5
就也くんとあの朝再会してから、実は一度も朝会えていない。
どうしても急ぎの案件があり、ここ最近はずっと毎朝いつもより一時間早く家を出発していた。
大口契約がかかっていたので私も駆り出されていた。
へとへとになって帰宅して、伸びきったネイルの手入れをしに漸く蜜璃のもとへ行けたのが、今日。
施術が終わって今帰宅したが、もう夜になってしまった。
女が二人いると、どうにもお喋りは止まらないもので。
伊黒さんに悪いことしたかもなぁ。なんて思いながら、
ここ連日頑張りすぎて疲れているので、明日は日曜日だしゆっくりしようとベッドに体を預けると。
会社用の携帯電話から、着信音が鳴った。
思わず飛び起きる。
土日に電話が鳴ることは今まで無かったんだけどな…
もしかして、緊急事態だったりして…
やだな…なんて思いながら、社用携帯に手を伸ばし画面を見ると、未登録番号からだった。
もしかしてこれってほんとにヤバいかも…!
私は慌てて通話ボタンを押した。
「はい、名字です!」
「あ…不死川と申しますが」
いつもの仕事の調子で電話に出ると、
思わぬ人物からの電話だった。
今日、伊黒さんが言っていた、人…
「……もしかして、」
「…?はい、」
「就也くんの…お兄さんですか?」
「…あぁ、そうです」
電話越しの相手は、やっぱりシナズガワさんだった。
絶対に電話など来ないと思っていたから、
心の準備もなく変な緊張で心臓が跳ねた。
携帯電話を持つ手にじわりと汗が滲む。
彼は、今大丈夫ですか?と私に確認してきた。
やはり見た目と違い真面目な方のように思う。
私は、あのとき時間がなくて名刺を渡しすぐ去ってしまったことを謝罪した。
伊黒さんと蜜璃のことも話をして、
シナズガワさんの名前を聞いたと言うと、
電話越しでシナズガワさんが少し笑った。
「少し前に、俺も伊黒から連絡が来ました。」
「え?」
「蜜璃が悲しんでいるから早く連絡しろ、と」
「…なるほど…」
伊黒さんはとにかく蜜璃が全てだからなぁ。
私は思わず納得しつつ笑ってしまったのだが。
「…名前さんも気にしているから、とも言われたので」
なかなか連絡せずにすみません、とシナズガワさんは私に謝った。
いや、何も謝ることは無いと思う。
私が慌てて変なことをしてしまったからなのだ。
「私がいけないのでシナズガワさんは何も謝ることはないです!ほんと変なことしてすみませんでした…!絶対連絡来ないと思ってたので…なんか、嬉しいです!ありがとうございます…!」
私はあわあわと気持ちを伝えると、
シナズガワさんは一呼吸置いて、
落ち着いた声色で私に話してくれた。
「……就也は、毎朝名前さんに会えると思って頑張っていい子にしていたのですが」
「…あ…」
「あれから1度も会えず、とうとう痺れを切らしたようで」
ああ、仕事でいつもより早く出てたから。
就也くん、ちゃんと言い付け守ってたんだ。
あんなただの口約束なのに。
子供は本当に、素直だ。
「就也くん…」
「それで、もし名前さんが良ければですが」
「?」
「明日、就也と少し会ってやっていただけないですか」
お兄さんは申し訳なさそうに、
言いにくそうに私に話してくれたけど、
そんなの返事は1つしかない。
「も、もちろんです…!」
◇
━━━━翌朝
私はいつもの休日より大分早起きしていた。
就也くんにはお気に入りの公園があるらしい。
その公園内には小さな動物園が併設されていて、そこで動物達と触れ合うことが楽しみなのだとか。
私は、そこで食べるお弁当を用意していた。
最初、シナズガワさんには悪いからいいと断られたけど、ずっと就也くんが私との約束を守ろうと頑張ってくれたことに対して何か返したいと話すと、渋々了承してくれた。
シナズガワさんから就也くんの好物はリサーチ済みなので、多分、大丈夫なはず。
「…できたー…」
お互いの家の前で待ち合わせなんて
お向かいさんとはなんとも便利なものだ。
4歳の男の子と出掛けるなら、
動きやすい服装の方がいいだろう。
白いニットと、ブルージーンズにスニーカー。
ネイビーのダッフルコートに赤いチェックのストールをぐるぐる巻きにして外に出た。
もうすぐ2月だもの。寒いわけよね。
私は思わず首を窄めた。
5分前にアパートのエントランスに降りると、
大小の姿が見える。
就也くんと、そのお兄さんだ。
久々だからか急に緊張し始めた私。
すると、そんな私に気付いた就也くんは
いつかのように私の足元へ走り寄ってきた。
「就也くん!久しぶりだねぇ!」
「名前ちゃん!」
「約束守っていい子にしてたんだって?」
私の言葉に、就也くんは誇らしげな顔で頷く。
そんな就也くんのあとを、半ば呆れたような顔でのんびり歩いてくるお兄さん。
お兄さんは、ダウンこそ羽織っているものの中のシャツは胸板が見える程度にはだけていた。
…寒くないのだろうか。
「おはようございますっ」
私がお兄さんに挨拶をすると
お兄さんは、軽く会釈をした。
「今日は無理言ってすみません」
「いえ!とんでもないです!また会えて良かったです」
私がニコリと笑うと、お兄さんはフイと顔を反らして、道の先を指差した。
「…車で、いいですか」
「あ、はい!」
「駐車場、こっちです」
「じゃあ就也くん、私と一緒に手を繋いで歩いてくれる?」
「うん!」
「…………」
私にも子供がいたら、こんな感じだろうか。
幸せだろうなぁ。
優しい旦那さんと、可愛い子供と3人で。
いやいやいや、何を考えてるんだ私は。
私今、就也くんのお兄さんのこと…
ないない、ダメダメ。
今日が楽しみすぎてわくわく過ぎて
一瞬頭おかしくなったな。
バカみたいな妄想はやめて
今はとにかく思いきり現実を楽しもう。
「就也くん、楽しみだねぇ」
突然やってきた、好機
- 5 -
*前次#
君に捧ぐ