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『私達は十年間ずっと……!海賊の支配するドレスローザという名の鳥カゴの中にいたんだ……!十年間ずっと、操られるまま生きる人形だったんだ!──これが現実なのだ。だがそれももう終わる!敵わぬと思っていたドンキホーテ・ファミリーは、この国に居合わせた屈強な戦士の手によって今や壊滅寸前!討つべき敵はもはや、現ドレスローザ国王ドンキホーテ・ドフラミンゴを残すのみ!相対するは海賊麦わらのルフィ、そしてトラファルガー・ロー!!』
『きっと彼らこそが鳥カゴを破壊してくれる男達──!』

阿鼻叫喚の渦中にいた人々は王の言葉で落ち着きを取り戻し、生気を漲らせながら鳥カゴの中央へと進み始めた。ローと麦わらに向かって感謝を叫ぶ者までいる。
ドフラミンゴの言葉に踊らされていたかと思えばすぐにこれか。ゲンキンな連中だな、と一瞬鼻白んだがすぐに被りを振った。しかたねぇか。この海じゃ力の無い奴は強者の庇護下でしか生きることができない。見放されれば絶望するのは当たり前で、自分達を守ってくれる人間が再び現れれば歓喜するのも必然。

故郷にいた時のおれのように野ざらしで傘も無いままでは、弟ひとり守れないまま蹂躙されるしかない。おれはローに出会わなければ天竜人に攫われて、今頃世界を恨みながら死んでいただろう。ローが檻から連れ出してくれたから自由を得られた。ローの元に戻りたかったから強くなれた。
運が良かった、とは言わない。この出会いを運なんて一言では片付けられない。それに本当におれの運が良ければ、弟も一緒にポーラータング号に乗っていた。

ただローに“こいつの錠を解きたい”と思ってもらえたことが、おれの人生で最も誇れる瞬間であることは間違いない。

「ロビン、麦わらに会うまでさ、他人を助けてェって気持ち沸いたことあるか」
「小さい頃はあったわ。皆この能力に怯えて離れていってしまったけれど。それからこの一味に出会うまでは……自分のことで精一杯だった。他の人の苦しみにまで目を向けてられなかった」
「おれも。別に今も良いコトしてェなんて一個も思わねェけど…あそこで泣いてるガキ一人くらいは起こしてやりてーって思うのは、なんでなんだろう。パンクハザードでお前らが薬漬けの子供助けてぇなんて言った時は、こいつら救いようのねェ馬鹿だ、って思ったのに」
「……それはきっと、トラ男くんがあなたにたくさんの愛情をくれたからよ」

ロビンの声色は穏やかだった。まるで心当たりがあるとでも言った風に。
パンクハザードで元気になった子供たちを見て、ローは静かに微笑んでいた。あの穏やかな表情を見た時、ローと自分の隔たりに愕然とした。こんなにも優しい人間の隣に、おれのような薄汚れた奴がいるのは分不相応だと心底思った。

でもそんなおれに、ローが傍にいろと何度も言ってくれたから。あいつがくれたあたたかさが、身体に根付き始めている。
ローの帽子を被りなおして、脚に力を入れた。もう動かないと思っていた身体が、ローの力を借りたみたいにぽかぽかと温かくなっておれの心を上へと押し上げる。

「……ロビン、下行こう。ロー達も街に降りちまったし、やっぱ待ってるだけじゃつまんねぇ。ローが身惚れちまうくらい、さいっこーにイカしたおれで出迎えてやりてェ」
「ふふ…あなたはもう十分すぎるほど格好良いと思うけれど」
「足りねェよ。だっておれのキャプテンは、この海で一番良い男なんだから」

支えてくれようとしたロビンを制して両足で地面を踏みしめた。相変わらず頭はふらつくし、まともに動けそうにはない。くっつけてもらった右脚の違和感もまだ拭えないけど、腰に巻きつけたローのコートが守ってくれているような心地がした。
どっちみち少しでもローの近くに行くためにはこの台地を下らなきゃならない。いつまでも寝転がっているわけにはいかねェんだ。

「私が先に降りて下で受け止めるわ」
「わりィ。ゆっくり落ちるようにはする」
「気にしないで。案外丈夫なのよ」

ロビンはおれの意志を尊重してくれた。能力で出した腕をロープのように繋げて高さのある台地を器用に下り、着地した先で網目状に形を変えてネットを張ってくれている。

出しっぱなしになってた翼を大きく広げ、崖の縁に立った。深く息を吸うと、この島に到着した時に感じた瑞々しい花や香ばしい料理の香りが跡形も無く消えてしまっていることに気がつく。家が焼けた匂い、血の匂い、銃口から昇る硝煙の匂い。その奥にローを探そうとしたが駄目だった。
台地を蹴って宙に身体を放り出す。広げた翼が風で膨らむ感覚がして、ロビンのネットを目掛けてゆっくりと降下していった。

羽ばたく力が一ミリも残っていないのが妙に新鮮だった。飛べて当たり前だった空から落ちることしかできない。でもローに近づけるというだけで、それがおれにとって最善の道なのだと思える。

ロビンの腕に受け止められて、ゆっくりと地上に降り立つ。リク王の言葉に押されて生き生きとさえしながら街の中心へと向かう人々は、おれ達の姿を気にも留めていない。

「ロビン、もうここまででいい。ありがと」
「…ねえ、あなたの身体はとっくに限界よ。何故そうして立っていられるのか不思議なくらい…そのことは忘れないで」
「もう無茶はしねェよ。ほら…あっちでロロノアが糸を止めようとしてる。おれは今は、天馬になれねェ。お前は行ってくれ」
「……ええ。リバー君、良ければまたあなたの話を聞かせてね」

迷いもせず頷きを返すとロビンは晴れやかに笑った。長い黒髪が翻って、混沌とした人混みなど見えていないかのように立ち去っていく。
糸の近くには、ロロノア達と藤虎の姿が見えた。海賊と海軍が同じ方向を見て、巨大な糸の壁に立ち向かう。それは奇妙な光景だったが、組織など関係無いただひとりの人間として、あいつらは自分のやりてーことを好きにやってるんだろう。

おれは雑踏に紛れながら石畳をゆっくりと歩き、建物の前に蹲った子供の前に立った。台地の上から見えた子供だ。建物は花屋だったのか、軒先には花瓶が並んでいるがどれも無惨に割れている。むき出しになった子供の脚には人混みに押し流されてできたらしい擦り傷がたくさんついていた。

「一人か」

膝に顔をうずめた子供の前にしゃがんで、静かに声をかけた。のろのろと上がったそばかす混じりの顔には涙の痕が幾筋もあったが、もう乾きかけている。

「……パパとママ、おもちゃだったんだ…僕、ずっと忘れてて……」

子供の丸い目が潤む。おれの背中に生えた翼や額の角など全く気付いていない様子だった。

「……そうか。二人が今どこにいるか分かるか?」
「わ、分かんない。おもちゃになって、ずっと傍にいてくれたのに、いつも夜にはいなくなって——今日はまだ、会えてない。どうしよう、死んじゃったのかな、死んじゃったのかな……」
「探しにいくか?」
「………行く、行きたい、会いたい…」

子供は、差し伸べたおれの手をすぐに握りしめてきた。力んで白くなった指は突然現れたおれをよすがにして、絶対離すまいとしている。立ち上がるとよろめきながらついてくるその身長は、おれの腰にも届かないほどで。まだ五、六歳だろう。親の気持ちなんか分からないけど、たとえばこんな小さな弟を残して自分が人形になってしまったら、一体どれほど絶望するだろうとか考えた。
こんな風に他人の苦しみに思いを馳せるようになったのは、自分が今ローと共にあるからだ。薄氷一枚割れてしまえば、おれもまたどん底に落ちる。

「家、どこ。糸の内側か?」
「あっちの方…多分、まだつぶれてない」

霞む視界の中、子供を庇いながら必死に歩を進める。ロー達の戦いはまだ終わらない。右手に感じる熱を決して離さないように、押し寄せる人の波をいくつも掻い潜った。

「…お前、兄弟は?」
「いない……ひとりっこ」

子供はしゃくりあげながら答えた。親を忘れ、自分は一人だと思い込んだまま眠る夜もきっとあっただろう。
手を差し出したのは憐みを感じたからじゃない。ただ目の前でうずくまっている子供ひとりくらいには、見捨てない大人もいるんだって証明したかった。
だっておれは今、他でもないローを待ってるんだ。おれに手を差し伸べてくれた人がその願いを果たすのを、待ってる。あいつがくれた優しさやあたたかさをほんの少しでいいから誰かに教えられたら、胸張って迎えられる気がする。
笑える自己満足だ。まァ、海賊なんだからそれで良い。

道中は子供ひとりでは到底通れない有様だった。ロー達の戦いは街の中心部にまで及び始めていて、ようやくの思いで逃げ延びた人々がそこかしこで右往左往している。
油断すると流されていきそうになる子供を翼で包むと、そこでようやくおれの姿の異質さに気づいたらしかった。目を見開いて自分を覆う翼を見やり、驚きからか涙は引っ込んでいる。

「これ、本物……?」
「あァ、これもな」

ローの帽子を少し持ち上げて折れた角の根元を見せると、子供の喉からひゅうと音が鳴った。怯えたように顔が青ざめていく。こんな混乱した状況で翼の生えた人間に手を引かれていることが、急に恐ろしくなったんだろう。

「に、人間じゃないの?」
「いや、人間。悪魔の実って分かるか?」

自分でも驚くほど柔らかな声が出ていた。こんな戦場で子供の手を引いて歩いていると、故郷で助けを求めた時に大人に素通りされたあの時の自分がほんの少し薄れるような気がした。

「う、うん。え、じゃあ…」
「あァ、それ食っただけ。今ちょっと疲れてて引っ込めらんなくて。まァこんな状況だし、丁度いいだろ?」

なんとか笑みを向けると子供は安心したように肩の力を抜いた。なんの実?と聞かれたので、羽生えたウマ、と雑に返しておく。少し歩いただけで息が上がって、言葉を返すだけで精一杯だった。

「あ、この先が僕の家……」

道を塞いでいた瓦礫をやけくそでどかして向こう側を覗くと、泣き崩れている女と呆然と立ち尽くした男がいた。パパ、ママ、と叫んだ子供がおれの翼から飛び出して行く。こちらを向いた二人の顔に強烈な歓喜が広がるのを見届けてから、すぐに踵を返した。

頭がふらつく、目が霞む。
なァロー、おれちょっと良いことしちまったかも。確かに今子供をひとり助けた。あんたみたいな大人がこの海にはいるって、おれが示せた。どうしようもない勝手な自己満足を、あんたにだけは聞いてほしい。多分、柄にもねぇことしたおれを笑ってくれると思うから。

気持ちは急く一方だったが、ドフラミンゴは今街の中心にいるようで、ローに近づきたいおれは逃れてきた人の波に逆流することになった。

「う、」

すれ違いざまにぶつかり続ける翼が邪魔になったので、顔をしかめながら角と一緒に身体へと戻そうとしたけど、無理だった。引っ込め方を忘れちまったみたいに身体が言うことをきかない。普通は人型に戻るのが一番楽なんじゃねぇのかよ。訳分かんねぇ。あー、吐きそうだ。
戻そうと努力したことに後悔を覚えつつ、壁を支えにひたすらに中央へと歩みを進める。

「リバー君?」
「………?」

不意にかけられた声にのろのろと顔を上げると、風にあおられた熱気に包まれた。収縮する赤い炎が目の前をちらつく。そして、戦場に似つかわしくない爽やかな笑みが帽子の下から覗いた。

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