翌日。師匠のお孫さん――弦一郎くんの家庭教師としての役を負った私は、早速彼の勉強の面倒をみることになった。聞くと、彼は塾などに通った経験がなく、今までも自力で勉強を進めてきたのだという。今後具体的にアドバイスをするために私は本屋で適当な問題集を購入しようと彼に言ったところ、彼は一緒に来てくれると言ってくれた。そうして今日の待ち合わせは行われることになったのである。

休み期間中のため、平日といえども人は多い駅前の待ち合わせスポットで、早く到着しすぎた私は音楽プレイヤーのタッチパネルに指を走らせながら彼を待っている。ふと、遠くからやってくる黒い帽子が見え、私はイヤホンを耳から外して彼のほうに走り寄った。

「すみません、待ちましたか?」
「いえ、全然。じゃ、寒いし行こっか。」

頷いて隣を歩きだした彼の表情はどこか硬い。私はふと目に留まった商店街の広告チラシの話題を彼にふった。

「クリスマスのイベント、立海大付属生も出るんだね。」
「ええ、コンサートやダンスを行うと聞きましたが」
「弦一郎くんは?出たりしないの?」
「俺はテニス部ですから。」
「そっか、そうだね、誰かと一緒に行ったりは?」
「日曜の午前中は他校からの練習試合の申し込みが多いですから。おそらく不可能ではないかと。」
「そっか、テニス部って忙しいんだね。立海の高校、ここ最近ずっと全国行ってるっていうのは知ってるけど…やっぱりそれだけ一生懸命だから勝てるんだね。」

クリスマスはどう過ごすのかとか、普段何をして遊んでいるのかとか、高校生らしい話題で彼の年相応な姿を見ようと目論んだのだが、予想に反して彼の口から出るのは部活動の話題ばかり。遊ぶという要素はこれっぽっちも感じられなかったが、それはそれで高校生らしいなと微笑ましく思うと同時に、彼は余程テニスが好きらしいということもわかった。

駅前の書店で弦一郎くんと一緒に何冊かの参考書を選んで、店内をめぐる。ふと、気になっていたざっそを見つけ、私は足を止めた。

「……?苗字さん?」
「あ、ごめん、今月号がどんなのか気になって」

私が手にとった『歴史の世界』を見て、彼は目を見開いた。

「歴史がお好きなのですか?」
「うん、渋いってよく言われるだけどね。」

『戦国の男たち』と見出しのついたそれを手にとって購入するか否かを迷う私にしばらく何も言わなかった弦一郎くんは、急に私の手から雑誌を奪って、持っていた参考書の山の上に乗せた。

「え、買うの、弦一郎くん!?」
「……駄目でしょうか?」
「あ、いやいや、でも私が欲しいなんて言っちゃったから気遣わせちゃったよね」
「いえ、俺も歴史が好きですから。…もし可能なら、俺も読ませていただきたいのですが、良いでしょうか?」
「も、勿論!」

店内を一通り見て、会計をすませる。彼は自分の使うものだから自分で買うと言って聞かなかったが、そんな彼を押さえて私が支払った。バイトもしていない高校生にお金を払わせるなんて、年上としての矜持が許せない。

勉強は明日からで良いと思ったのだが、彼のどうしても今日からやりたいとの希望で、そのまま彼の自宅にお邪魔することになった。……と言っても、学生時代に嫌というほど通い詰めた道場のあるあの場所なのだが。
見慣れた門をくぐって弦一郎くんのお母様にあいさつを済ませ、彼の部屋へと通してもらった。畳の香りがする純和風な部屋である。

「これから一年と少し、一緒に頑張ろうね。」

腰を落ち着けて、私は少し真剣にそういった。彼も厳しい表情をますます厳しくして私をまっすぐ見返してきた。その視線のまっすぐさに、私はどういうわけか恥ずかしくなった。

「さっき、テニス部の話を聞いて、弦一郎くんは努力のできる人なんだって、私はよくわかった。そういう人は、必ず伸びるから。私も一緒に頑張るから、よろしくね。」

彼は大きく頷いて、「よろしくお願いします」と一礼した。それが道場に通っていたことを思い出させて、私はひどく懐かしい気持ちになった。

こうして、彼と私の一年間は幕を開けた。

 




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