2-1
知らない道をどんどん進んでいく熊男さん。私はお姫様抱っこされたまま、彼の顔を見上げた。

…やっぱり、綺麗だなあ。目元の彫りは深く、鼻筋が通り、それぞれのパーツの位置も完璧。やはりハンサムだ。じっと顔を見ていると、視線に気付いたのか前を見ていた熊男さんの瞳がちらり、とこちらを見た。目が合ったのは一瞬で、彼はそのまま前を見据え、一定のペースで歩みを進めた。





暫くすると、大きなお屋敷の門を過ぎ、中へと入っていった。玄関にかけられた表札には「空条」と書いてあった。
熊男…もとい空条さんが玄関の扉を開けると、奥からぱたぱたと可愛らしい足音が聞こえてきた。


「承太郎、今日も遅かったわね …あら、その子は?」
「…服が濡れてるんで連れてきた」


説明が面倒だったんだろうけど、流石にその説明だと…私は子犬か何かか?と心の中でツッコミをいれざるを得なかった。


「あら、本当!びしょびしょじゃない!風邪引いちゃうといけないから、お風呂に入った方がいいわよ。さ、上がって上がって!」

見ず知らずの私に対して、とっても優しい金髪の女性は中まで案内をしてくれた。

そういえば、まだお姫様抱っこの状態じゃあないか。
私は、空条さんに降ろして貰おうと顔をじっと見たのだが、空条さんはそんなこと考えてもいないのか、私の足から靴を引き剥がし、ポトッと玄関に落としたのだった。

え、私いつまでこの状態なの?




結局、脱衣場までお姫様抱っこの状態だった。脱衣場で降ろされたかと思ったら、バスタオルを一枚渡された。

「一人で入れるか」
「っ、大丈夫です!」
「そうか」

そういうと、くくっと喉を鳴らして、空条さんは脱衣場から出ていった。どうやらからかわれたらしい。
ようやく一人になった私は、濡れて張り付くカッターシャツと下着を外した。 そういえば、着替えがないな。あの金髪の女性に借りるしかないかなあ、とふと思いながら、お風呂場に入った。



シャワーの音とお湯が心地よい。体温が上がると同時に、先程の事が思い浮かんできて、少し泣いてしまった。あの時は必死で、感情が沸き上がらなかったのだが、どうやら本当は怖かったらしい。

一通り泣いたことにより気持ちが落ち着くと、「空条さんにお礼をしたい」と思うようになった。
と、ふと脱衣場のほうから声をかけられた。声の主は女性だった。

「着替え、私ので悪いけど着て頂戴ね! 制服のシャツは洗っちゃうわねー」
「あ… すみません、何から何まで……ありがとうございます」
「いいのよ、困ったときはお互い様だから」

その優しさがとても嬉しかった。

身体を洗い終わって脱衣場に出てみると、可愛らしいパジャマが置いてあった。下着は…今は洗濯機の中のようだ。とりあえずそのまま着させてもらうことにした。



お風呂を出ると、空条さんと金髪の女性が二人でお茶を飲んでいた。

「あの、お風呂ありがとうございました。あと服も…」
「いいえ! 自己紹介がまだだったわよね?私は空条聖子よ」
「あ、私は名字名前と申します!」
「名前ちゃん、よろしくね! そういえば親御さんには連絡はしたの?」
「…あ」

すっかり忘れていた…!時計を見ると午後10時。私は聖子さんに電話をお借りして自宅に電話をかけた。両親は物凄く心配していたみたいで、今日は友達の家で勉強することになった、と嘘を吐いたら、今後は早く連絡することと、事前に伝えておくこと、と厳しく言われてしまった。

「ふう…」

ちんっ、と受話器を置いて一息つくと、後ろにいた空条さんに声をかけられた。

「…なんで襲われたこと、言わなかったんだ」
「余計な心配かけちゃうかなあ、と思いまして」
「……、名前とかいったな。話がある」
「え、あの」
「来な」

そういうと空条さんは私の腕を掴んで、薄暗い廊下を進んでいった。





連れていかれたのは空条さんのお部屋らしい。本棚には生物図鑑やジャンプが並べてある。本棚の端、机の近くには教科書のような薄い背表紙も見受けられた。…空条さんって、てっきり大人だと思ってたけど、実は学生だったりして…

「さて、だ」

辺りをきょろきょろ見渡していると、不意に空条さんから話しかけられた。その声に反応して、私は空条さんの顔を見た。

「お前、どうしてあんなことになったのか分かっているのか?」

厳しい表情でこちらを見据える空条さん。お叱りモードっぽい。
私が「…空条さんは、その場を見てなかったでしょう」なんて口答えをすると、

「何が有ったかなんて大体分かる。概ねお前が前も見ずに歩いていたらあの男達に酒を掛けられた…違うか?」
「うっ……ご推察の通りです…」

全て言い当てられて何も言い返せなくなってしまった。

「…もう少し周囲を警戒しろ」
「はい…すみませんでした」

17歳にもなって説教されると流石に堪える。私は頭を垂れた。


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