ときめきの偏差値


なんていうか、猛烈な既視感。


それもそのはず、つい3日前にも同じ場所で同じような景色を見ながら同じような言葉を聞いて、もっと言えば先月にも何度も経験したこの状況。
だからやっぱりわたしの口から発せられる言葉もいつもと同じ、

「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい」

結果は同じでも、反応は様々。目の前で、だよねーと笑うのは2つ隣のクラスのイケメン君。その顔にいつものような爽やかさは微塵も無くて若干心が痛む。
でもありがとね、と、少し微笑みながらのフォローは忘れず。


わたしはおそらく、女子にはあまり好かれないタイプの女子だと思う。
実際、休み時間に絡んだり普段遊んだりするのも男子と一緒の方が多い。
というか、いつもメンバーは決まってるけど。


「あーあ、かわいそー」

丸みを帯びてすごすごと帰っていくイケメン君の背中を見送っていると、背後から浴びせられたのは胸を抉る言葉。
振り返らなくてもわかるけど一応振り向く。


「だってしょうがないじゃん」
「あいつ3組のやつだろ、女子がきゃーきゃーうるせえ」
「そうそう、すごい人気だよな」
「…なに、それは遠まわしにあたしが妬まれるフラグ立ててんの」
「うーん、絶対に無いとは言い切れないな…」
「まあ妬まれてもおかしくねぇくらいのネタだよな」
「伊之助お前…ネタだけに妬まれるって寒すぎでしょ」
「は?寒いのはお前の懐だろ」
「やかましいわ!」
「まあまあ善逸、落ち着け」


まあネタ抜きで本気の嫌がらせを受けたことは、実際、あったりする。
体操着捨てられてたり、鞄の中のお弁当無くなってたり…ほんとにこんな事あるんだなって他人事に思えてくる程馬鹿馬鹿しくて。
けど、そんなことをこの人たちに言ってしまうと、たぶんわたし以上に悩んで気を遣わせてしまうから、絶対に言わないし、悟らせない。
けど、彼らもそこそこ一部の女子に慕われているので、わたしへの良くない視線とかにも薄々気づいているかもしれない。
誰からともなく歩き始めて、4人で校門を出る。

「でも、なまえは本当に彼氏作らないつもりなのか?」
「うん、だっていらないもん、面倒だし」

炭治郎の問いにストレートに答える。
興味ないわけじゃないけど、こうやって彼らとしょうもない事を喋っている方がずっと楽だし面白い。
恋愛なんていつでもできるけど、卒業も先に見えてきた今、大事なのはこの先いつ疎遠になるかわからない友人との時間かな、なんて。

それに、

「なんか、いまいちピンとこなくてさ」
「なにが」
「んー、告白されても、全然響かないっていうか、何とも思わないっていうか」
「うわぁそれ最低じゃない?」
「だ、だって!」
「まあそりゃそいつに興味ねぇなら当たり前だろ」
「うーん、でもなんかそういうのって、もっときゅんきゅんしたりするもんなんじゃないの?」
「なまえはきゅんきゅんしたいのか?」
「そういうわけじゃないんだけどさ」

わたしだって、告白されて嬉しくないことはないけれど、どうも思い描いているイメージと違うのは、いわゆる、ときめきみたいなものが感じられないからで。


「ってことはだ、なまえがきゅんきゅんしたら、そいつが運命の奴ってことだろ!」


得意げな顔の伊之助が突然導き出した答えは、何となく的を得ていて少し納得。


「な、なるほど」
「よし、そうと決まれば実践だ!行け、権八郎!」
「え、俺がか?」
「なまえに告ってきゅんきゅんさせればお前の勝ちだ」
「ま、待ってくれ伊之助!俺がやる意味も勝負になってる意味も分からないし、第一俺には、その、…」

しどろもどろになった炭治郎が真っ赤な顔で口籠る。
2組のあの子ね。可愛くて慎ましやかで、だけど仲良くなると甘えん坊。長男気質な炭治郎とお似合いだ。
彼女が炭治郎に向ける視線は明らかに他の男子に向けるそれとは違っていて、二人が両想いなのは一目瞭然。きっと彼女なら、高鳴る胸のときめきや、きゅんとする感覚もたくさん知っているんだろう。少し羨ましい。っていうか君たち早く付き合いなよ。

「何だよ、なまえのためだぞ」
「なら伊之助がやればいいだろう!」
「あ?」
「わたしはいつでも準備おっけーだよ」

両手を広げて受け入れ態勢を取るも、伊之助はその端正な顔を歪めに歪めてそっぽを向いた。
顔だけで言えば間違いなく校内一のイケメンなのに、粗雑な言動や態度に一体何人の女子たちが夢破れていった事か。でもそんな彼にも良いひとがいるとかいないとか、もっぱらの噂だ。


「ハァ!?んな小っ恥ずかしい事できるか!!」
「伊之助、自分がされて嫌な事は人にするものじゃないぞ」
「うるせえ!お前は俺の母ちゃんか!」
「もういいよ、伊之助も炭治郎もありがと」


伊之助の考案した作戦は的を得ているものの極端すぎた。
それに、普段からこんなくだらないやり取りばかりしている彼らだ。今さら恋愛感情なんて湧かない事くらい、恋愛偏差値ゼロのわたしにだって分かる。


「それじゃまた明日!なまえ、善逸」

いつもこの分かれ道で、方向の違う二人とは別れる。
ばいばい、と手を振った別れ際、炭治郎が解せない様子の伊之助の腕を引きながらぼそりと何かを呟いたけれど、聞き取れなかった。


茜色に染まりゆく空を見上げて、今日も一日が終わるなあ、としみじみ思う。
先程からやけにおとなしい善逸と二人きりになり、いつにも増して静かな帰り道。
これはあの二人が知らない事なのかもしれないけれど、善逸はみんなでいる時とわたしといる時とで雰囲気が少し違う。
いつもの軽快な足取りも緩やかに、足の進むままに歩く。矢継ぎ早に喋ったり騒ぎ立てたりすることもない。沈黙が続く事もあるほどだけど、不思議と気まずさを感じるものではなくて。
善逸といると、恋愛するなんかよりもやっぱり楽だと思ってしまうのだ。


「伊之助もとんでもない事言い出すよな」
「まぁ、あれは彼なりの親切心なんだよね」
「わかってるけどさ」
「あ、ねぇさっき二人と別れる時、炭治郎何か言ってなかった?」
「ん?…あぁ、」


善逸なら聞こえていたかと思って尋ねてみたものの、語尾を濁したきり答えは得られなかった。
訪れた沈黙に身を任せていると、不意に彼が口を開く。


「なまえさ、まじで好きなやついないの」
「いないってば」
「…じゃあさ、」


「俺に告られたら、どうする?」

唐突に問いかけられてちょっと動揺する。
彼の方を見ると、至っていつも通りの横顔で。

「え、本気で言ってる?」
「ものは試しでしょ、」

そう言って立ち止まる彼につられて、足を止める。
ざあっと吹き抜ける北風にマフラーの端っこが攫われて、首にひんやりとした空気が触れた。
腰までぶら下がったそれを厚く巻き直して顔を上げると、こちらをまっすぐ見つめる彼と視線が交わった。

そのまま、1歩、2歩と少しずつ歩み寄り、近すぎず遠すぎない距離に彼が位置を据える。
わたしよりも少しだけ背の高い彼を見上げる形になって、その唇が薄く開かれた。



「好きだ」



白い息とともに吐き出されたそのたった3文字が、耳の奥で鳴り響いて、思考という思考を支配する。
普段の彼からは絶対にわたしにかけられることのない言葉。その有り得ない状況が、さらに頭をおかしくする。

何も言わないわたしとこの状況にいたたまれなくなったのか、こちらを見据えていた彼の視線がすっと逸らされて、それを合図にわたしの胸がとくんと大きく鳴った。
左胸が急に騒がしく脈打ち始めて、巻き直したマフラーが暑く感じる程顔に熱が集まるのがわかる。
逃げ出したいような、ずっとこのままここにいたいような。ふわふわしているような、ぎらぎらしているような。
自分でもよくわからない、でもこれだけは言える、今まで知り得なかったこの感覚は。



「ぜん、いつ」

「…ん、どう?」

「どうもこうも、これ、」


きゅんきゅんしちゃってるかもしんない。



正直に告げると、彼は土と戯れていた足を一瞬止めて、それからいつものように笑った。

「へへ、よかった」
「よかったの?」
「うん、俺はね」
「…じゃあ、わたしもよかったかも」
「そっか、」

はい、と差し出された手を何の躊躇もなく握った自分に驚きながら、距離の縮まった彼の体温を感じて胸の奥が暖かくなっていくのがわかる。


「…ねぇ、なんでわたしといる時静かなの」
「あいつらといると、なまえの声よく聞けないから」
「じゃあ、ゆっくり歩くのも…」
「なまえの隣歩きたいからに決まってるでしょ」
「歩幅、合わせてくれてたんだ」
「…それに、」


「これで変な虫も寄り付かないし」

それを捕まえようとするやつも、と付け加える。
やっぱり、気づいてたんだ。


「善逸、」
「どうせ迷惑かけると思って言わなかったんでしょ」
「…はい」
「俺絶対泣かさないから」


あまりに真っ直ぐな言葉をぽん、と言うもんだから、構えていなかった心にいとも簡単に侵入してくる。
見ていないようで見ていて、絶対に安心させてくれる。善逸はそういう人だ。

「もう泣きそうなんだけど」
「え、言ったそばから?」

おどけたように笑う彼につられて笑うと、目尻からぽろりと涙が一粒だけ溢れて、ばれないように袖で拭った。

(善逸、後は任せたぞ)バチコーン★
(…お前さり気なさゼロかよ)