禍いだろうが福にしろ



びっくらこいたことにその数日後、反抗期の息子が如く頑なに入部拒否していたはずの豪炎寺がサッカー部に入ってきた。ちょうどそのとき染岡が必殺技を完成させた直後だったので、私はテンアゲになったテンションのまま威勢の良い奇声をあげてしまったものである。その声にびっくらこいた近くの風丸に背中を押された半田が転倒したものの、あくまでそれは些事である。

「でもこれでやっとボケの飽和状態が緩和するね円堂!」
「?おう!」
「分かってないなら返事すんなよ円堂」

ツッコミ役兼エースストライカー爆誕の瞬間である。逆じゃないの?と突っ込んだそこのあなた、うちはこれで良いんです。嬉しくてすったかたと豪炎寺の周りをぐるぐるしていたら、とうとう最後には「しつこいぞ」と脳天にチョップを頂いた。思わず膝から崩れ落ちるほど凄まじく正確な一撃…もう本領を発揮してきただと…?

「お゙お゙ん゙…有望株バンザイ…」
「ぶれないんだよなぁ」

半田から生温い目で見下ろされるのは遺憾の意。どう考えてもお前はこっち側のはずなのだが?しかしそうは思ったものの、よく考えれば半田はボケツッコミどちらの資質も兼ね備えた稀有な者。ツッコミ特化染岡、天然ボケ炸裂円堂、麗しき秋ちゃん、そして愉快な一年生たち。そんな中で半田は異質だった。つまりは中途半端。…私?んなもんボケツッコミカテゴリーになんぞ分類できぬ世界でオンリーワンの悠たゃに決まってるだろ言わせんな恥ずかしい。

「私という存在が世界なんだよ。これ真理」
「涙目で言うことじゃ無いんだよなぁ」

いや本当に豪炎寺の腕力は如何程なりか?まだずっと脳天ズキズキしとるんだが。ねぇ頭割れてない?二つになったりしてない?右脳左脳が東西南北に分かれてたりしない??

「しない」
「なら良いや」
「良いのかよ」

まだ人間の基本的な形を保ってるならノープロブレム。クリーチャーになるにはまだ早い。そんなやり取りを経て、私は一番遠くに離れている染岡の元へとダッシュ。豪炎寺が入部してからやつはずっとこうだ。機嫌悪そうだし、即戦力の豪炎寺を頼る一年生のこともあって気に食わないのだろう。

「染ぴ」
「珍妙な名前で呼んでんじゃねぇ」
「染たそ」
「普通に呼べよ!!」

わがままだなぁ。しかし私は優しいので、いつも通り染岡と呼んでやることにした。

「染岡はさぁ、何に怒ってんの」
「…あ?」
「即戦力の豪炎寺のこと?染岡を差し置いて豪炎寺を持ち上げる一年生に対して?呑気にはしゃいでる円堂を見て?…それとも、今の現状に対して文句を言えない自分、とか?」

染岡は何も言わない。けれど気まずげに私から目を逸らしたのが答えなのだろう。不器用だよなぁ染岡は。素直に豪炎寺を認められなければ自分の力不足にも向き合えない。昭和の親父が如く頑固だし、随分と生きにくそうな性格をしている。まぁけれどそんなところが、染岡の魅力の一つでもあるんだがな。

「ツンデレ岡」
「は?」
「ごめんて」

思わずつぶやいた言葉は染岡の耳に届いてしまっていたらしい。思い切りヘッドロックを決められた私の頭は思考回路がショート寸前。切実に誰か助けて欲しい。

「あででででででで」
「何やってるんだお前ら…」
「助けてかぜえもん!!」

通りすがりのかぜえもんこと風丸大明神に救われた。誠にありがたきことである。お礼に飴ちゃんを差し上げたら、優しい笑顔でそっと突っ返された。なんでや、美味しいやろイカスミメロンソーダ味。多分。





問.突然部員たちが謎の必殺技で身動きが取れなくなっている中、私だけ自由に動き回ることができているのは何故?(配点:さじ加減)

「アホだから」
「アホだからだろ」
「アホ以外に理由が…」
「う〜〜〜ん有罪」

ちゃお!たった今、信じるべき仲間たち全てに不信感を抱いたこの頃流行りの悠ちゃんだよ!本日は待ちに待った尾刈斗中との練習試合である。とても嬉しい。
何が嬉しいかって、練習試合ができることもそうなのだが、私の試合出場がしっかりガッツリ認められているからである。公式戦じゃ女の子は出られないからね。こうして練習試合くらいなら、と出させてもらえる慈悲にマジで感謝。
だがしかし、そんな私のハレルヤな喜びを他所に試合の雰囲気は最悪になっていくからもう大変!昨日の練習を経て新たな必殺技を身につけた染岡による先制点と追加点で雷門に勢いがついたは良いものの、まるでその雰囲気を嘲笑うかのようにして放たれた「ゴーストロック」なる必殺技。
目には見えぬ何かに動きを封じられた部員たち。
案山子になってしまったみんなの傍をすり抜けていく相手選手たち。

『爪が甘ァいッ!!』
『なっ!?』

そして何故か一人ぴょいぴょいと動き回れてしまったみんなのアイドルこと悠ちゃんなのである。本当にどうして?アホの自覚がある私が言うのもなんだけどそろそろ「アホだから」以外の答えが聞きたいものである。アホがゲシュタルト崩壊してしまうわ。
しかし、まあ、そのおかげで前半も何とか二対三と、逆転も可能な点差に抑えられたのだから実は私ってこの試合の立役者なのでは?ぜひ心から崇め奉って欲しい。

「悠はどうやってあの技から逃げ切れているんだ?」
「あいつうるせ〜〜〜!っていう反骨心」
「はい解散」
「集合!!!!!」

興味、失せるの、はやいねん。
いや確かにですな、巷では天才肌と名高い私と同じ方法で相手方の作戦を打破するのは難しいかもしれないが、それでも話くらいもうちょっと聞いてくれ。寂しくて泣いてしまうではないか。

「なぁ流行の最先端くん」
「………どこから来た…?」
「ちゃお!」

私としたことが、視力2.0を誇る視力によって校門付近に前の練習試合で覚えたゴーグルマントと眼帯の顔が見えていたことは、試合が始まる前から気づいていたというのに。うっかりちゃんなのできっちりしっかり挨拶するのを忘れておったんじゃよ。と、いうわけで今ここに顔出したってわけ。あんだすたん?

「分かるか」
「怖い怖い怖い。これだけ喧しいのにこの距離まで気配に気づかなかったことが怖い」
「解せぬ」

なんで引いてらっしゃるん?さすがは雷門の誇る麗しきディフェンダーだなって褒めちぎって?相手選手に悟られず上手くボールカットができるってそりゃ一つの才能だろうに。
それにそんな私の素晴らしきプレーに翻弄されていたのはいったいどこの帝国学園?まさか覚えていないとは言うまいよ。言ったらちょっとヘコむ。なので。

「指紋つけちゃろ!」
「やめろ!!!!!」
「なんだこいつ…」

それになんかよく考えると、練習試合の時のみんなに対する仕打ちであったり態度であったりを思い出したら腹立ってきたんだな。しかし私は心が広いので、拳に訴えるのではなく、ちみちみとした精神攻撃に重きを置くことにした。陰湿な嫌がらせに心を疲弊させていくと良いさ。
だが奴は、そんな私の指がレンズをベタベタする前にいち早く身を引きやがったのである。おかげで不発。この燃え盛ったワクワク心を、私はどこにやれば良いというの。

「すぐに捨て置け。そして立ち去れ」
「冷たい」

まあだけどそろそろ試合が始まるし、これ以上愉快な帝国二人組に構ってあげる余裕も無いんじゃよ。と、いうわけでお二人とも。

「あでゅ!」
「二度と来るな!!!」

塩巻く勢いで眼帯くんがシッシッと手を払うのを尻目に、私も意気揚々とみんなの元へ戻っていく。仕方ないので、この不完全燃焼さは試合で見せつけてやるとしましょうかね!

「なぁ!染ぴよ!」
「だぁから!!ンな珍妙な名前で呼んでんじゃねぇよ!!!!!」

みんなの緊張を解すために言ったら頭を叩かれたのなんでや?気配りできる良い子ちゃんな悠たゃは素晴らしいと褒め称えるべきだと思うんだが。

「お前が悪い」
「そりゃ染岡も怒るだろ…」
「ひどいわ風子ちゃん」
「去年の源氏名で呼ぶな…!」

嗚呼どこへ行ったの風子ちゃん。雷門祭を震撼させた我らが美少女風子ちゃん。数多の男共の性癖を狂わせてしまった生足魅惑のミニスカメイドの風子ちゃん。我ながらあの衣装チョイスはドン引くほど似合ってたと思いますよ。

「よし!今年はチャイナ!!」
「不穏な計画を立てるな!?」

良かろうよ、別に。減るわけではあるまいし。途中からヤケクソだったとはいえ、アピールも結構積極的だったし。…実は案外まんざらでは無かったのでは?
でもそれ言ったら今度こそ怒られそうな気がするので、空気の読める悠ちゃんは微笑みと共に黙り込むのでした。もう怒ってるだろとは言わない方向でヨロ。





結果:快勝

「言うことなし!!」
「大アリだろうが」

なんで?勝ったんだからよくない?結局あのゴーストロックなるものは、向こうの催眠の一種だっただけだし、それを自力で破ってしまった円堂すごいねとしか言えんぞ私は。強いて言えば向こうの監督が私を指差して、

『あの女は可笑しい!!私の催眠にかからないなどあり得るはずがない!!』
『う〜〜ん否定したいのにできないジレンマ』

って、暴言まがいのこと言ってきたけど、それに対して笑うばかりの私の代わりに怒ったんはチームメイト一同だったよね。やだ、私ってば愛されてる…。

「私のために争わないで!」
「お前のアホ面見てたらどうでも良くなってきたな…」
「じゃあやっぱ争って」
「最悪か」

茶化したら途端にジト目を向けられる。これすなわちいつもの空気なり。

「…浅野先輩は、あんなこと言われて怒らないんですね」
「だって知らんよ、別にこれからの付き合いってわけでもないそこらの人間からの暴言なんてさ」
「!」

私にとったら通り雨みたいなもんよ。いつ来るかわからないそれを気にしてちゃしょうがない。たまにはそんな日だってあるさ、と流してなんぼの人生だと私は思うね。

「それに、私は同じ暴言なら、円堂たちから言われる方がよっぽど傷つくし」
「!俺たちはそんなこと言わねぇぞ!!」
「知っとるば〜い」

どこまでも真っ直ぐでサッカーしか頭にないバカ共だから、私はみんなのことが大好きなんだよ。愛されるアホとサッカーバカが揃いも揃ってお似合いだと思わんかい?
…な〜んてそんならしくないこと言ってたら、神妙な顔した半田に「熱出た?」って体温計を口に突っ込まれた。う〜ん処さねば。

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