38


浴室を出るともう夜はとっぷりと更けていた。
おれもローもおおよそ他所様の船でやるべきではない行為をしたせいで半分のぼせあがっていたが、甲板で一人佇んでいたホネの姿を見て取り繕うように背筋を伸ばした。

「おや、お二人とも。随分長風呂でしたねえ」
「あァ悪ィ…他の奴らは?」
「皆さんはもうお眠りに。今晩はフランキーさんが寝ずの番を努めてくださるそうです」
「分かった。じゃおれらも休ませてもらう」
「どうぞごゆっくり」

今日は、芝生の上でローと2人で眠ることにした。サンジとロビンは寝室を勧めてくれたが、おれもローも甲板で十分だった。遠くでホネがバイオリンを奏でる音が聴こえる中、翼を広げて甲板の端に座り込み、ローに自分の羽根を布団代わりにするよう促した。

「羽毛布団より相当高級だぜ?一角天馬布団」
「ふ、紛うことなくこの世に一つしかねェな」
「しかもあんた専用」
「上等」

褒めるように頭を撫でられて、犬さながらに目を細めた。ローの背中と手すりの間に翼を差し込んでその身体を羽根で受けとめれば、中に埋もれたローは「雲ん中みてェ」と感慨深げな言葉が漏らした。

おれはローの肩にもたれかかり、もう片方の翼を大きく折りたたんで掛布団のように上からも覆ってやった。男4人を乗せて飛んでも余裕だった翼は、ローの長い脚まですっぽりと包み込む。全身を羽根にうずめたローは頬を翼に擦り寄せて息をつき、筋肉の強張りを緩めた。間近でその表情を全て視界に収めて多幸感に満たされる。自分の羽根の中で安心しきってるローなんて、一生の宝物レベルの絶景だ。

「風呂入りたてだから、やらけェだろ?」
「あァ…もふもふだ……」
「もふも…え、もう一回言って」
「言わねェ」

ローの口から出たとは思えない形容に笑いがこぼれる。触れ合った腕の向こう側にローの温かさを感じながら、目を閉じた。音楽家だというホネが、月夜に似合う穏やかな旋律でバイオリンを奏でている。

だんだんと瞼が重くなるのを感じていれば、頭の上にローの頭がこつんと乗るのが分かった。あまりにも幸せな重み。やがて真上から静かな寝息が聞こえてきて、鬼哭を抱えていた手がずり落ちてきた。

翼で覆われた暗闇の中、その手を握って自分の腹の上に置いた。長い指の一本一本に指を絡めて、離れないように。

この夜が更ければ世界が一変すると痛いほど分かっていた。この手がたくさんの“ROOM”を生み出しローの体力が削られていくだろうことも。だから今夜だけは。どうか、この男が悪い夢のひとつも見ませんように。そう願わずにはいられなかった。





「——リバー…リバー、起きろ」
「ん…」

耳に馴染む低い声がすぐ近くから降ってきて、まだ夢の中にいるような心地がした。重い瞼をゆっくりと押しあげると、鮮やかな芝生の甲板と幾人かの人影が目に映る。

どうやらかなり深い眠りについていたらしい。完全に身を預けていたローの肩から頭を持ち上げ、声のする方を見上げた。覗き込んでいたローと目が合って、悪戯めいた笑みに首を捻れば眼前にしっかりと繋がれた手が掲げられる。

「…………!」
「ほどけねェ」

ほどこうと思えばほどけるくせに、くそ!意地の悪い男は頬をふくらませるおれを鼻で笑って、結局自分で解いた手でわしわしと頭を撫でてきた。

「翼、大丈夫か。だるくねェか」
「ん……全然」
「そうか。こいつのおかげで夢も見なかった」

翼の中にローの手が埋もれて、羽根の根元を労わるようにぽんと叩いた。ああ良かった、と心の底から思う。

「これから毎日おれの翼ん中で寝てくれてもいーけど」
「あ?負担になるだろ」
「ならねぇよ」
「なる」
「ならねー」
「な……言ってる場合じゃねェ。そろそろ新聞が届く頃だ」

は、と顔を合わせて立ち上がる。翼をばさりと仕舞って辺りを見渡すと、既に起きていたらしいサンジと航海士がむず痒そうな、珍味を飲み込んだような妙な表情をして此方を見ていた。

「お前らもう起きてたのか」
「あァ、おれァ仕込みがあるから……」
「わたしは天候の確認……」
「へえ。で何、その顔。なんかあったか」
「ちげェよ、お前らがあんまりにも、あんまりにもなァ……」
「あんまり幸せそーにくっついて寝てるから、ちょっとびっくりしだけよ」

サンジの言葉を引き継いで航海士が肩をすくめた。呆れた表情のまま細っこい手が伸びてきて、肩に乗ったおれの羽根をひょいとはらい落とす。

「あんた達、どういう関係なわけ?」
「どうもこうもキャプテンとクルーだろ、普通に」
「うっそ、それだけじゃ無いでしょ?」
「ああ?」
「おーいおい、ナミさんに乱暴な態度を取ることはおれが許さんぞリバー」

詮索されんのはどうも苦手だ。船に乗せてもらっている身の上なので、謝罪代わりに2人に手を上げとっとと踵を返す。
すると甲板の端に立つホネの目の前にニュース・クーがいて、今正に新聞の代金を鞄にしまい飛び立とうとしているところだった。その傍には既にローがいる。

「新聞が来てますよォ!カモン!」

ホネの奏でるエレキギターの音に誘われて、甲板に皆が集まってくる。ローの隣に立って伺いみれば、その身体が少し緊張しているのが分かった。そりゃ、そうだよな。“コラさん”の本懐を遂げるためには、今回の脅しにあいつが乗っかってくれないと始まらない。

「載ってればよし、載ってなければ……」

固い声色で呟いたローの手をこっそり握る。頼りねえかもしんないけど、何があってもおれはあんたといる。たとえそこが地獄であってもあんたは1人じゃない。そんな思いを込めた手は、力強く握り返された。

真っ先にすっ飛んできた麦わらが新聞を手に取り、芝生の上に大きく広げる。ローの手に更にぎゅうっと力が籠った。

覗き込んだ紙面の上、一際大きな写真と文字が真っ先に目に入る。


『ドンキホーテ・ドフラミンゴ「七武海脱退」ドレスローザの王位を放棄』


「……!!」

緊張が一気に緩む。ああ、良かった。安堵から思わずローの腰に抱きつくと、すぐ応えるように肩に長い腕が回された。見あげてみれば、その顔は微かだが笑みを浮かべている。

「本当に辞めやがったァ~!」
「お、王位!?王様だったんですか!?」
「王様あ?鳥の国か?」
「こんなにアッサリ事が進むと逆に不気味だな……」
「これで良いんだ……奴にはこうするしか方法はない……!」

意外にも慎重なことを言うロボの不安を解消するかのように、ローが断言した。ここで交渉に乗らなきゃカイドウに潰されるんだ。逃げ場が無いなら1本垂らされた蜘蛛の糸にでもしがみつくに決まってる。

油断は禁物だとは知っているが、喜ばしいもんは素直に喜んでいいだろう。労る気持ちでローの背中をさする。

「お疲れ。まずは計画通りだな?」
「あァ…ひとまずは、だな」
「──で、なんでおれ達の顔まで載ってんだ??」
「…は?」

呑気な雰囲気のまま麦わらがホレと新聞を指さす。そこには確かに、一面を飾るローと麦わらの写真に『海賊同盟』の見出しがあった。どっから漏れた?つーかこれ、七武海の権威的には他の海賊と同盟組むって良いのか?いやいや、そんなことより。

「おいこの紙面くれ。ポーラータングに戻ったら部屋に飾るから」
「そこじゃねェだろウマ男!!!」
「んだよ長鼻ァ…ローの顔写真なんていくらあっても足りねェんだよ…」
「うわー!角生やすな!!」

ユースタスなんとかと他の最悪の世代の同盟も記事になってたらしいが、興味は無い。有象無象が外野で何をやっていようが、ローの目的に関わらなければ今はどうでもよかった。

「あら、リバー君も記事になってるわね」
「…なんだと?」
「おれ?」

ロビンの声に真っ先に反応したローが新聞をわし掴んだ。覗き込めば、裏面に自分の顔写真がでかでかと掲載されていて辟易する。おれの肩に手を置き同じように紙面を見たサンジは、記事を読むや早々に吹き出した。

「“行方知れずとなっていた一角天馬チェンバーズ・リバーが、渦中のトラファルガー・ローの元へ帰還!某国の貴族に見初められ海賊を引退したという噂は恐らく真実では無かったのであろう──。”……ははっ!お前こんな噂流されてたのかウケるな!」
「全然ウケねぇ。あーでもこれで、あいつらにおれが生きて戻ってきたって伝わったかな」
「あァ……そうだな。宴でも開いてんのが目に浮かぶ」

ゾウという島にいるらしい仲間達を思って頬が緩む。口に出しやしないが、会いたいという気持ちが沸き起こって押し寄せる。きっと散々心配をかけただろう。こうやって無事を知らせることが出来たのは僥倖だ。



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