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あれから就也は、よく神社に行きたがるようになった。
恐らく、あの日会った女性にもう一度会えると思っているのだろう。
たった少し話をしただけの大人に、こんなに懐くのが不思議だった。
就也は、意外にも人見知りする子だからだ。
慣れた人以外に、あんなに懐くのは見たことがない。

ただ、確かに彼女の笑顔は不思議だった。
真っ直ぐにこちらを射抜くその丸い瞳が酷く優しく感じられたのだが、なんとなく、悲しそうにも見えたのだ。
その瞳がどうにも忘れられなくて、俺は無意識に舌打ちをしていた。

土日は基本的に母親が夜勤だから、金曜の夜から月曜の朝までは毎週実家で過ごしている。
玄弥も今年大学を卒業するから、いろいろ忙しい。


「就也ー、靴下履いたかァ」

「うん、できた!」

「…反対だ、就也」


幼稚園に必要なものを持たせ忘れていないか、玄弥が最終チェックをしているので、俺は支度を手伝う。
就也の弁当は、玄弥が作ってくれていた。
他の妹や弟も、自分のことはできるだけ自分でやろうと協力してくれてるので、正直本当に助かっていた。

うちはとにかく弟妹が多いのだ。


「兄貴、じゃあ就也よろしくな」

「おう、いつも悪ィな」


そういうと玄弥はぶんぶん首を振って、兄ちゃんにいつも迷惑かけてごめんと俯くので、俺は玄弥の頭をポンポンと撫でた。


「玄弥ァ、もっと頼れェ」


お前は頑張りすぎだ。そう言うと玄弥は恥ずかしそうに笑った。
俺は、あの糞親父のようにはならない。
お袋のことも、妹や弟のこともできるだけ不自由なく笑顔で生活させたい。
お前らが笑ってくれりゃ、それでいいんだ。









ゴミ袋を右手に2つ、左手は就也と手を繋いで、
マンションのエントランスを出た。
就也は幼稚園が大好きで、いつもバスの待ち合わせ場所まで一目散に走っていく。
もちろん今日も例に漏れず走り出そうとしたので、俺は就也を注意した。


「にいちゃん!はやくはやく!」

「就也、危ねェから走るなァ」


エントランスの脇にあるごみ捨て場に持っていたゴミ袋を捨てながら、俺の手をぐいぐい引く就也を咎めようと振り向くと、就也は向かいのアパートのエントランスから出てきた女性を食い入るように見ていた。

彼女はバッグの中身を覗いていたが、就也の視線に気付いたのかパッと顔をあげる。


「あ…」

「あ!…名前ちゃん!!」


就也が叫んだ瞬間、名前を呼ばれた女性がこちらを見る。
目が合った彼女はずいぶん驚いた様子だった。
就也は、俺と繋いでいた手を離して彼女の元へと走り出す。


「あ…おい、就也!」


慌てて俺も弟を追いかけるが、チビのくせにすばしっこい。俺は心のなかで盛大にため息を吐いた。
彼女はというと、走って向かっていった就也と同じ目線に合うようにしゃがみ、就也を抱き止めている。


「就也くん…!」

また会えたねぇ、女が笑うと就也は大きく頷いて笑った。

「にいちゃん、名前ちゃんみっけた!」


就也は追い付いた俺に振り向いてドヤ顔だ。
名前、と呼ばれた彼女は少し眉を下げて困ったように俺を見た。
俺の眉間には無意識にシワが寄っていたが、そんな俺に
対して彼女は努めて明るく挨拶をしてきた。


「おはようございます」

「…おはようございます」

「また会えましたねぇ」

「…弟が毎度ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません」

「全然迷惑じゃないですよ、会えて嬉しいです」

「!」


まただ。胸がざわつく。
就也にも、会えて嬉しいね〜と声をかけ笑う彼女が、すごく優しくて。
この気持ちには心当たりがある。
ただ、こんな温かさを俺は知らない。

バカか、俺は。
━━━また会えた、なんて。


「就也くんはこれから幼稚園かな?」

「うん!」

「じゃあ私も頑張るから就也くんも頑張ってね!」

「うん!…名前ちゃん、」

「うん?」

「つぎはいつあえる?ぼくあそびたい!」

「就也ァ、ワガママはやめろォ」


就也は、普段なかなか母親に甘えられないから、
もしかしたら大人の女性に甘えたいだけかもしれないし、それ自体は不憫な思いさせて申し訳ないとは思ってる。
ただ、一度会っただけの女性を困らせるわけにはいかないだろう。
しかし、俺の言葉に彼女が柔らかく答える。


「私、このアパートに住んでるんです」

「…?」

「土日は家にいることが多いのでぜひ遊びに誘ってくださいっ」


子供、大好きなんです、とまた笑った。
彼女はよく笑う人だと思う。
つの口になっていた就也が、彼女の言葉で瞬く間に笑顔に戻る。が、ふと腕時計を見た彼女の顔色が変わった。


「…あ!やばい、就也くん、私もうお仕事行かなきゃ!…お兄ちゃんの言うことちゃんと聞いたら、また会えるよ」

「ほんとう??」

「うん、いい子にしてたらね」


いい子にする!と意気込む就也を尻目に、そんなこと言って会えなかったらどうすんだ、と思っていると。
彼女は鞄の中からワインレッドの名刺入れを取り出し、そこから一枚取ると俺に差し出した。


「…いつでも連絡ください、それでは」

「……」

「就也くん、またねー!」


花が咲いたようにニコニコと小さく手を振る彼女に、就也は全身で手を振り、俺はそんな二人をただ眺めているしかなかった。

咄嗟に受け取ってしまった名刺を持つ手が、柄にもなく震えていた。

















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