アストライアの宣告





帝国戦に続いて第五試合目も無事に勝利という形で終えた私たちは、いよいよ最終戦となる第六試合目を控えることになった。雷門の現在の勝ち点は十二。私たちが全国に進むためには、どうしてもあと一つの勝ちが必要になってくることが確定している。

「まあ、何だかんだ全力で取り組む。私たちにできる最大の努力は、それだけだよ」
「そうですよね!」

意見の合った明日人くんとハイタッチしておく。その通り。相手が強かろうが弱かろうが同じくらいだろうが、私たちに残された道は一つ。勝つことだけだ。だって勝たなければ終わってしまう。それくらい自分自身を追い込む気持ちで挑まなくてはいけない。
そう決意を新たにしていれば、ふと明日人くんが何かを思いついたように声をかけてきた。

「薫先輩!良ければ明後日の星章の試合、一緒に観に行きませんか!?」
「星章の?」
「はい。実は、他のみんなは予定を入れてるみたいで…俺も一人で行こうかと思ってたんですけど、せっかくなら薫先輩もどうかと思って!」

なるほど、たしかに一人だと観戦には行きづらいもんね。誰かと観た方が楽しいことは楽しいし。私も明後日は特に予定は無かったから、その誘いに乗ってしまうとしよう。

「いいよ、楽しみにしてるね」
「はい!」

…でも、それにしても明日人くんって実は、星章のことというか、灰崎くんのことめちゃくちゃ大好きなのでは?初戦であれだけボコボコにされていたというのに。私だったら「絶対いつかボコボコにやり返してやるからな」という気持ちになってしまうのだけれど。…でもそうやって、敵味方問わずサッカーのことなら夢中になってしまうところ、私は明日人くんの良いところだと思うけどね。

「…絶対、本戦に上がって星章にリベンジしようね」
「もちろんです!」

だからこそ私だって自分の全力を尽くして挑みに行くし、灰崎くんのあのつまらなさそうな顔をギャフンと言わせてやりたい気持ちだってある。特に、最近灰崎くんとは電話のやりとりを通して勉強を見てあげているのだが、近頃私に慣れてきたせいもあるのか割と生意気なことを言うようにもなってきたので。大人げないなどと言わないでほしい。私だってまだ子供なのだから。

『いちいち細かいんだよお前』
『細かくないですぅ!凡ミスばっかりの灰崎くんが悪いんでしょ、文句言わないの。ほら解いた解いた』
『…チッ、世話焼きババアかよ』
『今何か言った!?』

本当に、生意気で、嫌になる。まあ確かに言い出したのは私なので、絶対に私からは投げ出すつもりもないのだが、かくいう灰崎くんだって普通に嫌々言いながらも教わってるのだから割と悪い気はしていないのでは?それならちゃんと文句言わずに聞いてほしいとは思うけども。

「絶対、次までに一次関数を叩き込んでやる…!」
「何か燃えてますね…?」

思い出した怒りを燃料に、突然メラメラと決意を露わにした私に明日人くんは当然のように置いてけぼりでキョトンとしていた。ごめんね、自分のことに夢中になって。本当に申し訳ない。





…とか何とか、思っていたのが記憶にも新しいつい昨日の話。何なら昨夜も電話で勉強教えてたら「うるせえ」と反抗期の息子の如く文句をかましてきたので「絶対に泣かす」と決意を強めたくらいなのだが。
今、ここでそれを思い出すととても気まずくてどうしよう。

「……」
「……」

今現在私は、買い物がてら隣町のスポーツショップに来ていたのだが、サッカーコーナーにて明らかに見たことのある星章学園のキャプテンくんと鉢合わせしてしまった。向こうも私のことは知っていたらしく、その時はお互いに会釈するだけで終わった。…しかしその後も、私たちはレジの列で鉢合わせ、信号待ちでかち合い、挙句の果てには案内されたカフェの席が彼の隣だった。お互いに思わず顔が引きつってしまったのは当然の帰結であったし、何なら店員さんに相席をお願いされたりもした。どうして。

「……せ、星章は、練習お休みなんですか?」
「あ……今日はオフの日だったので…そちらも?」
「今日はたまたま……」

……いや私はいったい何を言っているのだろうか。どう考えても口にする言葉の順序が違う。お互いに顔は知っているとはいえ、話すのは初めてなのだ。それならきちんと挨拶をするのが筋ではないだろうか。
そう考えて私が彼の方を見ると、水神矢くんも同じことを思っていたらしく、バチリと目が合ってしまった。申し訳ないが、先鋒は私が行かせてもらおう。

「…知ってるかもしれませんが、初めまして。雷門中の円堂薫です」
「あ、いえ、こちらこそ初めまして。星章学園の水神矢成龍です」

私が頭を下げると、向こうも慌てて頭を下げ返してくれた。試合の時から思っていたが、とても律儀で好感の持てるキャプテンくんである。そして、敬語も「自分の方が年下だから」ということで外すように言われたので、遠慮なく普通に話させてもらうとしよう。

「……鬼道くんは、元気?」
「はい、いつも俺たちを指導してもらっています」

とりあえず何か話さねばということで、私が話題に上げたのはここにはいない鬼道くんのこと。だいぶぎくしゃくして、前なんて私の方から逃げてしまうほどに気まずい中になってしまったが、それでも私は彼のことが嫌いになったわけではない。……むしろ未練がましいと笑われても可笑しくはないが、今でも大事な仲間だと思っている。向こうは最近雷門の試合をちょくちょく見に来ているらしく、帝国戦の前は明日人くんが話しかけられたと騒いでいたっけ。

「鬼道くん、みんなと上手くやれてる?ときどきやることなすこと容赦ないから、なんか誤解されてそうで心配だな」
「はは……たまに言われることもありますが、俺たちを思ってのことだと理解しているので」
「そっか、それならよかった」

そのせいで、雷門に来たばかりの頃に半田くんと衝突しかけた過去があるからな。特に灰崎くんとなんて、割とぶつかることが多いのでは?……なんでだろう、そう思うと母親と反抗期の息子みたいな関係図が浮かんでくるのは……。

「円堂さんは、鬼道さんと連絡を取っていないんですか?」
「……うん、ちょっとね」
「……すみません、言いにくいことを聞いてしまいましたか」
「そうじゃないよ。……私が悪いの。鬼道くんは悪くない。私が、つまらない意地を張って逃げただけ」

むしろみんなは、私を引き留めて向き合おうとしてくれた。それに対して劇的な変化を恐れて振り払って、どうしようもなくみんなの優しさを踏み躙ったのが私。それだけのことだ。私だけが悪い。

「でも、このままでも駄目だってことは分かってる。だから、変わりたいの」

前のままの私じゃきっと、同じことをくり返す。臆病な私では、大切な人を何度だって傷つける。それが最善だと言い聞かせて、誰かの優しさを跳ねのけて。一人で生きていけるわけがないことを知っているくせに、強がりで意地っ張りな私のままじゃ。
だから、明日人くんたちと頑張るって決めた。少しずつでも前進するって決めたのだ。そうすれば今度こそ、前よりもかっこよくなった私で、私はみんなに向き直ることができる。堂々と歩ける。……たとえ、もう許されなかったとしても。

「……前に、鬼道さんから雷門中での話を聞いたことがあります」
「……」
「あなたの名前を聞いたわけではありません。……それでも、『雷門は、自分をただの鬼道有人にさせてくれた場所だ』って言っていました」
「!」
「その一員に円堂さんがいたんでしょう?……それならきっと、鬼道さんは怒っても、憎んでもいないと思いますよ」

……それが本人の口から直接聞いた言葉ではなかったとしても、そう言ってもらえるだけで救われるものがある。鬼道くんにとって、雷門という場所は今でも大切な場所なのだと言ってもらえたようで、それがとても心を穏やかにさせてくれた。水神矢くんはそんな私を見て、今度は茶化すように言葉を付け加える。

「それに、円堂さんみたいな優しい方に怒るくらいなら、気性の激しいウチの悪魔の方が先にキレられてますよ」
「……灰崎くん、絶賛反抗期みたいな感じだもんね…」

多分、鬼道くんのことだから上手く飼い慣らしているのだろうけど。前の試合でもそう思ったが鬼道くん、彼は見ないうちに人を転がすスキルが磨かれつつあるのでは?敵同士だった時もそうだったし。うーん、恐るべしピッチの絶対的指導者だ。

「……灰崎と知り合いですか?」
「前に一緒に買い物したことあるよ」
「え」
「今じゃ電話で勉強を教える仲です」
「通りで最近小テストの点数が上がったと……」

初耳だったらしい。もしかして誰にも言っていないのだろうか。そりゃまあ、他校の人間と親しいなんて言いにくそうだもんね。私も黙っておいた方がよかったかもしれない。というか何で水神矢くんが灰崎くんの小テストの点数なんて把握しているのだろうか。お母さんか?

「チームメイトにもよく言われます……」
「何かごめんね……」

よく言われることだったらしい。遠い目をしていた。
しかしそこから怒涛の「灰崎くんをどうやって手懐けたか談義」が始まり、水神矢くんの「負けず、折れず、あっちが根負けするまで話しかけ続ける」という戦法を私が褒めたたえ、私の「向こうの言い分を全て聞き流したうえでこちらの土俵に引きずり込む」という荒業も良いところな手法に水神矢くんが唸るという、なかなか白熱した談義ができたのではないかと思っているし、店を出る頃にはメルアド交換もしていた。急展開が過ぎる?私もそう思う。

「今度はよかったら灰崎くんも一緒にお茶でもできたらいいね」
「そうですね。……よければ、鬼道さんも」

……うん、きっと、それが一番の理想だね。私次第のことではあるけれど、水神矢くんの言う通りいつか今度は四人で話せたら嬉しいんだけどな。
黙り込んでしまった私に、水神矢くんは分かっているように頷くと、今度は真剣な顔つきで私を見つめる。……それがあまりにも本気の顔をしていたから、私も思わず真顔になって見つめ返してしまった。

「もしも次に当たるときは全国だと思いますが……俺たちは負けません、絶対に」
「私たちだって負けないよ。だから、お互いに頑張ろうね」

星章の第六試合目は明日。明日人くんと観に行くと約束した試合だ。そこでもきっと彼らは危なげなく勝利を治めるのだろう。…私たちも、そこに追いつかなくてはいけない。そんな気持ちを込めながら水神矢くんと固い握手を交わして、お互いに宣戦布告を突きつける。……そうだ、負けるもんか。あの試合のように圧倒的な差なんてつけさせない。みんなも成長してきたし、私だって絶対に負けるつもりはないのだ。……絶対全国に行く。そうすることで、私自身も新しい一歩を踏み出せると信じているから。