8 ※ヒロインちゃんビッチ注意 ご多分に漏れず今日も授業をフケた俺は、朝から降り続ける雨に対する苛立ちを隠しもせず、ずかずかと廊下を歩いていた。普段なら既に4、5本は減っている筈の煙草は、封を切ったまま、綺麗に整列をしている。 やれやれだ。 屋上には行けそうもねえか。 煙草を吸うために普段は屋上ばかり行くため、こういう空模様の日には窮してしまうのだ。こういう日のために、校内のサボりスポットを探すか、と手当たり次第空き教室を回ることにした。 15分程度だろうか。特別棟の教室を見て回ると、その5階、視聴覚室の隣に視聴覚準備室というものがあった。特別棟の最上階で校内イベントでもない限り使われることのないその教室は、よっぽど真面目な教師以外は見回りにすらこない、絶好のサボりスポットだった。 中に入るとVHSの並んだ棚と、その奥に「映写室」という毛筆の掠れたような文字が書かれた札が、塗装の剥げた扉の上にかかっていた。他の扉が全てスライドするタイプであるというのに、この扉だけはドアノブがついており、屋上の分厚い扉を連想させた。鍵穴のあるドアノブには意外にも鍵はかかっておらず、俺はドアノブを時計回りに捻ると扉を引いて開けた。 そこには事務用の椅子に対面しながら座り、快楽に耽る男女の生徒が矯声を上げていた。男の方は俺に気付いたらしく、ぎょっとした表情で俺の顔を見たかと思うと、ペニスを女生徒の中から引き抜き、ピンク色のコンドームを萎えたペニスから外し、その辺にあったティッシュペーパーで拭った後、素早く身なりを整えてそそくさと部屋を出ていった。 残された女生徒はといえば、その2分にも満たない一連の行為を見ながら呆気に取られているようだった。 その部屋に充満した汗と精液の独特な臭いが、鼻の奥にやけにこびりついた。 「いや、有り得ないでしょう、行為の途中で女性を置いて出ていくなんて。まるで本能しかない野生の獣じゃない。最低」 先程まで裸同然だったこの女は名字名前というらしい。きちんと制服を纏ったその姿はハードカバーの本でも似合いそうな優等生、といった印象を与える。先程の罵声も皮肉めいていてその印象を強めていた。そんな女が、何故? 「えーと、空条くんだよね。何故貴方はここに?」 「よく知ってるな」 「そりゃあ校内じゃ有名だもの、貴方」 名前は俺の顔を一瞥し、まるで自嘲するかのようにふ、と口許を弛ませたかと思うと、椅子の周辺に散らばった丸められたティッシュと体液の塊を拾い上げ、ビニール袋に入れていく。そして、棚の下段に置いてあったウェットティッシュを一枚手に取り、掌や手の甲、指の間を丹念に拭いた。 「で、有名人の空条くんが、私の窖に何の用?」 「アナグラねえ ………ただのヤリ部屋だろ」 「そうとも言えるけど、それじゃあ何だか私がアバズレみたいじゃない。と、いうかちゃんと質問に答えて貰えるかしら」 「……サボるために来ただけだ」 その通りだろう、という言葉を飲み込み、俺が外を指差しながらそう言うと、名前は窓の外を眺めた後、俺をジロジロと睨み付けた。一瞬の沈黙の後、諦めたような表情で溜め息を吐いた名前は、 「…雨が止んだら出ていってよ」 と一言残し、棚に無造作に置かれた本を手に取り、先程まで情事の舞台となっていた椅子に腰掛けた。察しが良い女だな、と俺は壁沿いに放置されている壊れかけの椅子に座り、本を読む名前を眺めた。 「……変な女だと思っているでしょう。じゃなきゃあ穴が開くほど人を見たりしないわ」 「そりゃあな。お前も自覚あるだろう」 「ええ。わざと優等生を演じているもの。その方が楽だし」 「いーや、違うな。お前は元々優等生だろう。じゃなきゃあ優等生を演じることすらできねえはずだ。そして何かの拍子で箍が外れてこうなっただけだ」 「ただの不良かと思えば…洞察力があるのね。感心したわ。……そもそも不良も優等生も、他人に付けられただけのレッテルなのよね、所詮は」 そう言いながら視線を本に戻し、ページを送る。その指先は質の良い白磁の人形のようで、俺は今まで感じたことのない衝動を覚えたのだった。 雨樋から鳴るぴちゃぴちゃというリズミカルな音が、最早環境音へと変化していた。梅雨前線の影響で今週いっぱいは雨が降り続くでしょう、と言ったあの気象予報士の名前はなんだったか。その予報通り、雨は降り続けて三日が経った。空が泣くとはよく言ったもので、さめざめと降る雨は上がる気配もない。 「……ちょっと、また来たの?」 「……」 俺は映写室の扉を開けると、名前は読んでいた本からこちらに目を向けた。嫌そうな顔でぼやく名前を無視し中に入ると、定位置と化した椅子に腰掛けた。 「ここに空条くんが来るって男子の中で噂になっていて、他の人が寄り付かなくて困ってるのよ」 「別に困ることでもねえだろう」 「…いい加減、フラストレーションが溜まっているのよ。…ヤれない相手に興味はないし、邪魔をするなら許さない」 「…欲求不満なのはこっちも同じだぜ」 そう、ここ数日の雨によりセロトニンもニコチンも足りていない。ましてやスタンド使いからの襲撃等もない平和な日常の中、所謂脳内麻薬というやつが足りないのは当然だろう。 ならば。 別の手段で発散すればいいのでは、なんて思いやる。ちらり、と名前を見ると、その白磁のような指先は長い髪を絡ませていた。 「名前、ヤれない奴に興味はない、と言ったな」 「そうよ」 「セックス出来れば、俺にも興味持ってくれるわけか?」 「そりゃあ、一緒に性交する相手の事ぐらい考えるわ。だけど空条くんが相手なんて、考えられない」 「何故」 「人気者は、日の光を浴びるべきよ。……こんな窖に籠るべきではないわ」 俺は立ち上がった。その拍子に座っていた椅子がギギ、と今にも壊れそうな音を立てた。俺は名前に近寄り、その細い腕を掴む。ひんやりと冷たい名前の腕と、熱の籠った俺の掌が、ゆっくりと同化するようだった。俺は目線を名前に合わせ、その眼をじっと見詰めた。 「不良なんて、日陰者だと思うがな?」 「…貴方も大概狡い人ね」 名前と俺はふ、と顔を緩ませると、どちらからともなく口付けが始まった。 雨の音とは異なる淫靡な水音が、耳の奥で響いた。 [ <<Jogio top ] |