新月の今日。灯りがないと真っ暗になるこの城をヒタヒタと歩く。お風呂上がりにはこの足の冷たさが心地よかった。
スリッパを忘れてしまったので、髪を拭きながら寝室まで歩く。窓から見える景色は真っ暗で、いつも見える墓標も何も見えない。
ヒヒたちの遠い声がたまに聞こえる。何やってるんだろう。
ホカホカとしている体に反して冷やしてくる足裏。後ろを見れば、少し足跡。
部屋には彼が1人掛けソファにかけていた。リビングにいると思ったのに
「出ました」
お風呂が終わったことを彼に伝える。先に入っていた彼は珍しく眼鏡をかけていた。
「眼鏡ですか?」
「ああ。アンティークものだ。さっき部屋を片付けていたら出てきた」
城の持ち主のものだろうか。金の細身フレームの丸眼鏡。ちょっと、いや、かなり似合うからつい見惚れる
「なんだ」
眼鏡越しで目が合う。慌てて視線を下に移す
顔が熱くなるのを感じると、顔が赤いと言ってくる。勘弁してくれ
「あ、いえ。その。素敵です」
ニヤケそうな顔を抑えて伝える。読み終えた新聞をばさりと音を立てて畳み、サイドテーブルに置く。かけている眼鏡を少し外しす
「そうか。度が多少入っていて、少しキツイな」
「目がいいんですね」
「お主は悪いのか」
「よくはないです」
彼に近寄り眼鏡を受け取る。かけてみれば少し違和感。でも、今は疲れない
「お主も良く似合っておる」
「ありがとう、ございます」
無口の彼に褒められるとは。思いもしなかった言葉にまた、顔が熱くなる。
「ところで、裸足でどうした」
忘れていたと足を見る。スリッパは今のところ見つからない。
「履き忘れてて」
少し照れながら白状する。彼は柔らかく口を上げる
「冷えるだろう」
彼が手を差し伸べたから掴む。温かくて分厚い彼の手のひら。柔らかく握り返してくれてそっと引かれる。導かれるまま彼のそばに近づく。目線が少し私の方が高い。彼に見上げられる形で向き合う。眼鏡を取られる。取れやすいように少し彼に身体を預けようと片足を彼の足の間に乗せようとのと同時に彼の引っ張った力に対応できなくて、足が運悪くサイドテーブルに当たってしまった。端に置かれていた紅茶が落ちた。
「ごめんなさい」
濡れた床を使ってたタオルで拭く。カップは割れてしまった。かけらを掴んだ時、その手を上から彼の手が触れる
「怪我をする」
私の動きを止めると、立ち上がって部屋に置いてある箒をとる。それを私は受け取り自分で片付けた。彼は立ったままで、破片をまとめてゴミ箱に入れた。彼が箒を受け取り戻す
「ごめんなさい」
同じ言葉を彼の背中に伝える
「わざとではない」
気にするなと、そう言ってる気がした。それでも当たりが悪くて俯いていると、彼が近寄り手を引く。また導かれるように彼について歩く。ベットに誘導されて上になる。ベットの上でペタンと座れば彼は私の足に触れる。足を伸ばすようにして彼に差し出す
「冷えている」
土が少しついた私の足をさすってくれる。優しい
「ありがとう」
無言で私を見つめる。鷹のような瞳は一寸の揺らぎもなく、彼の信念を宿しているようだった。
世界一と足場のない高台に立っているのに、こうして私には甘い。彼の施しを受けていると、私にだけ鍵を壊しておいてくれてるのではないかと錯覚してしまうのだ。
眼鏡を少し取って、レンズを覗けば前髪の湿気で水ができてた。足に触れていた手が眼鏡に触れて彼の手に渡る。それにはもう興味がないのか適当に放り出された。ソレを視界の隅で見て彼を見る。私の頬に触れる彼の厚い手のひらが心地よくて、思わず頬擦りをする。彼は少しだけ見つめて柔らかく、満足そうに笑う。その優しくなった瞳に自分の顔が反射して拡大していくのが見えて、瞼を下ろした。
扉の鍵を壊しているのは、お互いなのかもしれない。