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10月某日━━━。

私は、離婚した。
心なんて、元の原型がなくなってしまったのではないかというくらい、ぐちゃぐちゃだった。
約3年の結婚生活。短いような長いような。

離婚したいと夫に申し出て、離婚が成立するまでのことはあまり思い出したくない。
とにかく、体調が悪かった。
右耳から音が聞こえなくなって、そのうち左耳に砂嵐が聞こえるようになり、さらにはどこでも構わず急に涙が溢れてしまうようになった。

多分、私にとってはかなりショックだったのだと思う。
すごくすごく、好きだったから。
そんな、大好きだった人と離婚したくなるなんて。

30歳目前、世間では絶賛結婚適齢期に、
私は再度独り身に戻ることを選んだのだった。






12月の師走。
冬のボーナスを待って、私は避難していた実家から引越をした。
さすがにこの年になって、いつまでも実家にお世話になるわけにはいかない。
私が幼い頃、母は離婚したが今は再婚している。
2人の生活サイクルもあるだろうし、実家とはいえ私も気を使う。
母は、潔癖に近いレベルのキレイ好きなのだ。
極度の鼻炎持ちだからと母は主張しているが、祖母もキレイ好きなので多分家系なのだと思う。
そんな私も、そこまでではないが散らかった部屋は居心地が悪い気分になる。

実家の車を借りて、引越を済ませた。
私はとにかく荷物が少なかった。

母に助けてもらわずとも、自分で引越の片付けも済ませたし、新たに買った家具も自分で組み立てた。
誰にも頼らなくても、生きていける。
今までも、ずっとそうだったんだ。







ゴーン…という音が微かに聴こえてくる。
除夜の鐘だ。
引越を終えて、無事新年を迎えることができた。

今年は、いい年になるといいなぁ…
漠然とそんなことを思った。

「そういえば、近くに神社あったな…」

前に母が言ってた。
自分が住む地域を守る神様にちゃんと挨拶しておくと、きっと良いことがあるわよ、と。

もう完全にパジャマだったわけだが、
夜中だし、みんなそんなもんだろう。
そのままコートにマフラー巻いてしまえば分からないはず。誰も、他人のことなんて見てないだろうし。

そう思った私はしっかり防寒をして財布と家の鍵をポッケにしまうと、ノロノロと神社に向かうのだった。









神社は、存外賑わっていた。
こじんまりした神社なので、こんなに人がいるとは思わなかったが、空いてるスペースでは焚き火をしていたり、参拝客に甘酒やみかんなどが振る舞われていて、
なんだか、とてもほっこりするいい神社だなと思った。

鳥居の前に立ち、お辞儀をしてから端を通り、
参拝客の一番後ろに並ぶ。
暫くして自分の番が来たので、用意していたお賽銭を入れた。


━━初めまして、神様。
年末にこの土地に引っ越して参りました。
これからよろしくお願いします━━━。


柏手を打ち心の中で言葉を紡いで参拝を終えると
恐らくこの神社の氏子さんたちであろうお年寄りの方々が、甘酒とみかんを下さった。
せっかくなので焚き火で暖をとってから、家に戻ろう。

炎の揺らめきというのは、人の心を落ち着かせると聞いたことがある。
なるほど、確かに寒空の中で炎を眺めるというのは気持ちが落ち着くかもな、などと甘酒を飲みながらボーッとしていると、急に足元に何かがぶつかった。

「?!」

驚いて足元を見ると、そこには小さな男の子が私の足にしがみついていた。

「…あら、どうしたのかな?」

迷子かしら。ママと間違えたとか?
怖がらせないように、努めて優しく明るい笑顔で声をかけると、不安そうな瞳が私を見る。

「ママと離れちゃったの?」

男の子の背丈に合わせてしゃがみ、優しく話かけると、その子は小さく頷いた。
なるほど、やはり迷子か…。

「それじゃ、ママが来るまでお姉ちゃんとここで待ってようか」

下手に動くより、そう広くない神社だからここにいた方がすぐ見つけてもらえるはず。
そう思った私の提案に、男の子はもう一度小さく頷くのだった。

男の子は就也くんと言って、年齢は4歳だそうだ。
小さな手で、年齢を教えてくれた。
私は先程もらったみかんをポッケから取り出し、
就也くんにあげると、就也くんはパァッと明るい笑顔に変わって私にありがとうと言った。
男の子らしい天真爛漫さが可愛くて、思わず私も満面の笑みが溢れる。

就也くんの話によると、ママ以外にもお兄ちゃんやお姉ちゃんがたくさんいるらしい。
末っ子くんなのね…どおりで甘えん坊そうだ、と微笑んでいると、前方から血相変えて走ってくる大きな男の人。
それと同時に、しゃがんでいた就也くんが立ち上がった。

「あ!にいちゃん!!」

「兄ちゃん…?」

「就也!テメェこんなところで何してやがる!」


探したんだぞ!と怒るその人は、すぐ隣に立つ私をふと見る。
私は慌てて頭を下げた。

「あのね、名前ちゃんが助けてくれたの」

「すみません、迷子になったようだったので狭い境内ですし下手に動くよりご家族に見つけてもらうのを待った方が早いと思って…」

ずいぶんガタイが良く、顔に傷のある強面のお兄さんだった。
正直一瞬ビビったが、探したんだぞと就也くんに怒るその姿はどう見ても優しい人だった。

兄ちゃんと呼ばれたその人は、私の言葉を聞くと
すみません、と頭を下げた。

「弟がご迷惑をお掛けしました。」

「いえ、私はとても楽しかったですから」

無事お迎えに来てもらって良かったです、と笑うと
お兄さんは一瞬面食らったような顔をして、
そのあと、ありがとうございましたと頭を下げた。

「就也、行くぞっ」

お兄さんに抱っこされた就也くんは
嬉しそうに抱かれながら、
私に手を伸ばした。

「名前ちゃん、また会える?」

お兄さんが立ち止まってこちらを見る。
なんて答えようかと考えることはしなかった。

「うん、就也くん、また遊ぼうね!」

会えるか分からないけど、なんとなくまた会えそうな気がしたから。
にっこり笑って手を振ると、就也くんも手を振ってくれた。
最後、お兄さんが私に軽く頭を下げたので、私もそれにならって頭を下げた。


新年早々、気持ちがほっこりした。
神様、私は今年良い年を迎えられるでしょうか。
元旦から、幸せな気持ちになりました。











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