03


先生とそんなやり取りを終えて廊下に出ると、ちょうど校長先生たちとの話が終わったらしい豪炎寺くんとばったり鉢合わせた。さっきの先生から頼まれたこともあったしせっかく知り合いになれたので、豪炎寺くんの用事が済んだ後に稲妻町の案内がてら豪炎寺くんと並んで河川敷に向かうことにする。

「商店街はね、顔を覚えてもらうとサービスしてもらえたりするよ」
「そうか」
「上の方に行けば鉄塔広場があるんだ。景色もすごく綺麗だから、夕方か朝方に行くのがおすすめ」
「あぁ」
「…つまらなくない?大丈夫?」
「えん、…薫の説明は聞いていて楽しいから大丈夫だ」
「そっか、良かった」

円堂、だと守と呼び方がきっと被ってしまうので、私の呼び方は早々に名前の方に切り替えさせてもらった。豪炎寺くんは少々呼びにくそうな感じだったけれど、理由を話せばしぶしぶながら納得してもらえたらしい。守の名前を呼ぶのは私だけで良いじゃないかというちょっとした独占心もあるのだが。

「前の学校はどこ?」
「木戸川清修だ」
「あそこかぁ。たしかサッカーが強いところじゃなかったっけ」
「…あぁ」

ふと豪炎寺くんの声が固かったことが気になってそちらに目を向ければ、どこか顔を強張らせて俯いている彼が目に入った。その暗い表情を見て私は咄嗟に話題を変える。

「でもあの学校って制服カッコいいよね。シンプルだけど、あのデザイン好きだな」
「…そうか」
「うん、でも雷門中の制服もカッコいいんだよ。女子制服も動きやすいし。転校生ってその辺り大変だよね。制服の採寸とかもあるから」
「…男子制服は大して時間もかからないけどな」
「えっ、羨ましい」

さりげなく話題を逸らしたことで、どこか安堵したように表情を和らげた豪炎寺くんに私も思わずホッとする。前の学校で何かあったのかもしれないし、それが本人にとっての地雷なら私は踏み込むべきじゃない。
そんなことを思いつつ、日もだいぶ暮れてきたところでようやく終点の橋に差し掛かった。私の街案内はここまでだ。稲妻マークが大きくついた、鉄塔と並んでこの町のシンボルとも呼べる立派な橋。練習場所である河川敷のコートからは、守の熱の入った指導がここまで聞こえる。いつもの賑やかな練習光景に思わず頬が緩んだ。良ければ豪炎寺くんもボールを蹴っていかないか誘おうとそちらを見遣ったところ、豪炎寺くんは何故か表情に影を落として練習光景を見ていた。私は開きかけた口を一度閉じて、すぐに笑みの形に作り直す。

「案内はここまでかな。ここから帰れそう?」
「!…あぁ、すまない、案内助かった」
「お安い御用だよ。明日からよろしくね」

人間、触れられたく無いものというのは一つや二つ誰しもある。そこに触れてしまうのはマナー違反だし、仲良くなりたいなぁと思う人に踏み込み過ぎて嫌われてしまうのも避けたい。案の定、豪炎寺くんはどこか安堵したような顔をして手を振る私を見送ってくれた。しかしそこから立ち去らないところを見ると、どうやらしばらく練習風景を見ていくようだ。サッカーに対して忌避感はあれど、サッカーが別に嫌いというわけではないのかもしれない。

「秋ちゃんお待たせー」
「あ、薫ちゃん。随分遅かったじゃない、珍しいわね」
「ん、ちょっとね」

何となく豪炎寺くんのことを話すのは憚られて言葉を濁してやり過ごす。
タオルや飲み物の補充をしてくれていた秋ちゃんによると、練習はもうあと少しで切り上げてしまうところらしい。…私としたことが、豪炎寺くんへの案内が楽し過ぎて時間を忘れてしまっていたようだ。守との時間を減らしてしまうなんて私にしては珍しい。

「あっ、薫お姉ちゃんも来たー!」
「来たよー」

子供たちの中でも紅一点なまこちゃんに目敏く見つかって抱きつかれる。相当な時間練習していたようで、元気なテンションとは裏腹に顔には疲労が見えた。顔についた土埃をタオルで拭ってあげれば、嬉しそうにお礼を言われる。ここの子供たちはみんなサッカーに一生懸命だから、時間も疲れも忘れてしまうのかもしれない。それを止めるのが私たちマネージャーの仕事なのだけれど。

「今日もね、私がいっぱいシュート決めたの!」
「そっかぁ。まこちゃんは、将来すごいストライカーになるね」
「うん!」

自分の好きなことに夢中になっている人は、年齢性別問わずキラキラと輝いていて私は好きだ。だからこそ守もこの子たちの面倒を見ているのだろう。顔を上げてゴールを見れば、守もこちらに向けて手を振っていた。…でも、それでもやっぱりこの子たち相手では練習不足は否めない。今日はこのまま鉄塔広場行きかと考えていれば、しかしその直後に事件が起きた。絶好調のまこちゃんに負けまいと張り切った男の子たちが勢いよく蹴り飛ばしたボールが、たまたま通りがかった高校生に当たりそうになったのである。瞬時にキレて怒鳴り散らす高校生たちに対して守が謝りに駆けつけたものの、謝られただけでは溜飲の下がらなかったらしい高校生は、ここで信じられない暴挙に出た。

「うぐっ!?」
「守!!」

守が苦悶の表情でお腹を抱えて蹲るのを見て、高校生の顔が悪意の笑みに歪んでいたのを見て、頭が沸騰するように熱くなるのが分かる。今、この人たちは、よりにもよって守のことを殴ったのか。
思わず激情のままに飛び出そうとする私を秋ちゃんがしがみついて止めてくる。苦痛に満ちた表情の守も、私に向けて「来るな」と言いたげな目をしていた。でも我慢が出来ない。誰よりも優しい守を傷つける奴だけは、絶対に許さないと決めていたから。

「ッまこちゃん!!」

だから、あの高校生たちが蹴り飛ばしたボールがまこちゃんに向けて勢いよく飛んで行った時、絶対にボコボコにしてやろうと思ったし、土手の上から飛んだ豪炎寺くんがそれを蹴り返して高校生の顔面に叩き込んだ時は正直言ってスッキリした。
守のサッカーやろうぜ!という誘いを無視して去っていくのはいただけないけれど、何かしら事情があるようだし、ここは守を抑えた方が良いかもしれない。本当は今すぐにでも引き止めて、お礼を言いたかったんだけどな。





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