The girl performs an encounter
退職して今は無職となった私、良い歳して無職は少し…いや、だいぶ外聞が悪いので、私は「休んでいても良い」と言ってくれるお母さんたちに頼み込んで農場のお手伝いをすることにした。これでも昔からお手伝いはしているし、農場といっても卸すのはこの街のお店くらいなので規模もそこまで大きくない。親孝行だと思ってしばらくは一生懸命働かせてもらうつもりだ。
レッドくんとグリーンくんも、あれからちょくちょく我が家に遊びに来てくれる。レッドくんなんかはしばらく山には戻らないで、後輩のバトルの相手をしたりするそう。しかもなんとその後輩くん、かつてレッドくんがたった一度だけ敗北を喫した相手らしい。でもそれ以来はずっと勝ちっぱなしだと自慢げだった。レッドくんは案外負けず嫌いだから、一度の敗北も相当悔しかったのだろう。それが見てて分かって微笑ましかった。
「おーい」
「!いらっしゃい、グリーンくん。お仕事終わったの?」
「いや、今日は遊びに来た訳じゃねぇんだ」
そして今日もお仕事を終えたらしいグリーンくん。その後ろにはレッドくんも連れているものの、しかしどうやら今日は我が家に遊びにきた訳ではないらしく、少し顔を見にきただけらしい。どうやらグリーンくんの上司の方がオーキド博士も交えてお仕事の話をしに来るそうだ。レッドくんはともかく、グリーンくんはトキワジムのジムリーダーだから、その上司と言えばセキエイリーグの方なのだろう。ということは、たぶんとても大切で重大な仕事。大変そうだね。
「あ、お母さんがグリーンくんの家に野菜持っていけって言ってたから、後でまたお邪魔するね」
「おう、わかった」
オーキド博士になんかは昔からお世話になってるからね。お母さんもこんな危なっかしい娘が無事に帰って来られたのは、オーキド博士のサポートがあったからこそだと感謝してるし。いや本当にオーキド博士には頭が上がらないのだけれど。
「ふっしー、今日もお手伝いよろしくね」
自分のお家へ戻っていくグリーンくんたちの背中を見送り、私も仕事を始めようとモンスターボールから頼もしい相棒を呼び出す。この子は私が初めて旅に出たときにオーキド博士から頂いたフシギダネの最終進化系、フシギバナのふっしーだ。私と同じ女の子で、旅の最中も何かとドジを踏みやすい私のサポートをしてくれたとても良い子。他に居た手持ちの子たちは、もう私がバトルをしないからと野生に帰してしまったが、フシギバナは頑として私から離れようとしなかった。だから今も一緒にいるのだ。
「これ終わったらふっしーも一緒にオーキド博士のところに行こうね」
そう言えばふっしーは嬉しそうな鳴き声を上げた。ふっしーにとってオーキド博士は、私の手持ちになるまでのおやだ。今は私がおやである以上、祖父的な立ち位置かもしれないが。
そしてそんな鼓舞が効いたのか、ふっしーの奮闘で畑仕事は意外と早く終わってしまった。段ボールに畑の野菜をいっぱいになるまで詰めて、さっそくグリーンくんの家に向かう。この前はオーキド博士は出張で留守にしてたから、今回こそ一目くらい顔を見られたらいいな。
「こんにちは」
そう思いながらのんびり歩いてたどり着いたグリーンくんの家のインターホンを鳴らす。家の中でリンゴンと音が鳴り響いたのが聞こえたけれど、しばらく静寂が続いた。留守なのだろうか。そう思って首を傾げていれば、奥の方からドタバタと慌ただしい足音が聞こえる。やや乱暴に開け放たれたドアの向こうに居たのは、どうやらここまで走ってきたらしいグリーンくんだった。
「悪りぃ、じいさんの研究所の方に居た。それ野菜だろ?」
「うん、今回もたくさん良いのが採れたよ」
「サンキュー、みんな喜ぶぜ」
段ボールいっぱいのそれをふっしーからグリーンくんに渡してもらい、これでお使いは終了。私の役目もこれで終わりだ。…ところで一つ気になるのは、その研究所に居るらしき二人の上司さんのこと。どうやらまだお仕事中だったらしい。
「もしかして、研究所に居るのはグリーンくんたちの上司さん?」
「会わせねぇぞ」
「まだ何も言ってないのに」
いや、たしかにいつもグリーンくんたちがお世話になっていることへの挨拶がしたかったから、会ってみたいなぁとは思っていたけれど、グリーンくんたちもお仕事中なんだし諦めようとしていたところなのだ。なのにその即答。そんなに私は信用が無いのだろうか。
「何をしとるんじゃ」
「じいさん」
「オーキド博士!」
「おぉ、ナズナくん。元気にしとったかの」
「はい、元気です」
玄関先でグリーンくんと話していれば、彼の戻りが遅いのが気になったのだろう。オーキド博士がやってきた。そして久々の邂逅となる私に嬉しそうな顔で出迎えてくれる。
「少し上がっていかんかね」
「いや、じいさんそれは…」
「お邪魔しまーす」
「姉ちゃん…」
グリーンくんには申し訳ないが、私はちゃんとその上司さんに挨拶がしたい。何故か慌てたような困ったような顔をするグリーンくんを宥めながら、オーキド博士の先導で研究所の方に足を踏み入れた。ここに入るのも久しぶりだった。
そして、研究所の応接室にその上司さんとレッドくんは居るらしく、私はオーキド博士が入るその後に続けてひょっこりと顔を出した。
…そして、最初に目に入ったのは膝ほどにまで長く揺れている黒地のマント。そしてまるで火のように赤い髪。意志ある瞳を持つ、端正な顔立ちをした凛々しい男の人がそこに居た。まさか来客が居るとは思わなかったのか、驚いたように目を見開くその人へ、私は慌てて頭を下げる。
「はじめまして、いつもグリーンくんたちがお世話になってます。ナズナです」
「…あぁ、こちらこそ。おれはワタルだ」
何故か少し惚けていたものの、即座に名乗り返してくれたワタルさんと握手を交わす。ワタルさんといえば、あのセキエイリーグでチャンピオンを務めた経験もあるすごい人だ。ドラゴン使いであることでも有名だし、そんなすごいトレーナーさんを上司に持つグリーンくんたちもすごいね。
「グリーンくんたち良い子なので、これからもどうぞよろしくお願いします」
「勿論だ。…グリーン、良いお姉さんじゃないか」
「…分かってますよそんくらい」
仕事の邪魔をしてはいけないから、と簡単なご挨拶だけ済ませて家に帰ることにする。今日は何かラッキーだったな。有名人と直接話せることなんてほとんど無いし、それがあのドラゴン使いのワタルさんとなればなおさら。何せ、地方を越えてその知名度は高いのだ。ホウエン地方に居たときもよく四天王のゲンジさんが雑誌のインタビューなんかで、「尊敬するドラゴン使い」として名前を挙げていたこともあるから、カントー地方出身としては鼻が高かった。
「グリーンくんたちのことについても、いろいろ話を聞いてみたかったんだけどな」
それが心残りで仕方ない。まぁ、相手は有名人でとても多忙の人だ。私みたいな一般人と話す暇なんて一つも無いだろうし、それはまた追々グリーンくんたちから直接聞けば良い。…そう、思っていたのだが。
「…あなたがナズナさんかしら?」
「え、あ、はい…」
三日後、畑仕事に精を出す私の目の前に姿を表したのは、やはり私も知っているあのセキエイリーグの元四天王、こおりタイプの使い手であるカンナさんだった。そんな人が私に何の用事なのだろうか。野菜を直接買い付けに来てくださった?
そんな風に目を白黒させていれば、彼女は一つ小さな咳払いをして口を開く。
「あなた、セキエイリーグの職員として、うちで働く気はないかしら?」
…なんと、彼女の目的は野菜の買い付けではなく、絶賛無職な私の勧誘であったらしい。