泡立て器で世界を揺らす


食後の食堂は驚くほど静かになる。洗い物の音だけが響くこの小さな世界は金髪の彼によって全て構築されている
蛇口から流れる音が消えれば微かにする布が擦れる音。
「そんなに見てて楽しい?」
紳士な彼は後片付けをしながら向いに座る私に声をかける。
「うん。ダメ?嫌だった?」
「そぉんなことないよぉ。いつでも見てていいんだぜ」
優しい彼。一時離脱でどうなるかと思ったけど、戻ってきてくれてよかった。また、美味しいご飯と私の好きな彼の優しく支配するこの空間を味わえる
「ふふ、ならよかった。ねぇ、ほんとうに手伝わなくていいの?」
作った人に片付けをさせてしまって居所が悪い。でも、彼は絶対にさせてくれないからこちらが折れるしかない。今日も断れた。きっと、明日も明後日も
「いいんだよ。レディの手が硬くなっちまう」
もう硬いよ。ゾロとは違うけど手を使う技が多いから手は豆だらけだ。2人のように柔らかくもしなやかでもない
布巾が戻されて、彼がコーヒーポットを持ってくる
「おかわりは?」
「ありがとう」
カップを少し彼に寄せる。香りが立って思わず深呼吸する。
「サンジくんは飲まないの?」
疲れただらうから、誘ってみれば目をハートにして喜んでくれた
「いつも美味しい」
隣に掛けた彼に呟く。彼のカップにも同じコーヒーが注がれて同じ香りがする
「さいっこうの褒め言葉だ」
ニカッと嬉しそうに笑う。出会った頃よりも少し伸びた金髪。相変わらず、片目は見えない。
「今度、美味しいスイーツの作り方を教えて欲しいの」
「オレが作るんじゃなくて、教えるの?」
頷く。彼はうーん、と少し渋る
「もちろん、なんでも教えてあげる。でも、オレ。教えるの得意じゃないよ?」
「いいの。腕が立つ人が身近にいるのに聞かない方がおかしいもの」
なりよりもあなたに教わりたい。サンジくんに教わったら、きっと身体も甘くなりそう
「何が作りたい?」
ブラウニー、クッキー、ケーキ、プリン。少し考える
「サンジくんは何が食べたい?」
「ん?オレ?そうだなぁ。簡単に作るならブラウニー。手順は多いけど失敗が少ないガトーショコラとか?」
「じゃなくて、食べたいもの」
腕を組んで上を見ていた彼は私に視線を戻す
「食べたいもの?レディが作ってくれるものならなんでも嬉しいけど。そうだなぁ、チーズケーキとか?」
チーズケーキ。以外な方向に行ったから小さく復唱する
「パッと思い浮かんだのはソレだな。スフレよりしっとり重たいやつ。レモングラスでも入れたらスッキリしてうまそうだ」
「じゃあ、それで」
目を瞑り、うんうんと呟いていた彼は片目を開けて私を見つめる。それがいい。それを作りたい。
「いいけど、なんで、また」
スイーツなんて使ったこともないし、普段から2人のようにも食べない。食にもそんなに興味を示さず、本格的にお腹が減らないと飲みも食いもしない私をサンジくんはルフィとは違う気の掛け方をする。
「ふふ、内緒」
レディの内緒を暴くのはクズのすることだ。そう言って笑う。
そういうところがサンジくんぽくって笑っちゃう。
「私ね、みんなに会う前は食べるということが苦だったの」
苦味のあるコーヒーは半分になった。優しい彼は聞く姿勢をとってくれる
「不味いものを食べるとか、生きるために食べるとかじゃなくて。無理やり放り込まれるやつ。
目の前に出されたのを食べないと許してくれなくて」
故郷は壊滅的な国だった。王様の趣味で始まった処女の毒見役。苦しむ若い子を見て興奮して、毒見役の集まる部屋から生贄を抱く。壊してくれたのはルフィの拳で、世界から目を覚ましてくれたのは彼の腕。
「サンジくんのご飯食べた時。世界が広がったような気がしたの。なんというか、休んでいいんだって」
毒見役は何回か当たってて、毒に耐性があるんじゃないかと検査という名の性行為を繰り返していた世界はひと蹴りで清々しい過去のものとなった。
彼は聞いてる。だから、安心
「チーズケーキ。楽しみ。作ったら、食べてくれる?」
毒見じゃないよ。なんて笑えば、彼は少し面食らった顔して優しく笑う
「もちろん。レディが作ってくれたものはなんでも食べるよ。たとえ毒でも、最高のディナーだ」
やっぱり彼は優しい。
1人で過ごした時期があって、助けてもらった時期がある。食で救われたのは一緒。
振る舞って洗って片付けて、あなたはあなたの世界を構築し続ける。だからね、こうしてまたにコーヒー飲んで、2人でケーキつついて「次はこうしよう」「美味しいね」って構築を止めることなく、休めたらいいなって思うんだよ
「コーヒー、温め直そうか?ポットのが温くなっちまった」
立ちあがろうとする彼を見て、カップを見る。彼のカップはまだ十分ある
「ううん、いいの」
引き留めるようにして手で彼の立ち上がった椅子を叩く。
「そうかい?それ、もう少ないから捨てて新しいの入れるよ?」
次は紅茶とかどう?忙しなく動いてくれるから、笑みが溢れる
「これがいいの。ね、座って」
レディのお願いは断れないでしょ。
彼は少し不思議そうに立ち上がった姿勢を逆再生のようにして動く。
「チーズケーキね、下がタルトのやつとそのままチーズのやつ。どっちが好き?」
「簡単に作れるなら、そのままだけど。味気ないからタルト生地にしてもいいな」
料理の音がしないダイニングで、ふたりで作戦会議をする。食になると楽しそうにアイディアを出してくれる。その顔を見るだけで、私は胸がいっぱいなのだ



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