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土曜の夜、俺が泣き止まない就也をあやしていると、ポケットの中のスマートフォンが鳴った。
誰かが俺にメッセージを送ったようだ。
就也を片手に抱きながら、もう片方の手でスマートフォンを開くと、差出人は伊黒だった。

(珍しいな…)

あまり普段連絡を取らない人物からのメッセージは、なんとなく内容が気になる。
すぐに開くとそこには

“お前がモタモタと名前に連絡をせず先延ばしにしているから、そのことで名前が気にしている。おかげで蜜璃が悲しんでいるから、これを読んだらすぐに名前に連絡しろ。今すぐにだ。”

とまぁ、あいつらしくネチネチと長ったらしい文章が綴られていた。

(…るせぇなァ…言われなくともちょうど今しようと思ってたっての、くそが)


そのうち泣き疲れて眠ってしまった就也をなんとか布団に下ろし、凝り固まった腕を揉みほぐしながら、ため息を吐く。
4歳ともなると、なかなかに重い。

少し休んでから、俺はそっとベランダに出た。
住宅街の静けさと冬場特有の澄んだ空気を感じながら、俺はスマホケースから取り出した名刺を見て電話を掛ける。

突然電話を掛けたことに驚いているようだったが、明日の就也の遊びに付き合ってもらえないかとお願いをすれば、即了承してくれた。
突然のお願いにも関わらずお弁当まで用意してくれると言った。

そうして翌日待ち合わせた時間に現れた彼女は、ずいぶんとカジュアルな服装で。
少し面食らってしまった。
…いや、彼女の選択は正しい。
だが、こういうことができる女は意外に少ないと思う。
前に付き合っていた恋人は、就也も一緒だと事前に伝えていても真っ白なスカートを履いてきた。

駐車場までのほんの僅かな時間でさえ、就也と手を繋いで歩いてくれるところにも好感が持てた。
車の中では後部座席のチャイルドシートに乗りたがらない就也に、就也くんだけの特別なお席なんだよ、と就也をその気にさせて、自分もその隣に乗った。
…子供の扱いに慣れてるのだろうか。

正直、本当に助かるなと思った。
弟妹が多い俺も、人より子供の扱いには自信があるが、女の人には叶わない部分が絶対にある。














公園に着くと、就也が俺とも手を繋ぎたいと言い出したので、3人で手を繋いで目的の場所へ向かう。
まるで家族のようで妙な気持ちだ。


「名前ちゃん、これだよ!」

「わぁ〜すごいかわいいねぇ」


車中で就也が説明していた動物を前にして、
一緒に驚いたりはしゃいだりしている彼女を見ると、ほとんど大した会話もしていないのに心が自然と穏やかになるのを感じる。

一通り見て回ったところで、就也が腹減ったと言い出したので、近くの休憩スペースで昼食を取ることにした。



「これは就也くんのね」

「みていい?」

「いいよー、落とさないようにそっとね」

「これは、お兄さんの分です」

「…どうも、ありがとうございます」


わざわざ俺の分もちゃんと用意されていた。
アルミホイルに包まれた、就也のそれとは違う大きさの握り飯と、おかずが詰まった弁当。
こういうのはどれぐらいぶりだろう。
美味しくなかったらごめんなさいと笑う彼女の無邪気な笑顔が、素直に可愛いなと思った。


「にいちゃんのおおきい…」

「にいちゃんはデケェからなァ」

「でも就也くんにはこれがあるよ」


すぐに人のものが欲しくなる年頃なんだろうが
タコさんウインナーとミッキーさんは就也くんのところにしかいないよ、と彼女が言うと、ほんとだ!と目を輝かせる就也。
彼女が持ってきていたノンアルコール除菌のウエットシートで手を拭いて、皆でいただきますと手を合わせた。

弁当の蓋を開けると、からあげや卵焼きなど弁当のスタンダードなおかずが入っていた。
青菜の握り飯片手にからあげを口に放り込む。


「…うめェ」

「!」


思わずこぼれた俺の言葉に驚いて箸を止めた彼女だったが、ふわりと笑って安心したように良かったですと言った。


「名前ちゃん、ぼくこれすき!」

「良かったぁ!」

「にいちゃんもあまいのすきだよね!」

「そうなんですか?」


就也、余計なこと言うな!と思いながらも、
彼女の問いに黙って頷く。
彼女の作ったこの甘い卵焼きは、めちゃくちゃ旨かった。
俺のこの風体からは意外に見えるようだが、
実は昔から甘党なんだ。
甘いものが好きだと知ったからか、彼女は嬉しそうにゴソゴソバッグを漁る。
そして手にしたのは、コンデンスミルクとそれから━━━


「じゃん!イチゴです!」

「わぁ〜!!」

「お弁当食べ終わったらあげるね」

「はーい!」


ふふっと笑う彼女と目が合って俺は思わず反らしてしまう。
彼女の目は、どうも調子が狂う。


しばらくして食べ終わった就也が、
どこかへ行こうとする。
慌てて止めようと俺が立ち上がる前に
彼女が就也に声をかけた。


「就也くん、どこ行くのー?」

「あそこであそんでくる!」

「あまり遠くに行くと寂しいから、近くにいてくれると嬉しいなぁ」

「名前ちゃん、さみしくなるの?」

「うん、あとで一緒に行こう?」

「…わかった!」


じゃあここであそんでるね、と言って
就也は休憩スペース前にある原っぱにしゃがみこんで何やら1人で遊び始めた。


「…慣れてますよね」

「え?」

「子供の扱い」


俺がそう呟くと、就也を見つめたまま彼女は困ったように眉を下げたあと、ふわりと笑ってこちらを見た。


「就也くんは素直でいい子ですよね」

「…そうですか」

「ええ、とても可愛いです」


就也が時折、原っぱに生えている何かを毟ってこちらに見せてくるので、その度に彼女はうんうんと頷いて手を振っている。


「そういえば」

「?」

「プライベートの連絡先をお伝えしてもいいですか?」

「…ああ、はい」


なんとなく、社用携帯という壁を感じていた。
だが、それを自ら外してくれたのだ。
連絡先を交換して、メッセージアプリを開くとアカウント名が表示される。
アイコンの写真は、満開のひまわり畑だった。


「シナズガワさんって、不死川って書くんですね、珍しいけどなんかカッコいいお名前です…!」


連絡先を交換して彼女が唐突にそう言った。
どんな字を書くのかずっと気になっていたらしい。
珍しいと言われたことはあるが、カッコいいと言われたのは記憶を辿る限り1度もない。

俺はリアクションに困っていたが、彼女は構わず話を続ける。


「下のお名前は…さねみさん?」

「…!あ、そうです」


名前の読み方を一発で当てられたのは始めてだったので驚いたのだが…彼女の口から聞こえる自分の名が心地よくて。もう一度、聞きたくなる。


「あの、お兄さんは━━━」

「…それ」

「え?」

「その、お兄さんってやつ」

「?」

「…、実弥でいいです」


自分で言っておいて、耳が熱くなるのを感じて直ぐ様後悔しそうになる。
だが、そんな俺を余所に彼女はハッとした顔をしたあと、
そうですよね!私のお兄さんじゃないですもんね!と慌てていた。























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