墓標として並ぶ古い剣に雨が当たる。相変わらず、シッケアールは霧が多く、湿気でジメジメしている。
「ミホークさん、夕食できました」
雨なので今日は畑仕事はお休み。赤ワインをいつもより多めに空ける彼に声をかける
「ああ」
短い返事を聞きながら、テーブルに料理を置いていく。
何ヶ月も前はゾロくんやペローナちゃんもいたが、2人とも船長の元に戻ってしまった。海賊というのはなんとも律儀なものである。
「娘」
ミホークさんが私を呼ぶ。長いテーブルのお誕生日席に腰掛ける彼を見る。目の前にメインディッシュを置く。今日は鱈のムニエル
「王下七武海が撤廃されたのは知っているな」
こちらの世界にきたのは何年も前のことだ。戻り方がわからず、ダラダラとここにいる。いや、戻り方はないのだということはもうわかっていた。
元の世界では私はもう死んだことになっているはずだ。事故であったような気もするが明確には覚えてない。そんな一瞬なことだった。戻らないならもういいかなと思ってもう3年は過ぎた。
ここの世界の用語もわかるようになったので、王下七武海という単語に首を動かす
「オレはこれから、追われる身となる。貴様はどうする」
「もう、こちらには戻られないのでしょうか」
私の質問にミホークさんは静かに目線を送る
「だろうな。気に入ってはいたのだが」
「城を維持したところで、戻られないのでしたら意味がないのでしょうね」
声色が寂しさを滲ませてしまった。鷹の目がこちらを向く。少し気まずくて視線を自分の料理にずらした
「海軍がここをずっと張るだろう。そして、お前の所在を問われる。なんと答えるつもりだ」
「答えようがありません。主人でもないし、あなたの従者という明確な立場でもありません」
「怪しまれて終わるな」
「捕まったら、あなたに迷惑をかけますか?」
今度は甘えが出た。
チラリとミホークさんを見れば変わらない表情のまま私を見つめる
「ふむ。迷惑ではないが、迎えにいくには少々面倒だ」
面倒。その単語だけ拾いどこが心臓が音を立てる
「クロコダイルは知っているか?」
急にワニの話をし始めたので、首を傾げる
「元、王下七武海の。顔に継ぎ接ぎがあり片手がフックのやつだ」
その言葉で2年ほど前の頂上戦争で海底監獄から逃げ出したと書かれていたのを思い出す。
「奴から仕事を持ちかけられている」
話が読めずに曖昧に返事をする
「大きく変わろうとする世界では、貴様など赤子なようなものだ。こうなるならば、剣の一つでも捌けるよう見てやるべきだったか」
「力が全てのこの世において、私はその力を望みませんでした」
「だから、何も言わなかった」
「たまに見れる、あなたの剣筋の美しさを間近で見られていたことに感謝しております」
ミホークさんが顎に手を添え、こちらを見る。綺麗な強い瞳だ。動けない
雨音が強くなり、そのうち窓に数滴たまに当たる。ヒヒたちはどこに避難しているのだろうか
「これからは見る気はないと」
「見れるならば。ですが、それは私の決定ではありません。ミホークさんが決めることです」
「なぜ。貴様の意思だろう」
「ついて来いと仰るのでしたら、喜んで。ですが、何の力もない私が勝手についていくとなるとあなたの行動を制御してしまう」
数秒沈黙した後、ミホークさんが軽く笑う。意外にも笑う時は大きな声なのだ
「面白いこと言う。娘。貴様ごときでオレが制御されるわけがあるまい」
確かにと心で頷く。だが、それを決めていいのは私ではない気がするのだ
「俺のいうことで全て動くとするのか。これでは、侍従関係そのものだ」
「構いません」
ツンと張った声色。鷹の目を見つめる。なんと綺麗なことか。いっそ食べて欲しい。鋭い嘴で突き肉を割いてゆっくり食べる。食べる所作も綺麗な彼だ。きっと、私も綺麗に食べてくれる。なんというか、空腹の時と同じ気がする。お腹の中がムラムラする感じ。
「あなたのために城を整え、生活を生む。私はこの立場と仕事が好きでした」
「また、過去形か」
カチリと目が合う。やはり動けない
「ならば、今後も己の好きなことをすればいい。貴様の人生だ」
「ならば、」
口の中で止まる。この先を言うには少し勇気がいる。ミホークさんは何も言わない。こちらを見る。硬い唾を飲む。手汗が少し滲んだ
見つめる数秒、私が言いたいことも彼には伝わっていたが口から言う必要がありそうだった
「ついて行きます」
あなたのために動いていたい。あなたの城を整え、生活手順を踏む。身を捧げたい。ああ、いっそ腹の中に入れてくれ
「では、明日の夜出発だ。船に食料を積む」
静かに了承してくれる。ふうと息を出す
自由にいることよりも肩をはめられた方が幾分と楽だ。あなたからの命令ならば尚更。急な自由を渡されて冷や汗が出た。彼を見つめたまま、口の中で2音
「なんだ」
私の空返事に応えるように私を見つめる。なんだか嬉しくて口がニヤける
「いえ、スープ。冷めちゃいましたね」
昨日収穫したとうもろこしのスープをスプーンで一口持ち上げる
「温め直しますか?」
「いや。このままでいい」
スープを啜る口を見つめる。食欲に似たこの欲を何と表すのだろうか