗き込む緑間の気配を感じ取ったのか、こちらを振り向いた。

「……苗字。」
「一週間ぶり、だね!」
「…苗字は今日も勉強をしているのか。」
「そう。私あれからここで毎日勉強していたけど、そうなるのは今日だけだったよ。」

やはり、水曜のこの条件下でのみ発生する現象らしい。

「バスケ部も毎日部活なのだがな。」
「なんでだろうね…。しかも男子更衣室なんて…」

緑間の方を見ていた苗字は、そう呟きながらまた恥ずかしげに少し顔を俯けた。

「…心配しなくてもいい。今日は俺以外の部員がここに来る予定はないのだよ。」
「……そ、そうなんだ…。」

でも運動部の更衣室なんて見る機会ないから、と呟いた彼女に、緑間は疑問を投げかけた。

「お前は運動系の部活ではないのか?」
「と、とんでもない!私なんて…!」

手と首を大袈裟に見えるほど振った苗字は、表情を曇らせた。

「私すごく運動苦手で……」
「そうなのか?」
「うん…球技が、一番苦手かも……」

授業で行う球技は他の生徒の足を引っ張って迷惑がられている気がして苦手だと語り再び俯く苗字の頭を眺め、緑間はどこか哀れな気持ちになった。

「部活でスポーツをしている者が出来ないわけがない。そういう連中が、部活に属しておらず経験も無い苗字が出来ないのを見て見下すなどお門違いも良いところなのだよ。」
「そう、かな……」
「お前も、引け目を感じる必要はないと思うのだよ。そんな暇があったら、その奴らに教えを請うたほうが益があるというものだ。」
「………、」

苗字は驚いたような顔で緑間を見上げた。驚かれるようなことを言っただろうかと、顔を上げた苗字から視線を外さないままに己の発言を逡巡していると、見開かれた彼女の目が次第に弧を描くのが見て取れた。

「真面目なんだね、緑間くん」
「……そうか?」
「うん、絶対そう」

自分に向けられた「真面目」という言葉が、久しぶりに純粋だった。ここまで嫌味っぽさを感じないのは珍しいことだと緑間は思う。

「そう言えば、今日は練習もう終わりなの?」
「…何故?」
「だって、前会ったときは…その、…き、着替え、途中…だったでしょう?今日はもう制服だから。」
「………」

緑間は言葉に詰まった。と同時に、言葉に詰まった自分に疑問が生じる。

「あ…、もしかしてまだ練習前だった…?」
「……ああ、」
「ご、ごめん、私が早く話しかけちゃったから…」
「…ま、待て。確かにそうだが、何も帰ることはないだろう!」

先程の笑みはどこへやら、途端に気まずそうな表情をした苗字は、素早く踵を返した。そんな彼女の様子を見てつられて焦りだした緑間は、無意識にそちらへ腕を伸ばした。

「えっ!?」
「わ、悪いっ…、!?」

緑間が思わず伸ばした腕は、ガラスがあるはずの壁を通り抜け、図書室の苗字の腕をがっちりと掴んでいた。

「……ガラス、無いね。」
「……ああ、」

どうしたら良いかわからず、おずおずと苗字の腕を離した緑間は、暫く思案した後、再び口を開いた。

「……もしお前が良いのなら、こちら側に来て…練習、見て行かないか??」

 




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