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プール由来の塩素の香りが、開け放たれた窓から侵入する風によって教室内に充満した。この気だるい空気と、先生の低くて静かな声。体育の後の授業の雰囲気が、私は好きだ。

授業が進み、クラスの半分の生徒が机に臥すか、もしくは船を漕いでいた。まだ生乾きの髪を揺らすそよ風に仄かに混じる煙草の匂いに、私の頬は無意識に緩んだ。ああ、今日も彼は授業をフケているらしい。



授業が終わり昼休み。私はお弁当箱を手に取り、いつもの場所へ急いだ。
視聴覚準備室のドアを開けると、先程の授業中に感じた煙草の匂いを纏った空条くんが。彼は定位置になりつつある、今にも壊れそうな椅子に腰かけていた。空条くんは、さっきまで屋上かどこかで煙草を吸っていたのに、午前の授業が終わりお昼を食べにこの部屋へ来る私に会うためにわざわざ来てくれたのだ。そう思うと自然と笑みが溢れた。

「すっかり窖の常連ね」
「……チッ」

私の言い方が気に触ったのか、こちらに聞こえるように舌打ちした空条くんは、帽子を目深に被った。
私はいつもの椅子に座ると、お弁当の包みを開けた。毎度のごとく昨日の残り物ばかりのお弁当だが、プールの授業の後で空きっ腹の今日の私にはご馳走のように思えた。

「いただきます」
「……」

人がご飯を食べている様を、なにも言わずにじっと見てくる空条くん。慣れてしまえばなんてことはないのだが、最初は注意したっけ。

『女性の食事の様子をまじまじと見るのは、あまり褒められた行為ではないと思うけど?』
『……』

私がそう言うと、その場は目を逸らすが暫くするとまた目線を私に戻してくる。何度やり取りしてもその様子は変わらず、私の方が折れてしまったのだった。



私の咀嚼音と、グラウンドで遊ぶ人の声が温い空気の中で混ざり合う。もうすぐ夏休みだなあ、なんて考えながら窓の外、青空に描かれる飛行機雲を眺めていた。

「…早く食え」
「…私のペースで食べてるんだから、邪魔しないでよ」
「昼休み終わっちまうぞ」
「、まだそんな経ってないじゃない」

腕時計を見ると、まだ昼休みに入って二十分も経っていなかった。ふと、空条くんを見ようと頭を上げると、目の前にカラフルなベルトが。音をたてずに寄ってくるところも本当は直してほしいのだけれど、と口に出しそうになったが、どうせ聞いてはくれないのだろうと思い、一つの溜息を代わりに吐いた。

空条くんはと言うと、中腰になったかと思ったら私の顎を手で掴むと、ぐっと持ち上げ噛み付くように接吻をしてきた。

「ん、」
「……は、……」
「ッあ…………ふ、」
「……、っ、ハ…… 色気のねえ味」
「…はぁ、ッ! そりゃあね… お弁当食べてたんだから、檸檬の味、なんてわけにはいかないわよ」

貴方のせいよ、と思いながら責めるように吐き捨てると、空条くんはククッと喉を鳴らすように笑った。

「……今日はヤらないわよ」
「ああ?」
「だって、暑いじゃない。汗にまみれても、シャワーすら浴びられないところでヤるほど猿じゃないから、私」
「…場所、変えればいいのか」
「窖から出てまでヤりたくないわよ」

そういうと、膝の上に乗せたお弁当のおかずを口に含んだ。ゆっくり自分のペースで食事もできないなんて、とんだ窖だわ。

「名前、」
「、……そもそもだけど。もう梅雨は終わったんだし、空条くんがここにくる理由はないでしょ?」
「……」
「ねえ、聞こえる? 空条くんを探してる女の子達の声。 ……やっぱり貴方は窖に籠るべきではないのよ」
「おい、名前」
「もう夏休みだし、これを機に元の関係に戻りましょう」

最後、プチトマトを口に入れる。ぷち、と舌で潰すとトマトの味が口の中に広がった。私の気持ちと同じようなその酸味を嚥下すると、お弁当を片付け、さっと立ち上がった。

「じゃあね、空条くん」

一瞥したあと踵を返し、部屋を出た。不格好に絡んだものを、元の綺麗な状態に戻しただけ、と歩きながら自分に暗示をかける。さっきまで静かだった廊下も、少し進んだだけで世話しない足音が複数聞こえてきた。徐々に戻る日常。

これで、いいんだ。




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