静と動のはざまで


ロシナンテ中佐が亡くなったと知らせを受けたのは、彼の命日から約2週間後だった。
あいにく私は他の軍艦に乗ってて知らせを受けるのも遅かった。放心状態になって、知らせてくれた同僚が何回も肩を叩いてくれたそうだ。気づいたら通信室の壁側に座らされていて、同僚は心配そうにずっとそばにいてくれた。意識が戻って、お礼を言うと上官はもう今日は上がりだと気を遣ってくれた。軍人であるのでそれは流石にと思ったが、私は行く場所があったからお礼を伝えて退勤した。
私ごときが拝見するなど畏れ多いのだが、たぶん、許してくれる。ノックを3回すれば向こうから声がした。一声かけて入ればヤギがお迎えしてくれた
「きいたか」
短く伝えられた文字に全てが詰まっていた。
その瞬間、私の眼は噴水の如く水が溢れ出てその場に崩れてしまった。センゴク大将は何も言わずに動かず、私を見つめていた。
「なぜ、あの場にいたのか。わしにはわからん」
嗚咽で大将の言葉がうまく聞こえない。呼吸はしんどいし、肺はパンパンだ。頭はクラクラして脱水症状一歩手前。
中佐。私と同じ軍に拾われた。彼は大将。私は参謀。妹のように可愛がってくれたが、ドジがひどくそのうち、私が弟のように思えるようになった。同じご飯を食べて、私の作るオムライスを美味しいといつも言ってくれる。そのうち、彼好みに染まったチキンライス
「白鉛病の子を治すと言って、任務を外れていた」
ほんの手がかりを私に託す。
暴いてみせます。彼の死因を。軍の最重要機密を扱う通信士の私が、彼の、最期の言葉を拾ってみせる
でも、それを動かすには私の力は失ってしまった。家族を失くす苦しみは、いつだって辛い。
中佐。ロシナンテ中佐。ふんわりしたヘアに柔らかい眼差し。ドジをしても笑って、私の落ち込みも不器用ながら慰めてくれた
「・・泣くことは悪いことじゃない」
腫れが引くまでここに居ていい。そう聞こえた大将の背中は低く見えた。息子のように思っていたんだ。そりゃそうだ
泣くことを恥と捉えるような軍人が多い中、心を持つ大将だからこそ、彼も温かい瞳だったんだろう
立ち直るにはどのくらいの時間が必要だっただろう。水が出なくなり、力が入らなくなってその場で座り続けるしかなかった。迷惑とか、邪魔とか、そんなこと考える余裕も気力もなかった
座りこける私に大将はまた、何も言わなかったし。あえて視線を外して書類整理をしていた。それでも、気だけはこちらに向けているのは肌で感じた。
「中佐は」
大将のもつ書類が音を立てる
「オレの通信がすんなり通ったら、私が生きている証拠だって。だから、妨害電伝虫を託すって」
ヤギが鳴いて、大将が頭を撫でる
「内緒で、私の通信機にかかるよう電話をかけてきたことがあったんです」
特に何もないことだった。ノイズが入って、ヘッドホンを押さえた。気を張った瞬間「あられ」と聞き慣れた、柔らかい声が聞こえて思わず口が緩んだ。隣の通信士にバレないよう口を元に戻した。声を出さないのを確認して、彼は一方的に話した
「今度、帰ったら。オムライスを腹一杯食べたい」
短く。それだけ。それで通信は切れた。
私に向けた最期の言葉は、未来の約束。でも、それも来なかった。また、涙が出る
「食べて、欲しかった」
大将は何も言わなかった。今度は静かな私の嗚咽が部屋に広がった。

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落ち着いて、一礼してから大将の部屋から出る
「おい」
大将の声が届くから、振り返る。なんとも言えない瞳。見守るような張るような
「お前は、大丈夫だ」
スッと心が降りた気がした。泣いたことも、落ち込んだことも、気の迷いを出してないことも。それが冷たくないことも。
もう一度頭を下げてから宿舎に戻った
暗い部屋。灯りをつけて夕飯を作る。何も考えず米を握る。
気がつくとフライパンにはチキンライスが多く残っていた。弔いじゃない。いつも、夕飯にオムライスを作る時はあなたがいた時だったから。
無意識に作っていたということは、そばにいるんだろうか。振り返っても、誰もいなくて。夜の空が広がるばかりだ。
ナギナギの実の能力者。通信士になって、ひたすら脳にこだまするノイズで病んでた時にかけてくれた。凪
「ローさん」
あなたにしてもらったことを私は何も返せてない。
炒めたレタスの甘さを噛み締めて、また、泣く。
レタスは焦げたのか端が苦かった



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