The hometown of the girl


空港からバスに揺られること二時間。そこから徒歩三十分をかけてようやくたどり着くそこに、私の生まれ育った故郷がある。町の名前はマサラタウン。地方名はカントー。他の地方からすれば最古のポケモンリーグと呼ばれるセキエイリーグがあることから、ポケモントレーナーにとっては憧れの聖地でもあるらしい。バスに揺られながら、だんだんと懐かしい景色に変わっていくのを眺めつつそんなことを思う。

「…みんな、元気かなぁ」

私がホウエン地方にある会社に就職したのが今から三年前のことで、最後に帰ったのは二年前のお正月だから、実に約二年ぶりの帰省だということになるのか。通りで、記憶の中にある景色とは風景が少しずつ違っているはずだった。
しばらくして、目的地である最寄りのバス停に着いた私が荷物を抱えて降りると、向こうから誰かがこちらへ手を振っているのが見えた。よく見ればそれは、昔から私が大層可愛がっている幼馴染みのうちの一人で。

「タイミング、ちょうどだったな姉ちゃん」
「グリーンくん、元気そうで良かったぁ」

彼の相棒であるピジョットに乗って、悠々とこちらまで飛んできたグリーンくんが私の前に降り立つ。少し見ない間に身長の差がまた開いていて、男の子の成長速度をしみじみと感じられて何だか感慨深かった。どうやらそんなグリーンくんは、私が今日帰ってくることを聞いてわざわざ来てくれたらしい。荷物持ちを志願してくれたので、ありがたく手提げバッグを一つ渡そうとすれば、呆れたような顔でキャリーバッグを奪われた。

「えぇ、良いよ、私の荷物なんだし」
「そうやってまだ小さいガキ扱いすんの、姉ちゃんくらいだぜ」

いやたしかに背丈は大きくなっても、私にとっては昔のグリーンくんという可愛い頃の姿も知っているから、甘やかしたくなるのは必然的だというか。それに年下を使うだなんて年上として申し訳ないというか。そう言えば「姉ちゃんらしい」とグリーンくんに笑われてしまったのだけれど。私らしいって何だ。

「ま、姉ちゃんがピジョットに乗れんのなら話は早いんだけどな」
「ごめんなさい」

たしかに交通機関があまり発達していないこの辺りでは、主にポケモンでの移動が主流だ。グリーンくんのようにピジョットなどのひこうタイプのポケモンで空を飛んだり、ドードーなどを利用して地面を走らせたり。でも生憎、私は高所恐怖症なのだ。ピジョットで空なんか飛んだら即座に気絶する自信しか無い。それにドードーのような移動が可能なポケモンも持っていないしね。

「そういえばレッドくんは?元気?」
「あー…あいつは…な…」

話題を変えようと、とりあえずこの場に居ないもう一人の年下の幼馴染みの名前を出してみれば、グリーンくんはどこか気まずそうな顔で言葉を濁す。レッドくんに何かあったのだろうかと思わず心配になれば、グリーンくんはそんな私を見て観念したような面持ちで口を開いた。

「…また、シロガネ山に籠ってんだよ」
「また!?」

レッドくん、何とまたあのシロガネ山に籠もって居るらしい。一定の強さを超えている人でなければ入山すら許されない山なのだけれど、当然私はそこに足を踏み入れたことすら無い。カントー地方とジョウト地方のバッジは持ってるけどね。でも四年半はかかってるので。リーグ戦にも挑戦してないし。

「まぁ、あいつなら大丈夫なんじゃねーの。姉ちゃんからガツンと言えば、大抵は言うこと聞くだろ。姉ちゃんが甘やかさなければの話だけどな」
「う」

仕方ないじゃないか…。レッドくん昔から私へのおねだりが上手で、彼を本当の弟のように可愛がってきた身としては、叶えてやりたくなっちゃうんだから。あのしょんぼり顔はとてもダメ。良心が痛んでしまう。それにグリーンくんも同じような手を使って私にお願い事をしてくるじゃないか。同罪だぞ。あっ、こら、目を逸らさないの。





グリーンくんとえっちらおっちらのんびりと道を歩いてようやく辿り着いた私の故郷、マサラタウン。時折見かける近所の方々も、まだ私のことを覚えていてくださったのか、道すがら気さくに声をかけてくれる。それが嬉しくて思わずにこにこしてしまえば「顔が緩んでるぞ」とグリーンに呆れられてしまった。仕方ないじゃないか。

「ただいまぁ」
「あら、お帰りなさい」

マサラタウンの一番端っこ。農家を営むがゆえにそこそこ広大な土地を所有する我が家の玄関をくぐれば、どうやら料理中だったらしいお母さんが出迎えてくれた。向こうのリビングでは、お父さんが新聞を読む背中が見える。自分のことは棚に上げるようだけど、相変わらず二人ともマイペースだ。我が家の血筋を確かに感じられてしまうね。

「グリーンくんもありがとうね。この子を迎えに行ってもらっちゃって」
「いえ、これくらいお安い御用ですよ」
「グリーンくん、部屋の方に行こうか。まだ時間ある?」
「今日は一日完全オフにしてある」

私の迎えのためにわざわざ休みを取ってくれたらしい。なんて良い子に育ったのだろうか。昔はあれだけ反抗期で尖ってたのにね。しかしそれを口にすれば拗ねることは間違いなしなので言わないことにする。グリーンくんを連れて私の部屋に向かおうとすれば、ふとお母さんがそう言えばと口を開いた。

「ナズナ、あなたの部屋にレッドくん通しておいたわよ」
「レッドくん?」
「えぇ」

それは大変だと早足で廊下を歩き、懐かしい私の部屋の扉を開ければ、中から誰かが猛然と突っ込む勢いで私に抱きついてきた。こうして脇目も振らずに甘えてくる様子…これは…紛れもなくレッドくんではないか…!

「…姉さん」
「レッドくん、元気そうで良かったぁ」
「レッドお前…いつ下りてきたんだよ」
「…昼前」
「ほんの一時間前じゃねーか!!先にお袋さんに顔出せ馬鹿!!」

おぉ、どうやらレッドくんはシロガネ山から下りてきた後、直行で我が家にお邪魔していたらしい。しかしまだレッドくんママに挨拶していないとな。それはいけないぞ。後でで良いから一緒に挨拶しに行こうね。そう言えばレッドくんは黙って頷き、グリーンくんに向けてドヤ顔を決める。喧嘩が始まるから止めなさい。
とりあえずその場は丸く収まり、私たちの話題は近況を報告し合う流れになった。レッドくんはグリーンくんも言っていた通りシロガネ山在中。グリーンくんは相変わらずジムリーダーを勤めながらも、最近はどうやらオーキド博士の研究の手伝いもしているらしい。忙しいことだ。

「姉ちゃんは急にどうしたんだよ。今の会社、やり甲斐があるって喜んでたじゃねーか」
「ううん…あの…ちょっといろいろあって…」
「?」

…あまり聞いてて楽しい話ではないのだけどな。できるならこんな情け無い話、二人には聞いて欲しく無いし。でも、言葉を濁す私に何か複雑な事情があると察したらしいグリーンくんとレッドくんの目が「話せ」と語っている。そんな有無を言わせないような目をしなくても。

「…えっと…半年前に、部署移動で上司が変わっちゃったんだけど」
「あぁ、姉ちゃんが尊敬できるって言ってた上司がか」
「うん。それで、まぁ当然新しい上司ができたんだけどね、あの、その…ね…セクハラを…受けてしまいまして…」
「あ゙?」

…グリーンくんが怒っている…!レッドくんも一見すると分かりにくいが、その目からはなけなしのハイライトが消えたし、つまりは二人とも絶賛怒っていた。恐らく私の事情を聞いて。いつもなら優しいなぁ、なんて呑気なことを考えるのだけれど、今はそうもいかない。放っておけばあの会社にカチコミに行きそうな雰囲気。それだけはいけない。

「だ、大丈夫だよ、もう辞めたし。今や赤の他人なんだしね、ね!?」
「…でも少なくとも姉ちゃんはそいつのせいで嫌な思いしたんだろ。それなら一発くらい入れてやらないと気が済まねーだろ」

…あぁ、優しい子たちだ。私みたいな平々凡々の、何の取り柄もないような幼馴染みなんかにも気を配ってくれる優しい子に育ってくれた。何せ私はこの子たちが生まれた頃から面倒を見ているので、彼らの成長の様子もしっかりばっちり目にしているのである。私と違って、ポケモンバトルで輝かしい成績を残したこの子たちはきっとこれから先、この地方を背負って立つ存在になるのだろう。いや、既にもうなっているのかもしれないけど。

「…本当に姉ちゃんは甘いんだよ」
「…うん」
「そうかな…」

呆れたような顔をされたものの、でもこれが私の生き方なのだから仕方ないと思うのだ。人は恨みたくないし、なるべく仲良くして生きていたい。そんな日々を送りたがる私は、果たして間違っているのだろうか。

「ま、姉ちゃんが甘いなら、今まで通りおれらが厳しく見りゃ問題ねーよ。な、レッド」
「…」
「ありがとう、二人とも」

年下の二人に面倒見てもらうような形になっているのは本当に申し訳ないけれど、頼りがいのある二人だ。これからもぜひ頼らせてもらうことにしようじゃないか。




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