一難去って百難

この世の少年少女の摂理というものは思った以上にシビアである。第二次性徴なるものが人生の中でのメインイベントとして組み込まれているせいで、体格も変われば体の作りも著しくチェンジする。特に女の子は男の子よりもそのイベントが訪れるのが早いからして。
ニョキニョキニョッキリと大きくなった私の身長は小学校六年生にして現在160センチ。クラスの中でも巨人の域に入る私であるが、やーいデカ女〜!と揶揄うような男子はさすがにおらんかった。逆にプライドをばんばか刺激されあそばされて床に崩れ落ちていた。なんかごめんよ。

「でもたしかに羨ましいですよ、その身長」
「虎ちゃんも?」
「はい。だってサッカーでも空中戦で有利じゃないですか!」

その話を、同じサッカークラブに所属する後輩の虎ちゃんこと宇都宮虎丸にしてみたところ、拳を握って力説された。さすがはサッカー大好き少年。その辺り揺るがない虎ちゃんが私は好きよ。ちなみに可愛い可愛い二個下の下級生である虎ちゃんは、サッカークラブのエースだったりするのだ。

「悠さんは中学校に入ってもサッカーを続けるんですか?」
「もちのろんよ。むしろ私にサッカー以外が出来たと思うんか」

聞いてみたところ、そっと首を横に振られた。哀れむような目を止めれ。いやでも正直なのはとても良いこと。素直な証として受け取っておきますよ。
それにしても寂しいな。中学校入ったら虎ちゃんとは滅多に会えなくなるし、一緒にサッカーも出来なくなってしまう。でもまぁ二年耐えれば虎ちゃんも雷門生。つまりはまた一緒にサッカーできるよやったね虎ちゃん!

「でも女子は男子と一緒にプレーできないんじゃ…」
「シンプルにこの世がクソ」
「女の子がそんな言葉を使っちゃ駄目なんですよ」
「虎ちゃん紳士〜」

虎ちゃんはクラブに入った当初から私をよく慕ってくれるバッチリ良い子なのである。あのクソ生意気なガキ連中の中で唯一私に敬語を使う子でもあるのだ。舐められてるって言ったやつ今度鉄塔の上から突き落とすからな。もちろん、だからといってよそよそしい訳でも無い。ただ単に最低限の礼儀を弁えているということ。

「でも頑張るよ。女子が試合には出られんからと言ってサッカーが出来ん訳では無いしね。ボールとグラウンドとゴールとキーパーさえ居ればサッカーなんていつでも出来るじゃないか」
「思ってたよりいろんなものが必要ですね」

虎ちゃんよ、それを言ってはいけない。それにグラウンドとゴールとキーパーの無いサッカーなどただの球遊びではないか。だから私はそれだけは譲れないのである。
まぁそんな虎ちゃんに見送られ、私はこれまで五年間通ってきた学び舎を旅立った。これでも元転校生で二年生の頭に転校してきたから純粋な卒業生では無いんだよな。ちょっと惜しいで賞。
そして入学した雷門中。やべぇ!でけぇ!すげぇ!の感想しか出てこないような巨大な施設に狼狽えそう。実際狼狽えて先生に怪訝な顔で見られた。恥ずか死ぬ。しかし私はここで狼狽える訳にはいかぬのだ。右手に入部届を携えていざ向かうは職員室。サッカー部顧問だという冬海先生の元へ行き、夏の田舎でエンターキーを叩き押す男子高校生が如く「お願いしまぁぁぁぁぁす!」と書類を差し出したがしかし。

「サッカー部が無い!?!?」
「えぇ、既に昔から」

すげぇよこの世が世紀末。サッカー部が無いとか終わってんじゃないかこの学校。サッカーと言えば老若男女問わずして人類全てを夢中にさせるスポーツだぞ?何故無くて良いと思った。そして何故誰も疑問の声を上げない。一人でデモ行進して訴えるぞ。虚しいね。
そして思わず膝から崩れ落ちた私に奇怪なものでも見るかのような目を向けるのはやめろ。教育者が生徒を見るときにして良い目じゃない。だがだがだがだがだがしかし、それにしてもショックなものはショック。
けれど捨てる神あれば拾う神あり。さすが日の本八百万の神の国。そのオレンジバンダナ少年が現れたとき、まるで絶対絶命のピンチにかけつけたヒーローに見えたね。日曜朝の主役はお前。

「俺、円堂守!君は?」
「浅野悠だよ、よろしく円堂!」

いや〜〜〜本当に最高マジハッピー。円堂みたいなサッカーガチ勢と知り合えたなんて幸先が良いのではなかろうか。私はあいにく選手となる訳だが、マネージャーをしてくれるらしい木野ちゃんも可愛いし優しいしで言うことなし!その後に仲間になった染岡と半田もまあまあ良いやつだし、まだ合計五人のサッカー部だが、なんとか上手くやっていけそうじゃないか!!

「なぁ!まもたろう!!」
「まもたろう!?」

そんなこんなでぽぽぽぽ〜んと時間は飛んで現在は中学二年生!後輩が四人も入ってきてくれたおかげで人数も増えた!!だというのに何ということでしょう!!あれだけやる気と情熱を持ってサッカー部に入部したはずの皆の衆、呆気なくやる気を失っていらっしゃるではないか!!嬉しく無いビフォーアフターにひっくり返りそうですよ。…いや、原因は分かっているのだ。私や円堂、そして他のみんなのやる気に対して向けられる現実が非情なのである。
サッカーする場所もねぇ。練習を見てくれる指導者もいねぇ。まずそもそも人数が足りないから試合にも出られねぇ。ねぇねぇねぇ尽くしの現実に、みんなはとうとう心が折れてしまったのだろう。

「…ま、仕方あるまいよ。やる気は人それぞれ。私たちの気持ちを押しつけるのはお門違いってやつだわな」
「でもさぁ…」
「円堂がキーパーの練習したいなら私が付き合うよ。ろくなシュートも撃てないかもしれんけど、しないよりはマシだろうし」
「おう!」

円堂はいつだって真っ直ぐだ。サッカーに一途で仲間思い。まるで、サッカーというスポーツをするために生まれてきたかのような男の子。そういう清々しく眩しい生き方を見ていると、こちらまでなんだか釣られて前を向きたくなってしまう。だから私は円堂とサッカーをするのが好きなのだ。

「それに染岡たちも、別にサッカーが嫌いになったわけじゃないんだから」
「…そうだよな!」

今はただ、この報われない状況に拗ねているだけだ。いずれは吹っ切れてまたサッカーをしたがるに決まっている。今よりずっと不遇だった去年の一年間を耐え抜いてきたメンバーなのだから。
まぁ、それがしばらく長引くようなら引きずってでも連れ戻すけどね。

「帝国学園と練習試合??」
「おう!」
「おうじゃ無いわ」

そんな設立二年目して難関を突きつけられた雷門中サッカー部であったが、つまづいた先には割りかし良いことが多くあった。まず、練習試合の申し込み。昨年まではメンバーが足りないせいで試合なんてとてもじゃないと出来なかった訳なのだが、何故か今年に入って突然申し込みがあったのだ。私はひっくり返った。しかも相手はあの帝国学園。みんな揃ってひっくり返った。おまけに負ければ廃部と聞いて私はとうとう後頭部を打った。心配してくれた秋ちゃんが好きよ。

「しかしメンバーが足りぬぞ円堂氏」
「集める!」

円堂ならそう言うと思って看板を用意しておいた私は偉い。めちゃくちゃ優秀ではなかろうか。そう言ったら首を横に振った染岡半田一年一同。後でしばき倒すぞ。
まぁ、そんな訳でその日からが勧誘合戦の始まりだった。部活動生や帰宅部を問わず声をかける円堂をよそに、私が狙ったのは帰宅部一択。正門前で待ち構え、男女分け隔てなく声をかけた。しかしやはり帰宅部を選ぶ生徒は運動嫌いや運動が苦手だと言う人がが多くて、箸どころか爪楊枝にさえかからないという始末。しかしそこで、私はとある一人の男子生徒に目をつけた。そこらの女子生徒が振り返るほどのイケメン!君に決めた!

「へい!そこのナイスガイ!サッカー部に入らないかい!?」
「断る」
「即答!!!」

流れるような返答。そんなあっさりばっさり切り捨てなくても良くない。もっと真摯に対応してもバチは当たらないと思うの。思わず膝から崩れ落ちた私に「何だこいつ」という顔をした男子生徒。頼むから優しく温かい目で見てや。例えるならば、卵を孵さんとする鶏のような温もりで。

「私の中の女の勘が囁いてるんだよ…君がうちに入れば百人力…いやいっそゴジラ並みの力を手に入れられると…」
「は?」
「帝国という名のモスラにだって勝てる!」
「世紀末を勃発させるな」

ツッコミが彼の切れ長な瞳並みに鋭い。素晴らしいじゃないか。ますますうちに欲しくなった。最近ちょっとボケ要員が多すぎて、ツッコミが足りないと思っていたところなのだ。これでおまけにサッカーの実力もあれば百人力の万々歳じゃないか。

「お前当初の目的を見失ってるだろ」
「ほんまや」

私が探しているのは練習試合における助っ人だったなそういえば。重要視するのも部内のボケツッコミバランスでは無くサッカー部としての戦力だわ。部の存続もかかってるし。うっかりしていたのだわ。
思わず頭を抱えて反省していれば、男子生徒は少し訝しげな、それでいて微妙そうな顔で口を開く。

「…俺を知ってて声をかけたんじゃないのか」
「ナンパはお断りですよ!」
「帰る」
「アッ」

反射的に問いをボケで返したら即座に踵を返された。慌てて引き留めるようにいくら声をかけても、その背中が振り返ることもなく私はみすみす惜しい人材を放逐してしまった。カムバック将来のツッコミ要員…!

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