部屋に到着するなり、持っていた勇の荷物を定位置に置き、勇の着替えを用意しようと箪笥へ向かうはる。
その後ろ姿を眺めながら、
勇はゆっくりと襟の留め釦を外した。
たかが使用人ではあるが…
今日はいつもより眺めがよい。
「勇様、お着替えをどうぞ」
「ああ」
「そ、それでは私はこれで…」
着替えを受け取った勇がすぐに着替えると思ったのか、はるはそそくさと踵を返してしまう。
物足りない、と思った。
「はる」
「は、はいっ」
「こちらへ来い」
勇の言葉にはるは首を傾げて不思議そうな顔をした。
しかし待たせるわけにもいかないので、疑問を持ちつつすぐに勇に近寄る。
勇様、お着替えされないのかしら…
長身の彼を見上げた専属使用人と、いつもと違う姿の使用人を見下ろす主。
シャツの釦を途中まで外して胸がはだけた状態の勇を前に、どうしたものかと目のやり場に困っているはると、これまたいつもと違って薄い浴衣を寝間着として身に纏っているために身体の線が分かりやすく、はるの無意識な色香に不思議な高揚感を覚えた勇である。
「俺は先程、迎えには誰も出ておらぬだろうと思っていた。だが、お前は迎えに出てきた。なぜだ?」
「え?それは、勇様が心配でしたので…」
「心配?何を心配することがあるのだ?」
「心配しますよ、お酒を飲み過ぎて体調悪くなっていないか、途中でお怪我などされていないか、無事に帰ってくるまではいつも心配しています」
はるは少し膨れた顔で勇を見る。
勇は面食らっていた。
この俺を心配するとは…
この時代で名家に育ち、軍人として生きていれば自由などないことが普通だ。
自由なようで、自由ではない。
いろんなことが制限されている。
自由恋愛など、許されるわけがない。
だから勇はこの感情の意味を知らなかった。
色町で一夜を共に過ごす相手はいても、心安らぐ存在は一人もいなかったし、そんなものが欲しいとも必要だとも思ったことはない。
いないことが普通だからだ。
だから、余計にわからない。
なぜこんなにはるが欲しいかなんて。
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blue moon