彼と私の勉強会が始まって早二ヶ月。大学受験シーズンが一段落して、学生たちは春休みを待ち遠しく思う時期である。
日曜以外にほとんどオフのないテニス部で副部長という大役を背負っている弦一郎くんと大学のゼミで割と遅くまで外出している私は、共にあいている夜の時間に勉強会を行っていた。
弦一郎くんの基礎学力は、良いだろうと予想した私の想像をはるかに上回るほどであった。そんな彼のために私がするのは、塾講師のアルバイト時代に覚えた解法の裏ワザ的なものを伝授してあげることと、論述や英作文などの、自学自習では判断のつきにくいものへのアドバイスだ。彼が問題を解くあいだは、私も課題や論文に取り組んでいる。彼との勉強会のおかげて〆切間近に焦ることもなくなった。
「苗字さん、」
持参したPCの画面から目をあげ、声の主をみると、彼は少し困ったような表情で私を見返していた。
「んー?どこかわからない?」
ここが…と参考書を私に差し出す彼は、このごろ私に対して堅苦しい言葉遣いをしなくなり、私が作業をしていると遠慮して中々声をかけようとしなかった以前とは異なり、たくさんの質問をしてくれるようになった。
「えっとね、これはこの形になると意味が違ってきて――」
ノートにメモを作る私と、それを覗き込む弦一郎くんの図は、傍から見たら親子のようだと、以前勉強会を覗きに来た師匠に言われたことがあった。確かに私は大きくないし、対する弦一郎くんは大柄なうえにがっちりしているのでそう見えるかもしれない。
「――こんな感じになるんだけど、オッケー?」
「ああ、わかった。……これを書き終えたら今日の分は終了だ。」
「早いね!今日ね、昨日発売だった『歴史の世界』買ってきたんだ。一緒に見よ」
「ああ、……できた」
「よし、じゃあ今日わかんなくて聞いたところと、間違えたのは要復習ね。」
そう言って私はビニール袋から雑誌を取り出した。
「今月は…軍師か。苗字さんは戦う人が好きだと言っていたが、苗字さんの中で軍師は戦う人にはいるのか?」
「勿論。自分の策いかに相手をうまく陥れるか…だからね。十分戦ってるじゃない!」
「そうか。して、誰が取り上げられているんだ?」
「…目次見た感じ、王道だね。二兵衛と…あとは中国の軍師も載ってるみたい。」
見る?と隣に座る弦一郎くんのほうに雑誌を押すと、彼も興味津々な様子で雑誌をめくり始めた。ぱらぱらと捲られていくページを横から見ていた私は、その中にふと気になるページを見つけ、思わず「ストップ…!」と声を上げた。
「今さ、…ほら、『真田幸村』!」
「む…?…ほう」
私の好きな歴史偉人の中でも上位に位置するその人を雑誌上で見つけ、私は無意識に頬を緩ませた。
「苗字さんは真田幸村が好きなのか?」
「うん!少数で大軍を相手にできる戦略、そして自ら敵陣に斬り込む力!どちらかだけじゃないっていうのがすごいと思うんだ!それに――」
「……?それに?」
「真田、だしね」
策を考えて実際に戦うなんて、テニスする弦一郎くんと同じじゃない、というと、彼は黙ってしまった。耳が赤い。
「あは、照れた?」
「て、照れてなど…!」
「でも、冗談じゃないからね、今の。本当に似てると思うよ、私。」
そう彼の目を見て真顔で言ってやると、彼はついに目をそらして「茶を取ってくる!」と部屋を出て行ってしまった。
見た目は弦一郎くんが親で私が子のようだけれど、中身はまだまだ私が上、かもしれない。
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