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私たちの通う雷門中は生徒数を千人以上も抱えたマンモス校だ。特に青春を過ごす少年少女たちの為と言わんばかりに部活動には力が入れられており、全国レベルの部活も少なくは無い。風丸くんなんてその代表と言っても良いくらいで、中学陸上界での彼の知名度は高いのだと、たまたま掃除場所が同じな陸上部の一年生である宮坂くんに鼻高々と教えてもらってしまった。昔から足が速いとは思っていたけれどそんなレベルだったとは。もしや、時々写真の送られてくる賞状やトロフィーはその証拠だったのかもしれない。何も知らない私は「すごい」の一辺倒で返してしまっていた気がする。

「風丸くん、何も言わないで私を殴っても良いよ」
「いきなりどういうことだ?」

説明を求められてしまった。話したら話したで呆れられてしまったのだけれど。「どうりでいつも普通の反応だと思った…」なんていうけど仕方ないじゃないか。風丸くんは負けなしの俊足なのだから、そこらの人間に負ける訳がない。自慢の幼馴染なんだぞ。
そう言ったら無言で頭を撫でられたのは何で?顔が赤いよ、って言ったら「お前のせいだ」って言われたけどそうなの?男の子のことはよく分かんない。守はあんなにも分かりやすいというのに。
まぁそして話はそれたが部活動の話だ。先ほどの通り、雷門中は部活動が盛んだ。強豪と呼ばれる部活だってある。…けれど、例外というものは何にだって存在するものではあるもので。

「さあ!練習だ!」
「練習だー」

やる気満々な守の言葉に続いて小さく拳を突き上げてみたものの、返ってきたのはどこか白けたような沈黙のみ。同じ二年の染岡くんと半田くんは不貞腐れたようにだらけているし、一年生なんてゲームをしたりお菓子を食べたりの緩みっぷりだ。
もう一度、守が練習を呼びかけるものの、やはり誰も答えはしない。キャプテンの言葉に返事も寄越さないとはどういうことだ。

「どうしたどうした!もうずーっと練習してないんだぞ?」
「サボり過ぎるとまた特別体力強化メニューの餌食になっちゃうよ」

『特別体力強化メニュー』の言葉に何人かがびくりと肩を震わせたものの、敢えて見ないフリをしてあげた。私考案のこのメニューは、当初地獄過ぎて「できるか!!」と染岡くんに烈火の如くキレられたのだけれど、考案者である私が身をもって熟して見せれば文句は綺麗に消えたものである。その後に生まれたのはサッカー部の死屍累々なのだけれど。
しかしそんな脅し文句に怯まず、染岡くんは守の言葉にため息で返す。

「グラウンド、借りられたのかよ」
「うっ……それは、今からラグビー部に交渉して」
「だと思った」

何だね半田くん、その呆れたような声は。しかもまだ練習着にすら着替えていないとは。ええい、見せしめとしてその雑誌を真ん中から突いて破いてやろうか。新聞紙の要領で。しかしやけに勘の良い半田くんは、そんな私の思惑を読み取ったのか瞬時に雑誌を閉じて鞄に突っ込んでしまった。察しの良い奴め。
そもそもラグビー部はずるいのだ。いつもあの大きな体躯で威張り散らして、比較的小柄な守を威圧してくる。何度か私が背後にチンピラ顔の染岡くんを従えて竹箒で応戦しなければグラウンドの使用権利は完全に奪われるところだった。ちなみにその後に染岡くんからは怒られたのだけれど。

「守、先に河川敷に行ってて。秋ちゃん、守とまこちゃんたちをお願いね」
「わかった!」
「うん、任せて!」

グラウンドの権利を得ても、部員のみんながあれじゃ練習にならない。守も今回は説得を諦めてしまったらしく、早々にいつもの河川敷に向かうことにしたらしい。私もさっさとそちらに向かいたいのだけれど、残念ながら本日は日直。行くとすれば書き上げた日誌を届けてからでなくてはいけない。
と、いうことで名残惜しいけれど守は同じマネージャーの秋ちゃんに任せて、私はさっさと職員室へ。しかし、ふと職員室へ向かおうとしたところで、玄関口に私服の男の子が辺りをきょろきょろと見渡しながら立ち尽くしているのが目に入った。浅黒い肌に白髪を立てた男の子、年は同じくらいだろうか。マンモス校とは言えど、こんな整った顔の同級生は見たことがない。この時期から言っても、考えられるのは転校生といったところだろう。

「どうしたの?」
「!」

とりあえず声をかけてみれば、少しだけ驚いたように肩が震えた。警戒をあらわにし、目を見張ってこちらを見たものの、私が同じくらいの歳だと判断したのと、見るからに敵意が無いと見て安心したらしい。その肩の力はあっさりと解かれた。

「見かけない顔だね、転校生?」
「…あぁ、職員室に行きたいんだが」
「ここ広いもんねぇ、分かるよ。迷っちゃう」

職員室ならば私と行き先は一緒だ。案内するよと申し出た私に、少しだけ申し訳なさそうな顔をしたものの、素直にその提案を受けてくれた。
来客者用のスリッパを出せば、お礼を言われた。思わず、礼儀正しい子だなぁなんてどこか上から目線で内心、感心してしまう。たぶんこの子は、他のクラスよりもだいぶ人数の少ないうちのクラスになるんだろうな、なんて目星を着けながら、とりあえず明日からクラスメイトになるらしい男の子に自己紹介がてら名前を聞いておくことにした。

「二年の円堂薫だよ。よろしくね」
「豪炎寺修也だ。よろしく頼む」

なるほど、転校生くんはどうやら豪炎寺くんと言うらしい。今日は転校前日だから校長先生たちに挨拶をしに来たのだという。律儀だね、と感心したら当然じゃ無いのか、と首を傾げられてしまった。ぐうの音も出ない。
そんなやり取りをしながら職員室にたどり着き、中に居た教頭先生と一緒に校長室へと姿を消していった豪炎寺くんを見送ってから私は担任の先生の元へ向かう。近くの椅子に座っていた我がサッカー部の顧問な冬海先生がチラリと私を見たが、その目はすぐ興味無さげに逸らされてしまった。万年サボり顧問め。仮にも顧問なら仕事をして欲しいのだが。

「先生、日誌を持ってきました」
「あぁご苦労様。…そういえば円堂、さっきお前、転校生と話してたな」
「あ、はい。ここまで道案内をしてたので」

そう告げると、何故か先生は思案顔。何か思うところでもあるのだろうかと思わず首を傾げていれば、先生はまるで「名案だ」とでも言いたげに笑って手を叩いて口を開いた。

「円堂、お前が豪炎寺の面倒を見てやってくれないか?」
「私が、ですか」
「あぁ」

まぁ私は別に良い。私の予想通り、どうやら豪炎寺くんは同じクラスになるみたいだし、それならきっと席は空いてる私の隣だ。先生からしても明日改めて世話係を指名するより、早めに接触した私の方が都合が良いのだろう。特に反論は無かったので私も二つ返事で頷いておいた。





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