8月に入って世間ではお盆や祭について騒いでいた。

「あと少しで、休みになるわね」

いつもの神社でいつも通りに過ごしている。
あと、数日でお盆になる。凪とは会えない。

「会えないね」

凪が私の思っていたことを言葉にした。

「そうね。もう、一緒にいて1ヶ月になるかしら?」

「だいたいそんな感じ」

「夏休みは土日以外ずっといるものね」

「そうだね」

「凪は、土日なにをしているの?」

「さあ?」

「さあって」

「なにもしてないから、覚えてないよ」

「ほんと?いつも何かしていると思ってたわ」

「そんな毎回毎回何かしてないよ。」

「お母さんとお出かけしたりとか」

「澄乃は、してるの?」

「ええ。たまにね」

「ふーん」

相変わらず、聞いておいて興味なさそうな口調で返ってくる。

「お父さんとかは?」

「いないよ」

「仕事なの?」

「いや、いないよ」

ああ、母子家庭なのか。と思った。触れてはいけないものに触れてしまったような気がしてオロオロしてしまった。それもまた、失礼だろう。

「べつに、気にしなくていいよ。知らなかったんだから」

と凪が言ってきた。そのオロオロした失礼な行動をとった自分か恥ずかしくなった。

「ごめん」

と小さく謝った。
遅く帰っても怒られないのかと聞いたことがあるが、いないから怒られないと言っていたことがある。それは、きっと、親が仕事でいないからだろうと思った。

「暑いなぁ」

凪の声は涼しい神社の屋根に向かって登って行った。
相変わらず、屋根には蜘蛛の巣が張ってあった。蜘蛛の糸という話があるが、それは蜘蛛の巣が神様の家に多く張ってあるからだったりして。

「やることがありすぎて、頭がおかしくなりそう」

ため息をはけば

「進路?」

と聞いてきた。

「うーん。別に合格圏内なんだけど、どうしてもね、納得いかないのよ」

ようは不安なのだ。将来のこともなにもない私が行ったところで、思っていた勉強と違ったらどうなるんだろうと

「でも、澄乃。本読んでるじゃん」

「ええ。本は好きよ。本というよりも、言葉ね」

「じゃあ、向いてるよ」

「そうかしら」

「文字が好きだから、文学系にみんな行くんでしょ」

大学に行かないからか余裕があって、まわりのことがよく見えていると思った。
文字が好きだから。それでいいじゃないかと。未来と現在のことが当てはまっていたら問題がないというように

「凪って、ムルソーに似てるわよね」

「ムルソー?」

「ええ。異邦人っていう純文学よ。カミュっていう人が書いた本なんだけど」

「へぇ」

「本、読まないの?」

「読まないね。疲れるし、読む気がない」

漫画は読むけどと言った彼女に、なんだか始めて同じ年だと感じた。

「面白いわよ。本だって」

「めんどくさい」

子供のように活字を嫌う彼女にため息をつきながら微笑んだ。こちらの方が彼女らしい。

「そのムルソーっていうのはね。アラブ人を殺害してしまうの。その理由は、太陽のせい」

凪は私の話を聞きながら、なんで?という顔をしていた。

「太陽がやけに暑かったから。殺してしまったの。彼はとても現実主義でね。現在のことしか考えてないような人なの。だから、無駄がない。でもだからこそ、冷たい人なの。普通の人なのよ。別に、でも、今必要なことを考えているから、ムダがない」

「ふーん」

「ムルソーは結局死刑になるんだけど。人々から憎悪の声を浴びることによって自分が生きているという感覚を得るっていって死刑されるの」

「へぇ」

「ムルソーが少し、あなたに似ている気がしたのよ」

「わたし?」

「ええ。なんとなくね。今のことしか考えてないとか。読まないとか」

「そうかな」

凪の言葉が最後で、会話が終わった。ミーンミンとか鳴いてるセミの声を聞きながら白い太陽の光に照らされている石畳からのびる先は街が見える。そして。青空に雲。やけに立体的だから絵に描いたような雲だと思った。

「でも、その人の気持ちわかる」

「ムルソー?」

「うん。読んでないからわからないけど。今を生きてるとか現実主義とかじゃないと思うんだよ。ほんとうに現実主義だったらもっと現実主義的に考えるはずだよ」

「というと?」

「わたしだったらだけど、死刑だって今起こること。もういま逃げられないことなんだから、幸せを感じるなんてことしないと思うんだよね」

そう言った彼女になんだか呆気にとられた。

「なに?」

「え、いや。あなたが今の解説でそこまで意見が出せるなんて思ってなかったから」

「バカにしてる?」

と凪が笑った。

「そうじゃないけど、」

「いいよ。別に」

と凪はお茶を飲んだ。
お茶を飲むたびに上下に動く小さな喉仏に汗が滴る。波立つペットボトルのお茶が斜めに流れて行く。

「飲む?」

凪が私に気づいてお茶を渡してきた

「え、いや、大丈夫」

ぼうっとしていたから少し驚いた。
暑い夏がじわじわと体にぶつかってきて、ため息が出た。
あと少しで、夏休みだ。おばあちゃんの家に行ったらなにをしようかなと考える。その時にはもう、凪の家族についてなにも考えてなかった。


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