「覚悟はあるか」
今日のドレスローザは珍しく雨が降っていて、夏島のくせに少し肌寒く感じる。永遠の夜にいるような曇天が空を覆っていて、冷たい雨が降る世界がいつかの出会いを思い出す。
「若」
ガチャリと開けて入ってきたのは、おれが拾った女。死んだ目で力を手に入れて俺のために動いてる。与えた武器もしっかりするようになったな。人を傷つけることに躊躇していたが、それも慣れたか。返り血のついた頬を死んだ目で拭っているのを幾度かみた。忘れもしない強烈な背中の模様。その奥に潜む毒に侵された青紫になったあざのような斑点。俺の与えたグレーのジャケット。首周りと裾に羽がついてるファージャケット。俺の与えた実はうまく使えてそうでなりよりだ
無言で俺の前にコーヒーを置かれる。俺の朝が始まる合図。雨が降ってるからこの部屋で大人しくしてるのがいいか。やることはあいにく溜まってる。書類について話し、会話のリレーが数往復のあと静かに終わった。
「オマエの今日の予定は」
「特には。訓練でもよかったのですが、あいにくの雨ですので。やめました」
「フフフ、まあ、今日はゆっくりしてろ」
「ゆっくりですか」
「休憩が苦手なオマエだ。いつも王宮のために動いているのは知っている」
「何もしないよりいいかなと」
「なにもオマエが動かなくてもいいだろ」
デスクから立ち上がり窓際に置かれてるソファに腰掛ける。横長のソファに脚を乗せ肘置きに背を預ける。蓄音機に視線を飛ばせばアイコンタクトで頷き曲を再生させる。糸で呼べば、一瞬身体を強張らせてから解放を待ってこっちに歩いてくる。相変わらずブルーアッシュは光の反射をうまく拾えてない。ソファに深く座る俺を見下ろす勝色の瞳。なんとも暗い色だ。
「どうした」
「どうしたと、言われましても」
「フツーは俺の隣に腰掛けるモンだと思うが」
「気を遣えず申し訳ないです」
「フフフフッフフ、思ってもねぇこと言うんじゃねえよ」
「隣は恐れ多いです」
「俺の所有物のくせに、ワガママだな」
「今日の予定は」
「パスだ」
「では、そのようにお伝えして」
「いや、いい。オマエが動くことじゃねぇ」
「そう言われると、困ります」
「働きモンのオマエには苦痛か」
「整えるのが仕事です」
「整ってる」
俺の言葉に固まる。糸で身体を寄せ糸を解いて手のひらだけ向ける。数秒見つめてからおずおずと手を重ねる。そのままエスコートして俺の胸あたりに寄せる。一瞬止まったがエスコートに逆らえず膝をソファについてそのまま向かい合わせになる。裾の羽が少し邪魔だ。糸でジャケットをずらせば、細い肩からすぐに滑り落ちる。
「オマエがいることで整ってる」
「そ、れは」
「フフフ、まあ、座れ」
狼狽る前に声をかければ、素直にソファに腰掛ける。向かい合わせになると勝色であることがよくわかる。空のグレーをそのまま合わせているかのような色味だ。
「不服か?」
「いえ、緊張します」
「緊張だと。肌も中も触れ合ってるのに今更それはないだろ」
意地悪だろう、わかってて言ってる。鼻を鳴らせば何か言いたそうな顔をして目線を逸らす。今日は1日雨だ、のんびりし過ぎても怒られない。ブルーアッシュのヘアを弄ぶ。若干伸びたか?
「随分大人しい」
「下手に動かないほうがいいと思ったんです」
「殺しはしねぇよ」
「死に場所はここではないことくらいわかってます」
「フフフ、ちったぁ驚け」
面倒な顔をする。糸で顔をあげれるとなお嫌そうな顔をする。毒に支配なんてされて死ぬのにまだ死にそうになくて、失っては死場所を求めて俺の手を取った。海から引き上げたシャチは大人しくて、話しかけたらよく喋る。無口で効率よく動くからグラディウスはこいつを気に入ってる。毒を使うからシーザーも気に入ってる。みんなのお気に入りになってるのに、嬉しそうな顔ひとつしねぇ
「なんだ」
サングラス越しに勝色が俺を見る。何か言いたげに顔逸らす。糸を解放して自分の指先で触れようとしたら少し引かれる。口が下がる
「なんだ」
違うトーン。言い訳をするか、俺の目を見ない。少ししてため息が漏れる。ゆっくりとコチラを見る。部屋の明かりに頼って勝色がどこか柔らかく見える。
「特には、緊張、しますから」
「おい、嘘つくな。なにがいやだ」
フフフフフと楽しい笑い声を喉を震わせてみれば、困ったように俺を見る。見たことない瞳だ。悲しみか哀れか諦めか、色んな暗い色が混ざって形容し難い。沈黙が降る。俺の指先は浮いたまま。雨足が強くなって窓に当たって音が鳴る。
しばらくして俺を遠慮気味に見る。なんだ、言ってみろ。フフフと笑ってみせれば、ため息ひとつ
「若様は」
数ミリ指先を動かせば白い肌をした顎先に触れれる。呼吸を少し大きく吸っただけでも触れそうな距離だ。無意識に揺れた指先より彼女の瞳がコチラを向く。
「少し、距離感を考えた方がよろしいかと」
「ハ、」
「若から触れてくれるのは嬉しいです。でも、ちょっと近い気がして」
「なんだ、ワガママか」
「事実です。私の体感がそう告げてます」
「難しく言うな。直接言え」
口の中で空気を使っては壊して、また作って音を張る
「私に、なにか特別な感情を抱いてはいませんか」
こいつの言葉が理解できなかった。特別な感情だと?庭の女どもが言ってきそうな言葉だ。ただ、こいつの瞳が、顔が、否定してくれと強く嘆いていて言葉を喉の奥にしまった。
「いつか、あなたより先に死んでいく私に、そんなことはないと思っていたのですが。やはり、おかしいのです。モネさんでさえ部屋に入れなかったというあなたが私を自ら招くなんて。しかもソファにあげて、ベットで、その、そういうことまで。庭の女とは明らかに若の雰囲気が違うことくらい、私にはわかります」
早口で続けた。おれが?こいつに?特別だと?笑わせんな。そう言ってやりたいのに心臓が冷えていくようだった。なぜかは知らない。指先を避けるように顔を逸らされる。こいつの初めてのちゃんとした拒否が心臓の血管を閉ざしていく。
「何を言ってる」
「勘違いであって欲しいです。ただのペットに似た所有欲だと。でも、それではなさそうなのはいきてきたからわかります。お陰で、モネさんには口をあまり聞いてもらえません」
「モネがオマエに嫉妬か」
顔を合わせてくれない。おい、こっち向け。
糸で引こうとしたが、やめた。それは意味がないと思ったのと同時にコイツが離れていくような気がしたから。
「なぁ、俺がそんなモノをオマエに向けると思うか」
「思えません。勘違いだって思ってました。ずっとそうであってほしいと」
「向けられるのが嫌なのか」
「光栄です。でも、それに見合うほどの価値はありません。毒に侵されて全てを失ったような女に」
「おい、お前の価値は俺が決める。勝手に決めんな」
「あなたにそれを向けられたら、どうしたらいいのかわからなくなるんです」
悲しい声だった。外を見れば透明な雨が雪みたいに存在を表して降っている。
「お前が感じてるそれはなんだ」
「わかりません」
「なぜ悲しい目をむける」
「怖いのです」
「なにが怖い」
「許してしまいそうになるのが、怖い」
背を上げれば、ギッと音が鳴ってコイツとの距離が少し近くなる。短くなった前髪が片目を隠す。前髪に軽く触れる。柔らかい髪質だ。割と長いまつ毛がゆれる。唇を少し噛む。目線は合わない。そのままこの指で強引にこっちに向かせてその唇を奪ってやりたい。
「俺を許さないと」
「いえ、自分です」
「なぜだ」
「許してしまえば、あなたを整えることができない」
初めて目が合った、気がした。おれが、こいつに所有欲以上を差し出してるだと。ただ、そんなことはないと告げて仕舞えばコイツが俺からポロリと離れていきそうで言えなかった。
こいつが俺のところに来てからもう3年は経ってる。俺のために死ねる様サポートしてきた。文字通り死場所を求める、白くいつまでも不健康なくびれをした背中には意志が込められた登り鯱。
「私にはそんな気がないのが一番許せないのです」
心がひどく音を立てた。脂を失ったブリキみたいな、歯車みたいな音が俺の体内から響く。
「でも、嫌じゃないんです。ただ、同じ熱を向けられる自信がありません」
そりゃそうだ。俺だって、こうなると思ってなかった、いや、知らなかった。言わなちゃこうはならなかっただろ。いつもみたく気まぐれに頬を撫でて、額にキスをして、包み込んで。そうか、お前から手を差し出してくれたことはなかったな。別にお前に恋をしていたわけじゃない。好きという甘い感情を抱いたつもりもない。だが、コレをどう表したらいいのかわからない。知らずに生きてきて、いられると思ってた。自分を抑えるのが難しくなって俺にぶつけてきた。身体を引こうとするから、前髪を払った手のひらで頬を包む。揺らぐな、お前がその顔をすると俺の中で壊れた音がする。
「俺は、お前に何も望んじゃいない」
「わかってます」
「このままでいい、俺に気づかせるな」
「無理です」
「じゃあ、覚悟はあるのか」
「ありません」
「俺もだ」
そのまま手のひらを滑らして肩に触れる。そのまま抱き寄せる。細い肩だ。
「居なくなるな」
命令と取るかは好きにしろ、だがこれでお前は動けないだろ
「ここにいろ」
俺の背に小さい手が回る。
「居ます。ここが死に場所」
「俺の近くに」
「あなたより先に死にます」
腕に力が籠る。俺の知らない、知らない様にしていた感情を告げられる。腕の中にある温もりを手放したくなくてもう少し力を入れた。このまま折ってしまえばこいつはこのままなんだろうか
「モネさんに殺されます」
「なんでだよ」
「いや、だから、その。ん、なんでもないです」
「気になるだろ」
「あなたが私に向けている感情を彼女はあなたに向けている」
「仲間がいたか」
「敵では」
「よく言うぜ」
鼻で笑えば、少し微笑む。胸が鐘を鳴らした気がした。少し響いて痛い
窓の外は曇天で、あの日を思い出す。あの日からシャチも毒跡も消えてない。腕の中にある温もりを手放してやるもんかと子供じみた真似をする。
雪に似た雨粒が窓の音を奏でる。感情に名前をつける気はない、つけたら終わる。俺から離れないのが分かればこっちの領分だ。サングラス越しで目を細めればめんどくさそうにため息を吐かれた。
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