犬の遠吠えではない



顔良し、ツッコミ良し、サッカーの実力は知らんがなという惜しい人材を放逐したことは悔やまれるがそれはさておき。見事な収穫ZEROの私とは違い、やればできる円堂は見事助っ人を何人も確保していた。本当に他所の部活から引っ張って来たんだぜこいつ。
陸上部の期待の星である風丸一郎太もそんな一人。円堂とは幼馴染であるらしく、必死に部員を集める円堂の姿を見て力になることを決めたらしい。その心意気に感謝だ。
そして当日、影野や松野という人材も加えていざ挑む練習試合。やって来たのは、個性丸出しファッションセンス壊滅部隊でした。

「ドレッドヘアはともかくマントとゴーグルは無い」
「浅野」
「眼帯にヘッドフォン」
「浅野」
「まぁ、そういうお年頃だからな仕方ないよね」
「そろそろ口閉じろ馬鹿!!!」

やや引きつった顔でこちらを見るお客様たちであるが、私のお口はノンストップ。ごめんな、正直な口で。でも目を細めて見たらそこそこ悪く無いとは思うの。直視したら膝を叩いて笑っちゃうけども。だってファッションセンスがえげつないんだもの。そんなの着けててよくプレーに支障出ないな?って思うんですがそれは如何に。

「分かった!自らに過酷な試練を課して成長を志してみたくなるムーヴ!」
「お前もう黙れ!!!」

冷や汗かいた染岡に口を塞がれてしまった。でもそれしか無くない?違うの?もっといろいろ聞いてその真相を確かめて奥地に向かいたい気分なんだけど、そろそろ冬海の顔色が真っ青通り越して白いので止めておくことにする。優しいね私って。

「よろしくね、その眼帯どこで買ったん?」
「誰かこいつの口塞げ!!!!!」

コミュニケーションの邪魔をするでないよ。こちとら一番とっつきやすそうな女顔眼帯くんに話しかけて友好を結ぼうとしているんだぞ。とうとう染岡にヘッドロックを食いながらポジションへ連れて行かれる。愛が痛い。ちなみに私はディフェンスだからよろしくな。

「よしよし、気合入れていこうね」
「あぁ!」

そんな風に気合を入れていざ試合開始の笛を聞いたのだけれども。…しかし、始まってみれば現実はそう甘くは無かった。開始直後、意外と良い感じに攻め込むことができ、染岡が一本目のシュートを撃ったのだが、残念ながらそれは決まらなかった。そこまでは良い。相手は帝国なのだし、そう簡単に点を取れるとは思っていない。…悪質なのは、ここからだった。
言葉にするなら一方的な蹂躙。わざと相手にボールを当てるような真似をして、こちらを痛めつけようとしてくる。私も何度か体格差で負けて吹っ飛ばされてしまい、擦り傷を負ってしまった。その結果、前半終了時点で点数は十対〇。圧倒的な実力差に、みんなのやる気は完全に失われつつあった。

「悔しい゙」
「歯軋りすんなバカ」

何が悔しいかって、明らかにこちらが侮られていること。特に私は女だからか、舐めたような態度がやけに鼻につく。最初から勝てると思われているのだろう。実際今のところは押されっぱなしだし、ボールだってまともに触れていない。

「だがしかァし!!」
「うわっびっくりした」
「吹っ飛ばそ!!!」
「元気に物騒な言葉を吐くな」

半田と染岡から呆れたような目をいただくが、私がそれを覆すことは無いのである。あのエリート共に、弱小根性をお見舞いしてやるのである。私はディフェンダーだから本来は攻撃しないのだけれど、わがまま言ってミッドフィルダーの位置に入れてもらった。
そして始まった後半戦。こちらへ攻め入ってくる九番の前に私は立ち塞がる。私みたいな女、簡単に抜かせるとでも思っているのだろう。他の選手やみんなだって。だから私は、そんな決まりきったつまらない現実を裏切ってみせてやるのだ。

「アンドロメダバニッシュ!!」
「何ッ!?」

俊敏な動きで相手の死角に入り、まるで私が泡のように消えたかのような錯覚を覚えさせ、その隙にスライディングでボールを奪取する。私が使う必殺技。クラブチームくらいでしか使ったことの無いその技を、私は初めてみんなの前で使う。そうして驚愕したように私を見る帝国の選手たちへ向けて、私は心の底から高笑いをしてやるのだ。

「ハーッハッハッハァッ!これが雷門の本気だってぇの!舐めてるお暇があったら精々マークしてみな!!」
「何…!?」
「あばよ!!!」

半分本気、半分考えあっての挑発である。見たところ、雷門中の中で必殺技を使えるのは私だけだ。つまりそれは、帝国が私のことを警戒する理由になり得る。それなら私はその警戒を逆手に取って帝国陣営を翻弄してみせてやんよ。

「いやでもこれは怖い怖い怖い怖い怖い!」
「くそっ、ちょこまかと!!」
「囲め!!」

でもね、さすがに私一人に三人マークは徹底すぎると思うんよ。これが私だったからまだしも、他の女の子にデケェ男三人が付き纏うのは明らかに事案ですからね。お気をつけて。世が世なら通報一択だぞ。前科持ちにならぬようにな。

「きゃあ!いたいけでか弱い少女な私を痛めつける気でしょ!ハッピーツリーフレンズみたいに!ハッピーツリーフレンズみたいに!!」
「はっぴー…?」
「動画サイトで見てみろよ!!」

さすがにエロ同人誌みたいにとは言えなかった。私だって物事を叫ぶ場所と場合くらいは見極めるのである。その代わりにおすすめ動画を教えておいたので、本日の練習試合後にみんなで見て阿鼻叫喚となるが良い。キャッチーでポップなキャラとは裏腹に展開されるえげつない描写でSAN値が削られるからな。せいぜい後日のプレーに支障をきたすがよろしい。

「半田!半田!」
「なんだよ!?」
「私今モテ期だよ!!羨ましかろ!!!」
「バカ言ってないで前見ろアホ!!」

わざわざピースサイン付きで自慢してやったのに罵られたのはな〜んで。それにバカなのかアホなのかどっちやねん。いやどっちでもないわ。張り倒すぞ。そして緊張感は無いくせに、三対一という不利な状況で器用にボールを奪わせない私の笑顔に、帝国選手三名は顔を引きつらせる。めっちゃ疲れるけど楽しいね。しかしちょっと油断したのか、足捌きを誤ってグラウンドの外に出してしまったボール。帝国ボールになってしまったが、私も今度は負けないぞ。

「遊びましょ!!!」
「アレにボールを奪わせるなすぐ回せェ!!!」

ボールを持ったヘッドフォン少年に向かって笑顔で突貫したところ、ファッションセンスにパンチを効かせたゴーグル少年が僅かに顔を青ざめさせながら指示を出す。そのおかげで瞬時に素早くなってしまった帝国のパスに、染岡が青筋を立てて私に怒鳴る。

「お前な!!パス回しを速くさせてどうすんだバカ!!」
「いっけね」

だって楽しくってさ。仕方なくない?
…そしてそこから、私への警戒を最大レベルに引き上げたのか、私がボールに触れることはない上に円堂たち他の選手への攻撃が激化した。次々にシュートが決められ、選手たちがいたぶられ、先ほどまでのあちらの混乱が落ち着いていく。撹乱作戦は失敗のようだ。点差はどんどん離れていき、今やとうとう十八点も取られている。次々にみんなが力尽きて倒れ伏していく中、この中では一番元気な私がボールを逸らしたり跳ね返してみたりしているものの、やはり円堂と私の二人だけでは限界というものがあった。しかもどう見ても、帝国の今の目的はキーパーである円堂を潰すこと。それが終わったらゆっくり私を相手しようとしているのに違いない。…だから。

「円堂!」

私が捨て身でシュートをブロックし弾き返したその隙を狙い、円堂に向けて強烈なシュートが叩き込まれる。カバーしたいものの、この体勢からじゃ到底間に合わない。私でさえ思わず悲鳴じみた声を上げた。…そのときだった。

「こんなのサッカーじゃない!!」
「風丸!!」

円堂を庇うようにして体ごと突っ込んできた風丸の頭部にシュートがぶち当たる。その反動でゴールに突っ込んでいった風丸を円堂が抱き寄せた。言葉通り体当たりで風丸は今、仲間である円堂を守ったのだ。…けれど、私は帝国の奴らを許せなかった。試合なのだから、こんな事故だってあるだろう。一つのボールを取り合う以上、怪我をしない訳がない。それでもこんないたぶることを目的にしたプレーで得た傷が、正当のものであってたまるか。
そんな怒りを込めて私はゴーグル少年を睨みつけると、憤りのままに吠える。

「うちのミス雷門の麗しい顔になに晒しとんじゃワレェ!!!!!」
「俺の恥を公で叫ぶな!!!!!」

いや意外に元気じゃんかね風丸。頭打ってんだから静かにしなさいよ。それに私はもっとこいつらに言ってやりたいことがあるのだ。

「おま、お前たちね…!?全学年の美少女たちを差し置いて男子から圧倒的支持率を誇ったうちの自慢の美少女()の顔に傷がついたらどう落とし前付けてくれるんじゃい!?事務所通して抗議すんぞゴルァ!!」
「殺せ…いっそ俺を殺せ…!」
「風丸…!」

羞恥に身悶えるように頭を抱える風丸。頭が痛いのか。もしや先程の体当たりが響いてきているのでは!?となればやはり帝国の奴ら、正式に訴えるしかあるめぇよ。

「お前のせいだろバカ!」
「違うわアホだわ!!」
「自己紹介してる場合か!」

反射で叫んだらしい半田は後で丁寧にぶちのめす。今決めた。というか、風丸は早く介抱してやらねばいけないのでは。打ってるところが頭なので、安静にしなきゃそこそこヤバいという知識くらいは私にもあるんだぞ。

「横抱きは止めろ横抱きは止めろ横抱きは止めろ」
「安心しな風丸!春の腕相撲大会においてクラストップの腕力を誇る私なら、お前を安静に保ったまま運んでやれるぜ!」
「ちがう、そうじゃない」

ちなみに同じクラスの染岡にも勝っているのである。賞品は焼きそばパン。負けられぬ戦いの果てに私の黄金の右腕が輝いた瞬間であった。
そしてベンチに置いておいた目金にいったんバトンタッチし、私は風丸を華麗に抱えるとグラウンドを飛び出す。処置が終わったら戻るから安心しな。死んだようにぐったりとした風丸にそう言ったものの、しかし恨み言を小さくぶつぶつと吐きながら顔を覆う風丸がその言葉に頷くことは終ぞなかったのである。なんで。

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