夏を制するものは


「おいなまえ、早くしねぇと置いてくぞ」
「ご、ごめんもうちょっと待ってて!」

久々の休日、映画でも観に行こうかということになった。
最近お互い忙しかったから、こんなデートらしいデートは久し振りだ。

慌てて時計を見るも、待ち合わせ時刻にはまだ15分ほど早い。にもかかわらず、伊之助はいつもこんな感じでわたしの家に押し掛けてくるのがお決まりのパターンになっていた。
それも、わたしがばたばたと急かされて謝る姿を見るのが楽しいから、という理由だそうだ。それって人としてどうなのって話だけど、伊之助が楽しいならそれでいいやと思ってしまう私もまた、たぶんどうかしてる。

ひとまず部屋に伊之助を招き入れたもののまだ服も着替えていなかったわたしは、クローゼットを開けて吟味する。
窓を閉めているのにつんざくような蝉の声が耳に入り、じりじりと照りつける日差しとむせかえる暑さを想像して少し眉を寄せた。

映画館が涼しいとはわかっていてもその道中をぴったりとしたパンツやスニーカーで歩く気には到底なれず、薄いサテン地の青いミニスカートと白のノースリーブを手に取る。
それから屋内用に一応、透け感のある羽織りものもかばんに潜ませておいた。

一刻もはやく伊之助の気が変わらないうちに出かけないと、またおうちデートになってしまう。手早く脱衣所で着替えをすませ、髪を一つに結わえ上げる。
日焼け止めもばっちり塗ったし、準備完了。


「ごめんお待たせ、行こっか」

ソファーに座って待ちぼうけていた伊之助に声を掛け、玄関へと向かう。
レースの涼しげなサンダルを履いて立ち上がり、ふと彼を見ると、廊下の壁に持たれて動かないでいる。

「どしたの?」

腕を組んだままじっとこちらを見つめてくる彼に問いかけるも、返事はない。
心なしか目が座り気味のこの顔は、間違いない、ご機嫌があまりよろしくない時の顔だ。


「…お前それで行く気かよ」
「へ?うん、そうだけど、」

どうやらわたしの服装がお気に召さないらしい。え、そんなにダサいかなこの服。

「外暑いしさ、できるだけ涼しいのがいいなと思って」

だめかな、とその場でくるりと回ってみせた。
するとつかつかとこちらに歩み寄ってきた彼に、いきなりドアに体を押し付けられる。

「きゃっ、なに、」

突然のことに頭が回らないでいると、首筋に顔を埋められた。

「っい、」

ちくりとした痛みに思わず声の出るわたしを気にも止めず、伊之助は次々と唇の雨を降らせる。

首筋から肩、喉元、鎖骨、胸元へ。
痛みが少しずつ甘い快感に変わっていくのを感じて、ぞくりと背筋が震える。
視界に入る彼のさらりとした艶のある髪が肌を掠める度に、火照った身体がさらに温度を上げていく。

両腕は彼の両手で拘束され、股の間に膝を割り入れられて身動きが取れないわたしは、十数回にも及んだその行為をただただ受け止めるしかなかった。

「いのすけ…っ、も、なに!」

ようやく身体が解放されたと同時に、彼に抗議の視線を送る。
すると伊之助は先ほどまでの不機嫌な顔から一転、ニヤリとした満足そうな余裕のある表情に変わっていた。

「それで外歩けるなら歩いてみろよ」

そう言った彼はわたしの左手を取って、さっき散々肌に落とした唇を手の甲に寄せた。

わたしの目をじっと見つめたまま、ちゅ、とリップ音を立てて離れていく唇。
その扇情的な表情に再び身体の奥がじん、と熱を持つ。
唇の離れていった手の甲には、花びらのように鮮やかな赤い跡が残されていた。


「…伊之助のばか、」
「どーせ外出ても暑いだろ」

そう言って踵を返すと、わたしの部屋に戻っていった。
結局今日もおうちデートか、そんなことを考えながらもどっぷり彼の独占欲にほだされている。
言うまでもなく、その後は太ももから足の裏まできれいに占領された。

(夏が終わるまで定期的にやるからな)
(…こんな暑いのにタートルネック着ろっていうの)
(家から出なきゃいいだろ)
(仕事あるでしょーが!)
(は?俺と仕事どっちが大事なんだよ)
(それはこっちのセリフだ!)