「この時間まで出迎えた褒美をやろう」

「…褒美、ですか?」



勇は唐突に思いついたのだった。
この不思議な高揚感はなんなのか。
全くわからない。
それでもはるをそばに置いていればこの不思議な感覚は納まる気がしていた。


「なんでもよい。1つだけ願いを叶えてやろう」

「それでは…」



暫く考えていたはるではあったが、わりとすぐに答えは出た。



「とても我が儘かもしれません」

「構わぬ、言え」

「えっと…あの…」

「早く言わぬか!」

「あ、はい!あの、勇様、もっと普通にしていただきたいです…!」

「……普通?普通とはなんだ」



普通とは一体なんなのだろう。
十分普通にしているはずだ。
はるの言う普通とは…



「その…もっといろんなことをお話ししたり、なんかもっと普通に…」

「話など今もしているではないか」

「そうなのですが…そうではなくて…」

「ではどういうことなのだ、貴様の言っている意味がわからんぞ」

「はい…申し訳ございません…わ、忘れてください…」



ここで終わってしまってははるは帰ってしまう。
勇は慌てて会話を続ける。



「ならぬ。貴様の言う普通とやらを実行するため説明せよ」

「ええ?!もう本当に大丈夫ですから!他のことを考えますから!」

「いいから早く説明しろ!」



はるは心の中で大きな溜め息をついた。
言い出したら聞かない勇に変なことを言ってしまって後悔していた。
明日も朝は早いのにどうしたら解放されるのだろう…
勇も明日は普通に仕事のはずだが…
男と女の体力の違いなのだろうか。



「それでは…ええっと…」

「………」

「その、もっと自然体でいて欲しいってことです」

「……自然体?」

「はいっ。勇様が思ったことやしたいことを素直にして欲しいです」

「…うむ…。なるほど」



そういうことであれば都合がいい。
ちょうど、先刻からしたいことがあった。


「…ご理解頂けましたでしょうか…?」

「ああ。はる」

「ちょうど、したいことがあった。」

「なんでしょう?」


目を輝かせたはる
まさかこれから起こることなど考えもしないだろう。
まだ何も知らないはる

目の前に立つ彼女の腕を掴む。
どうしたのかと彼を見上げた刹那



「勇様?…………んっ…?!」





ここ最近はるを見かける度に
異常に触れたい衝動に駆られていた。
自分以外の他の兄弟に微笑んだりすると、無償に腹が立ったし、なぜその笑みが自分に向けられないのかと思うと訳のわからないモノが押し寄せてきて苛々してしまう。

だがこれで。
やっとはるは自分のモノだ。


腰に腕を回し、きつく抱き寄せたまま
強引な接吻を施す。
それは時間にしてほんの数秒だった。
だが、はるにとっては…。



「ん…っ、い、勇様!な、なにを…」

「接吻だ。したかったからしたのだ」

「…っ…」



真っ赤な顔で俯き後退りをしたはる
混乱しているのだろう。
それもそのはず。



「まさか…貴様、初めてだったのか?」



はるは小さく頷いた。

そうなると今度は勇に罪悪感が生じる。
いくら使用人とはいえ、女の初めての接吻をこのような形で奪ってしまったのだ。


「しかし俺とて使用人としたのは初めてなのだ、お互い様ではないか…この俺が使用人と接吻か…」

「…っうう…っ…」

「はる?なぜ…」

「…今日はもうっ…失礼します…っ…」




確かにはるはもっと自然体でしたいことをして欲しいと言った。
だが、それがこんなことだとは思いもしなかったし、なぜ自分なのかもわからなかった。
そして、最後にやはり自分は勇の中で使用人であることに変わりはないと痛感したのだった。

勇様の特別になれるわけない。
専属使用人という時点で十分特別なのにこれ以上何を求めるというのか。

勇の了解も得ず、心が耐えきれなくて思わず飛び出して来てしまった。
涙が止めどなく溢れてくる。




初めての接吻は、甘く、苦い酒の香がした。







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blue moon