「海水排出!!浮上ォーーーっ!!」
クルーの大声が響いたポーラータング号は、唸り声を上げて浮上を始めた。黄色い船体が青い海を割く。不規則に揺れる船内の中、トラファルガー・ローはぴくりとも動かずに、船窓から泡立つ白波を見つめていた。
ロー率いるハートの海賊団は、現在偉大なる航路前半の海を潜航し、順調にログを辿り次の島へと着いたところであった。船の浮上に伴い、船長室の前の廊下を幾人かが慌ただしく行き交う。その内一際大きな足音がドアの前で止まった。
「キャプテーン!着いたよ!冬島だよーっ!」
「…あァ」
雪だー!とはしゃぐ感極まった航海士の声がドア越しに響く。シロクマのミンクである彼にとって、北の大地を思い出す冬島は尚のこと嬉しいものなのだろう。ローは誰にも見えないと知りながら密かに口角を上げた。
机に立てかけていた鬼哭を担いで表情を戻し、ゆっくりドアを開ける。廊下にいたベポはすっかり興奮しているようで、窓の向こうを指さして「真っ白だよー!」と喜んでいる。それに頷きを返してやって、ローも窓を見やった。
ベポ越しに覗く景色は、確かに白い雪が静かに降り積もる白銀の大地だった。しかし正直なところ、ローは雪があまり好きではない。ため息を殺しながら帽子を深く被り直す。
クルーが行き交う通路を進んで、甲板へと出た。外はひんやりと寒く、重い雲が空を覆っていた。ローは集まってきたクルーを見渡す。
そして、ふと違和を感じた。ベポと同じようにお祭り騒ぎをしているだろうと予想していたシャチとペンギンが、2人して柵にもたれ、眉を顰めて島を見つめていたのだ。彼らも冬島には馴染みが深い。喜びこそすれど、不審な態度をとるとは想定外れだ。ローはクルーの間を縫って二人の元へ近寄った。
「…どうした」
「あ、キャプテン」
「……なんか変ですよこの島。ほら」
ペンギンが指さす方を見ると、雪で覆われた島の真ん中付近から、黒い煙が何筋かあがっていた。ローはぴくりと眉を動かした。目を凝らすと建物のようなものも見える。恐らく街がある付近だろう。広範囲が燻っている訳では無いので山火事の類では無い。恐らく火薬だ。面倒くせェ、と率直に思った感情そのままにローは舌打ちを漏らした。
「内戦でもあったか?……ベポ、この島の名前なんていった」
「オルール島だよ!同じ名前の王国が統治してる」
「オルール………」
「うん。…あれ、キャプテン、この島血の匂いがするよ」
ふんふんと鼻を鳴らすベポに頷きを返し、ローはクルーに「行くぞ」と投げかける。鬼哭を抱える手に力を込めた。全くこの海には、まともな島が無いのか。
幾人かの見張り番を残し、クルー達は各々の武器を構え、警戒しながら島へと足を踏み入れた。
重く、薄暗い島だった。空は暗澹とした灰色の雲で覆われ、日差しのひとつも無く何処も彼処も陰っている。
煙の伸びる、街への道は分かりやすかった。あちらこちらに血が連なって、道しるべになっていたからだ。粗末な武器や防具も無造作に打ち捨てられている。血痕がまだ雪で消えていないということは、つい最近ここで血を流したものがいるということか。
ロー達はそれを辿り雪道を進んだ。徐々に焦げ臭い匂いはきつくなり、ベポが呻き声をあげる。鼻が利くミンク族には酷だろう。
「うわあ…ひでぇな」
シャチがげんなりとした声をだした。血に導かれ見えてきた街は、家から店まであちこちに火薬の跡が燻り、薬莢が色濃く残っていた。石造りの家は殆ど全てが半壊し、道は瓦礫で埋め尽くされている。そこら中に煙と血の匂いが充満し、生き物の気配が感じられない。
「…革命だな」
「革命…?」
ローは見る影もない家の屋根に足を掛けながら言った。隣にいたペンギンが首を傾げる。
「前に読んだ新聞にあった…オルール王国は市民が王宮の税収に不満を募らせ、武力による革命が計画されている可能性があると」
隅の記事だったので気に留めていなかったが、ベポに島の名を聞いて思い出した。この分だとその報道の直後に革命が決行されたらしい。しかし、航路とぶつかるとは。運が悪い。
「…でも、内戦ってだけで住民全員いなくなるもんですか?この様子じゃ革命した側もされた側も、両方消えちまってるようですが…」
足元の血溜まりを眺めながらペンギンが言った。
「ああ…様子が変だ。死体のひとつも無ェ」
船ではあれ程はしゃいでいたベポも雪と戯れている気分では無いらしく、神妙にローの言葉を聞いている。肩が落ちてみえるのは、血の匂いにやられているのだろう。
しかし、いかにも民衆の不満が溜まりそうな貧しそうな街だなと思う。壁が壊され室内が丸出しになっている家屋が幾つもあるが、壊れかけの机と椅子とベッドだけ、という質素な部屋が多い。稼いで得た僅かな金を税として搾り取られ、生活が困窮していたのだろう。時折枯れきったパンが道に転がっており、つい最近まで人間が暮らしていたのだと分かる。
ロー達は、街としての機能をすっかり失ってしまった廃墟を黙々と進んだ。何処まで行っても火薬の燻る匂いが鼻についた。暫く進むと、ベポが丘の上を指さして声をあげた。
「あっちの方に城壁が見えるよ!」
「ああ…王国っていうからには、王宮があるんだろう。…街がこんだけ被害を受けたってことは、
国王軍が勝ったということか。それにしては、兵の一人もいないのが妙だ。…行くぞ」
「アイ!」
城へ向かうに連れ、更に血痕の量は増えていった。途中にあった森の木々は根元から折れ、農具や剣、鉄砲があちこちに打ち捨てられて、未だ燻っているかがり火もある。
しかし、森を抜けてようやく見えてきた城壁は、まだその形を損なわず保っていた。正面の鉄門は開け放たれているが、夥しい血の跡は城壁の前で途切れている。周囲には、持ち主を失った粗末な武器の残骸が雪に刺さっていた。恐らく、平民のものだろう。
城壁の中をちらと覗いたが、真白な雪があるだけで、戦いの残り香は無い。民衆の攻撃は、城の中には及ばなかったということか。
「…シャチ、城に人の気配は」
「いやー…それが…」
双眼鏡で石造りの城を調べていたシャチは、戸惑ったように首を傾げた。
「この城、人影ひとつ見えません。それに昼間っからこんな薄暗い島なのに、どの窓も明かりが点いてねェ」
その言葉にローも城を見上げたが、確かに人がいる様子がない。城の入口にも兵士ひとり立っていなかった。
「…民衆を皆殺しにして、国を捨てたか?」
だとしたら、胸くその悪い話だ。国民全員が虐殺された自らの故郷が思い起こされて、ローは舌打ちをした。
「……人がいねェなら都合がいい。奪えるもんはいただいていくぞ」
「アイアーイ!」