夜の帳が下りて暫くした、冷え込んだとある日の事。苗字名前は高層ビルが立ち並ぶ六本木の道を歩いていた。夜とは言えども煌々と輝く街の明かり、そして道の上を覆うように走る首都高速の騒音が、時間の流れを全く感じさせない。

しばらくして辿り着いた、シンプルかつ荘厳な佇まいのマンションに、名前はためらうことなく足を踏み入れた。

名前は、そのマンションの一番上、この広い建物の中で最も大きな部屋の主に用があった。

まるで名前が今来たことを上から見ていたかのようにタイミング良くロックが開いたエントランスを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。

ここにくるのは初めてだった。しかし、“この要件”で訪れる場所はどこも、その“要件”の主の趣味を反映している所為か、全く違う建物であるにも関わらず、どこか統一感があった。その所為か、名前の足取りも慣れを感じさせるものへと変わっていった。

目当てのドアの前にたどり着いた。ドアの横のボタンを押す。レトロな鐘の音がした。

暫しも待たないうちに、ドアが開く。部屋の主が片手で軽々と重厚そうなドアを押し開けて立っていた。

「お邪魔します」

ドアに手を掛け、名前は部屋に入る。広い玄関でヒールを脱ぐと、重厚そうな扉が軽い音を立てて閉まり、部屋の主である長身の男がこちらに歩み寄ってきた。

「遅い。」

「…ごめんなさい、タクシーがなかなか掴まらな、っ、」

感情の読み取れない声で文句を寄越す彼の方へ振り向いた刹那、口元に何かが強く押し当てられた。名前は少しだけ柔らかく暖かいものに別段驚く事もなく、己の顎をつかむごつごつとした男の手に自分のそれを這わせた。顔で感じる熱い吐息と口内に入り込む男の舌が、長い夜の始まりを予感させた。





「……帰るのか」

ため息と同時に吐き出された言葉を、私は背中で受け止める。振り返ると、ベッドに横たわり、ふとんを腹辺りまで掛けた彼が目を細めてこちらを見ていた。その目から何も読み取れないことを悟った名前は再び前を向き、フローリングに散らばった服を拾い、身につけ始めた。

「自宅にいつまでも他人がいたら落ち着かないでしょう」

「……」

峯は眉間を僅かに寄せたのみで視線は動かさず、何も言わない。服を全て身につけ終わった名前は、今度は体ごと背後に向き直った。

「それよりも、」

ベッドのわきに歩み寄った名前は、視線を微かに訝しげなものに変えた彼の腹当りに手を伸ばした。

「こんな寒いのによくそのままの格好でいられますね。見てるこっちが寒いので勘弁して下さい。」

意図の読めない名前の手を彼が止める前に、名前は布団を無理やり峯の首元まで引っ張りあげた。

「……、!?」

「風邪なんて引いたら組の人に馬鹿にされるんじゃないですか?……じゃ、私はこれで帰りますので。」

珍しく驚きの表情を浮かべた峯を尻目に、ありがとうございました、と心があるのか無いのか読めない礼の言葉を残して、彼女は部屋から消えた。

峯の自宅に、いつもと何も変わらないはずの静寂が訪れた。
だが、この違和感は何だ。彼にはその正体はわからない。

一服しようとしていたことも頭から消え失せた彼は、そのまま布団に顔をうずめて目を閉じた。

 




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